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王女が馬車でやってくる(1)

 ファセット王国領内、北方街道。

この国の政治・経済の中枢である王都から四方に向けて伸びる街道の一つにして、北辺に位置する諸侯領へと続く幹線道路である。

しかし、冬季は雪に閉ざされる風土の影響で北辺諸侯は経済的に貧しい領邦が多かった。

自然と他の主要街道に比べて、この北方街道を行き交う馬車や人々の流れはうら寂しいものなのが常だ。



 しかし、今日は違った。

「周りの空気など知ったことではない」とばかりに、8頭立ての大型馬車が軽快に車輪を回している。

小屋ほどもある巨大な客室には豪奢な装飾が施され、引くのは全て見事な馬体の白馬だ。

客室の側面には持ち主の身分を示す紋章がでかでかと描かれていた。

南方の大国スターファ国の国章、『海馬ヒッポカムパスと白十字』である。



 そのすぐ後ろを、こちらは平凡な外見をした2頭立ての貨客用馬車が続く。

その後部には山ほどの荷物を満載され、少しでもロープが緩んだら車体からこぼれ落ちてしまいそうだ。



 いったい何事かと街道周辺の住民が驚くのには目もくれず。

外国の国章をつけた奇妙な馬車の連れ合いは、一路北を目指していた。



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「ねえペドロ。やっぱりオズエンデンドに着く前にどこかに停まれない?」



