王女が馬車でやってくる(2)
オズエンデンド公爵領。
大層な名前とは裏腹に、実情は500人程度の住民が集まって暮らす村だ。
人口は少ないしインフラも全然足りていないし、まだまだ寂しい寒村の領域を外れてはいないが……。
「いやー、にぎやかでいいわねぇ!」
今日は違った。
村総出の秋祭りだ。
目抜き通り(といっても20軒ほどの商家が軒を連ねてるだけだが)には人がごった返し、あちらこちらで陽気な笑い声を交わし合っている。
「収穫祭って良いわよね。こっちまで気分がうきうきしてくるわ」
《ろくに収穫してねーけどな》
住民たちの笑顔を見て感無量の私とは対照的に、憮然としたタヌタヌが空気を読まないことを言った。
《クロ麦の畑なんかほったらかしじゃん》
「買った方が安いんだから良いのよ! 見なさい、あの小麦倉庫を! あの中身だけで村中が冬越しどころか、1年は食べていけるわ」
目抜き通りから少し離れた場所に新しくできた食糧倉庫には、南の穀倉地帯から買い付けてきた小麦の袋が天井近くまで山積みされている。
住民が配布される小麦で毎日パンを焼くようになったので、村に一か所しかなかったパン焼き窯も現在急ピッチで増築工事中である。
食糧事情はこの村史上かつてない速度で改善されつつあるのだ。
なのにこのタヌキめ、気分に水を差すようなことを。
「だからみんな心配なく、こうして着飾って出店を出したりして楽しんでるんじゃないの」
《学校のしょぼい文化祭みたい》
「どうしてアンタはそうイヤなことしか言わないの……」
《けっ、お祭りなんか俺嫌いだよ。みんな浮かれちゃってさ》
「そんなこと言わないで楽しみなさいよ。 領主館も出店したわよ、ほら」
村人たちの出店が立ち並ぶ中で、一際大きなひとつが我がオズエンデンド領主館が出店したものだ。
その前で村人たちが老若男女を問わず、ずらずらと長い行列を作っていた。
自分の順番が来るのを待っているのだ。
《何の店?》
「アイスクリーム食べ放題の店。モリオンちゃんたちに約束したでしょ」
《ああ、そんなことあったっけ?》
クォーツ三姉妹に約束したアイスクリーム食べ放題の店だ。
このために王都から菓子職人を呼び寄せて、村人全員分のアイスクリームを製造させるべくフル回転で働かせている。
《良く氷が手に入ったな?》
「オーソクレース村長に教えてもらって、氷室で氷保存してる人がいたんで買い上げたの」
何せ冬の間は雪と氷に閉ざされる僻地である。
分厚くなる池の氷を切り出して、地中の保存庫に運んでは温かい季節に売り出して生計の足しにしている家族がいたのだ。
人間の知恵というのはなかなかたくましい。
《あとは氷と塩を混ぜて冷凍庫替りか》
「そうそう。ミキサーがないから混ぜるのは腕力だけどね」
《うへぇ。あの人数分を? 気の毒に》
タヌキの言う通り出店の奥では、菓子職人たちが必死になって氷の上でアイスクリーム容器を転がしては中身をかき混ぜていた。
「あ、センム。こんにちは!」
「はい、こんにちは」
出店のすぐ近くに見知った顔があった。
クォーツ三姉妹のシトリンちゃんだ。
いち早く行列に並んで手に入れたらしく、ちびちびとコーンに乗ったアイスクリームを舐めている。
「どう、アイスクリーム美味しい?」
「すっごくおいしいです! こんなに甘いの初めて! ありがとうございます」
アイスクリームを落とさないように気をつけながら、シトリンちゃんはぺこりと頭を下げておじぎしてきた。
おお、なんてできたお子さんだろうか。
「……」
が、その横で妹のフューメちゃんがアイスクリームを手に何故か困り顔をしている。
口に合わないのかと思った矢先、空いた方の手で頭の側面をぱしぱしと叩きだした。
「どうしたの?」
「センム! なんかオレ変だ! 頭がガンガンする!」
「バカねえ。慌てて食べるからよ。ゆっくり食べなさいな」
冷たいものを一気に食べたせいで頭が痛くなったらしい。
『あははは』と笑い合う私たちのとなりで、タヌタヌは詰まらなそうにぶーたれていた。
《けっ。ガキどもが浮かれやがって》
「タヌタヌもアイスたべる?」
《食べる―――っ♪》
そう言って短い脚をちょこちょこ動かして、三姉妹の末っ子モリオンちゃんが差し出したアイスクリーム目がけて飛び付いていった。
……本当にこいつは。
「センムも一緒にお祭り見て回りましょう」
「あら良いわね。遊べるような出店あるかしら」
「オレ射的してみたい! ほら、あそこ!」
フューメちゃんが指さす先にあったのは射的の出店だった。
棚に置かれた景品を狙い、客が撃ち落とせたら貰えるというスタイルらしい。
軒先で数人の客たちが小さな弓を引っ張っているのが見えた。
「あれ? マダマさま?」
客の中に一人だけ身なりの良い格好をした少年と、くっつくように何事かを吹き込んでいる軍服姿の女性が見えた。
このオズエンデンドの領主であるマダマさまと、その警護官であるベリルだ。
領主が出店の射的で遊んでいるのもすごい光景だなと思ったが、周りは気にするそぶりもないし本人たちもゲームに熱中しているようだ。
私たちが後ろから近づいても気づかないくらいだった。
「しっかりと狙いを定めるのです、殿下! ……ああ、肩に力が入り過ぎです!」
「分かってます! さっきからうるさいですよ、ベリル。 ……えいっ!」
マダマさまが精いっぱい引き絞って飛ばした矢は、ひょろひょろと飛んでいったものの棚の縁に当たり、力なく地面にぽとりと落ちた。
「はい、残念賞」
「うぅ……。また取れなかった」
出店の店主から飴玉ひとつを受け取ったマダマさまが力なく肩を落とす。
「マダマさま」
「あっ、レセディ!」
ようやく私たちに近づいて、何故かマダマさまは慌てて背中に小弓を隠した。
「何、射的で遊んでるの?」
「え、ええ。あれが欲しかったんです」
マダマさまが景品が置かれた棚を指さした。
「……何あれ?」
そっちに目をやると、何やら趣味の悪いオブジェが並んでいた。
四本足の動物を模したものらしいが、太くて丸い尻尾といい大きな頭といい丸い耳といい、なんとなく見覚えがある。
「景品の金のタヌキ・銀のタヌキ・銅のタヌキの3種類です」
《おい。気分が良くないぞ》
新しい矢を用意しながら店主が説明を加えてきた。
雑に削り出した木工品に塗料を塗ったものらしいが、怪しい宗教の開運アイテムのような妙な雰囲気をかもしだしている。
「……って。あなたベニさんの取り巻きやってた囚人じゃない」
「お疲れさまでございます! ボス!」
「ボスじゃないっつーの」
店先にいた店主は、例のズッコケ囚人組の一人のヒゲだった。
例の人質事件以来監獄は看守の立場が非常に弱くなったもので、最近では許可を受けた囚人が村内を普通に歩くことが許されている。
祭りに参加することも認めていたが、まさか出店までやろうという者がいるとは思っていなかった。
「住民の方に楽しんでもらおうと思って出した店ですよ。どうです、ボスも一回遊んでいかれちゃ? サービスしますよ」
「ふーん……。じゃあフューメちゃんたちやってみる?」
「やるやる!」
「次あたしね!」
ヒゲから渡された弓と矢をフューメちゃんたちに渡すと、黄色い声で的を狙い始めた。
娯楽を提供しようというその心がけは感心なのだが、どうも腑に落ちないというか……。
「その割には妙にみんな熱が入っているっていうか、余裕がないわね……?」
私たち以外の客は全員大人の男性で、妙に熱の入った目で的の三色タヌキを狙っていた。
「ちくしょう、この弓わざと弱くしてあるんじゃないか!」
「矢を追加でくれ!」
「次で取り返す!」
楽しんでいるんだか怒っているんだか分からない声まで飛び交っていた。
「あっ、当たった!」
「やったー」
「えぇ!? ぼ、ボクも負けてられません!」
「店主。矢を20本頼む。弓も交換を」
ベリルが出した小銭と引き換えに渡された弓と矢を握りしめて、マダマさまが肩をいからせた。
「あの金色のタヌキを射落として、レセディにプレゼントしてあげますからね!」
「そ、そう? ……がんばってね?」
「頑張ります! ――――――えいっ!」
「……正直あんまり欲しくないけれど」
マダマさまと子供たちはともかくとして。
大の大人があんな可愛げのないオブジェを競って欲しがったりするか?
……怪しいぞ?