 巨大な8頭立ての馬車の客室内。

大の男が寝転んでもまだ余裕のありそうな広さを持ったシートを、少女が一人で占有していた。



 つややかな褐色の肌に大きな瞳の持ち主だ。

ミドルティーンらしい、活力に満ち溢れたしなやかで均整の取れた体つきをしている。

明らかに異国出身の外見をしているが、彼女を目にした者はファセット王国の誰だろうと、頭の中の人名録に文句なしで美人のグループに分類することだろう。


 ただ一点。

南国らしい露出が多い服を着ていることは眉をしかめられるかもしれない。

民族衣装らしい原色の派手な服は、産毛一本ない脇も形の良いおヘソも平気で外気にさらしている。

女性の貞操に何かとうるさいこの国ではありえない格好だったが、少女は気にするそぶりもなく平然としていた。



 触ればとろけそうなベルベットのシートにごく自然に体をもたれかけさせながら、少女は窓側の補助席に座る男に視線を送った。



「宿の部屋を借りて、もう一度衣装を合わせておきたいの」



 客室唯一の同乗者である若いハンサムな男は、困ったように微笑を浮かべた。

本来王都の大使館で勤務しているはずの外交官、ドム・ペドロ次席参事官だった。



「ご心配なさらなくても、姫はどんな衣装もよくお似合いですよ」

「バカね。そんなの知ってるわよ」



 『姫』と呼ばれた少女はこともなげに言ってのけた。



「でもそれだけじゃ足りないでしょ。私は国を代表して行くのよ。大衆にひと目で、スターファの権威と伝統を示せる格好じゃなきゃダメよ」

「ご立派なお心がけです。感服致しました」



 ドム・ペドロ参事官は芝居がかった動作で頭を下げた。



「しかし残念ですが、この先は宿泊できるような宿のある町はもうないかと……」

「それなりに綺麗な場所なら、どこかの民家でも我慢するわ」

「姫。午後にオズエンデンドに着くためには、寄り道している時間の余裕がありません」



 ペドロ参事官が大きな懐中時計を確認する。

当初の予定を一日短縮してまで、強行軍で馬車を飛ばしてきたのは少女の意思に従ってのことだった。

そのせいで本来なら馬車で進む一日分の距離ごとに位置している宿場町からは、もう大分離れてしまった。

ここで時間を浪費すれば宿泊する場所を見つけられず、日が落ちてから夜道を進んでオズエンデンドに向かうことになる。

外交官としては看過できないリスクだった。



「…………」



 少女はまぶたをぴくりと動かしたが、不満は口にせずに自分の衣装を改めて見回した。



「この服で大丈夫だと思う?」

「とても良いと思います」

「化粧は? チーク濃くない? ファセット王国じゃ肌が白い方が美人なのよね?」

「おキレイですよ」

「分かった。あなたの言うことを信じるわ」



 はっきり言い切ると、少女はそれきりその話題は持ち出さなかった。



「ところでペドロ」

「はい」

「公爵殿下ってどんなお方!?」



 代わりに参事官に質問する。

大きな目が興味と好奇に輝いているのを見てとって、参事官は再び微苦笑を浮かべる。



「申し訳ありませんが、よく存じ上げません。何分、社交界にまだ出ておられないお歳の上に領地に封じられてすぐに赴任されたお方ですので……」

「なんでも良いのよ。少しくらいは知ってるでしょう? 調べるのもあなたの仕事のはずよ」

「お人柄は分かりませんが……。領地の経営に精力的なお方であることは確かです」

「まだお若いのにご立派ね」

「魚の塩漬けの産業を起こされ、王都の食糧品販売ギルドの面々を相手に、ご自分で販促営業までされたそうですよ」



 少女が目を見開いた。



「へえ! 珍しい。この国の貴族って投資や買収はしても、自分で経営をしたり商人相手に会うのは嫌がる人が多いのに」

「なかなか柔軟な発想をされるお方のようです。 ……そうでなければ他国と対等の事業を起こし、領地に出資をさせようなどという決断はできないでしょう」



 参事官が軽く肩をすくめると、少女はますます前のめりになった。



「それで? 見た目は? ハンサム? かっこいい? 背は高い?」

「私は公爵殿下と面識がありませんので、そこまでは」

「えー? 噂も聞いたことないの? 肖像画とかは?」

「先ほども申し上げた通り、あまり人前にお出になられなかったお方ですので……。ただし、お父上の亡き皇太子殿下はかつては美丈夫として有名だったそうですよ」

「そうなの!? それなら期待できそうね!」



 シートの上で身をよじった少女が黄色い声を上げた。



「姫は公爵殿下に興味津々ですね」

「当然でしょう?」



 『女心が分からないやつめ』と言いたげに、少女は唇を尖らせて眉をひそめる。



「だって、私と結婚する方なのよ」



 ペドロ参事官は、表情筋をさらに困惑の形に傾けた。



「まだそうと決まったわけではありませんよ」

「決まってるわよ。お母様のいつものやり口だもの。あなたも知ってるでしょ? 誰かと手を結ぼうとしたら、まず縁組をするの」



 少女は手をひらひらと振って断言した。 



「大姉さまも小姉さまもお嫁に行かされて、次は私の番よ」

「しかし……公爵殿下はまだ成人されていませんよ」

「私だって15になったばかりよ! でもそんなことはお母様には関係ないの。 国益のためなら娘のことなんか便利な贈答品くらいにしか思ってないんだから」



 頬を紅潮させた少女を見てペドロ参事官は苦笑したが、その言い分を否定はしなかった。

スターファの国政を差配する少女の母、ミナス・ジェラス第一夫人が婚姻外交で成果を上げ続けて来たのは紛れもない事実だからだ。



「しかし……。姫は今回スターファの代表として赴任されるのです。どうかお母上のお言葉をお忘れなく」

「分かってるわよ。グアノを輸出するための生産地として確保するために、しっかり内部の人間を掌握しろっていうんでしょう? 耳にタコができちゃうくらい聞かされたわ」

「恐縮です」

「任せなさい。部下は言うに及ばず。公爵殿下も私の魅力でメロメロにして、何でも言うことを聞いてくれるようになって頂くから」

「それはそれは。頼もしい限りです」



 自信満々に言い切った少女は、あることに気付いて片方の眉を上げた。



「ねえ、ペドロ。あなたもちょっと嬉しそうね」

「そう見えますか?」

「見えるわ。何かを楽しみにしてるでしょう。面白そうね、言ってみなさい」



 少女の興味の対象が今度は自分へと移ったことにまた微苦笑を浮かべながら、ペドロ参事官は口を開いた。



「いえ、その……。ちょっとした知り合いがかの地にはいるものでして」

「ふぅん? 再会を喜ぶような友達があなたにいるなんて驚きね」

「いえ、二度しか会ったことのないご婦人なのですが……。その時にちょっとやり込められてしまいましてね」



 プライドの高い参事官があっさり敗北感をにじませたことに、少女は軽く目を見開いた。



「あなたをやり込めるような人が? それも女の人なの? こんな北の果ての田舎にいるんだ」

「ええ。そして、これは私なりの意趣返しでして。姫をお連れした時、彼女がどんな顔をするのかと想像すると愉快な気持ちになるのです」

「悪い顔!」



 そう言いつつ、少女は自分も悪戯っぽく笑みを浮かべた。



「楽しみね!」 

「楽しみです」

「……ねえ、もっと馬車を早く走らせられない?」

「御者に伝えましょう」



 8頭立ての大型馬車は、更に速度を上げ一路北の果てを目指した。

その目的地は、この国で最も新しく最も幼い領主が統治する領邦。

オズエンデンド公爵領である。

というわけで新編です。


スーパーで見つけた動物が合掌してるガチャガチャの中にタヌキがあったので、思わず回してしまいました。運よく一発で引けたそやつにタヌタヌと名前を付けて作業机に飾ってます。

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― 新着の感想 ―
[一言] スターファのお姫様も可愛いけど何が可愛いって、お祈りするタヌキを