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……射的屋の裏手。
看板も出さず、黒い布で目張りされ、外から中が見えないように建てられた掘っ立て小屋があった。
その中で。
「銀のタヌキが1匹、銅のタヌキが4匹で……。えーと、14ディナールね」
ついさっきまで射的屋で粘っていた客が差し出したタヌキのオブジェと交換に、男が銅貨を差し出した。
男も囚人の一人だ。
射的屋の店主をやっている『ヒゲ』とつるんでいるのが常の、『ハゲ』の方である。
「これじゃ矢代にもなりゃしねえぜ」
「頑張って金のタヌキを落としてきてくださいよ」
客の愚痴に対して、もう一人の店員が愛想よく笑いながら張り出された交換表を指さした。
三人組の最後のひとり『デブ』だった。
小屋の壁には【銅のタヌキ:1ディナール 銀のタヌキ:10ディナール 金のタヌキ:100ディナール!】と下手な文字で大きく書かれている。
「チッ。元を取り返さないといけねーからな……」
「お待ちしてますよ」
小屋から客が出て行った後、二人は示し合わせたようにニヤリと笑った。
「大入りだぜ! この分だともう元手は回収できたんじゃないか?」
「やったぜ。 囚人も村の連中も娯楽に飢えてるからな……。大当たりだ!」
ニヤニヤと笑いながら、二人は客が交換していったタヌキのオブジェを整理し始めた。
「大分溜まったから射的屋の方に持っていくぜ」
「おう。棚には多目に乗せとけよ。景品が多い方が景気よく見えて客が増えるからな」
「分かってるって!」
親指を上げたハゲがオブジェの入った箱を手に出て行こうとした瞬間。
「コラ―――! アンタたち―――ッ!!」
布の隙間から様子をうかがっていた私は、我慢しきれず叫んでいた。
粗末な黒布を思い切り引っ張ってやる。
柱と屋根しかない安普請の掘っ立て小屋はすぐに中身を露わにした。
『ひっ! ボス!?』
二人はぎょっと身をすくめたが、もう遅い。逃がしはしない。
「ギャンブルは絶対ダメつったでしょうが!?」
祭りで出店を出すときに徹底させたのは、アルコールの提供とギャンブルの禁止だった。
何せ受刑者が平気でうろついているような環境である。
酒や賭け事が理由でケンカ騒ぎなど起きたら目も当てられない。無用のトラブルを回避するための当然の用心だった。
それをこの……おバカどもめ!
「即刻営業停止処分! 射的屋は閉店させます!」
『ええっ! そんな!』
ハゲとデブが同時に声を上げるのと、ベリルが表の射的屋からヒゲを引っ張ってきたのはほぼ同時だった。
「ベリル、この3人は監獄の懲罰房行きよ! すぐに看守を呼んで連行させて!」
「はっ、了解しました」
女性とはいえ長身の警護官に詰め寄られて、せこい金儲けをしていた3人組はすくみあがった。
口々に言い訳を並べ立ててくる。
「ち、違いますよ。ボス! ギャンブルじゃありません!」
「このタヌキはただの射的の景品で……」
「そう! その射的の景品を『古物屋』の俺たちが適正価格で買い取っていただけです!」
『決して賭博で換金してたわけじゃありません!』
3人の呆れた言い分に、私とタヌタヌは思わずため息をついてしまっていた。
《パチンコ屋の3店方式かよ》
「そんな言い訳が通用するもんですか! 稼いだお金も没収よ!」
「ひぇっ!?」
「そんな! せっかく稼いだのに!」
「お慈悲を!!」
「おだまり! 私は警●庁ほど甘くはないのよ!」
両手を組んで懇願してくる3人組を一蹴したタイミングで、表通りの方からジャケットを着た巨漢が小走りに近寄ってくるのが見えた。
「専務」
元囚人で、今はマダマさまの警護隊の一人に抜擢したベニさんだった。
何事だろうか。少し慌てているように見えた。
「表に何かすごいのが来てますよ!」
「すごいの?」
「ちょっと来てもらえませんか。あんなものが来るだなんて聞いてません」
ベニさんには、囚人がトラブルを起こさないように祭りの会場を巡回するように頼んでいた。
囚人たちの元リーダーの彼ならちょっとしたもめごとくらい軽くさばけるはずだが、予想外の何かが起きたらしい。
「ええ。……ベリル、後はお願いね」
ケチな賭博犯たちをベリルに任せて、私とタヌタヌはベニさんについて表通りに戻った。
確かに彼の言う通り、みんなの様子も違っていた。
さっきまで祭りを楽しんでいたはずの群たちは、一様に村の入り口の方を見てどよめき驚いている。
その後ろ頭の群れの向こうに見えたのは……。
「……何よ、あれ?」
8頭立ての巨大な馬車だった。




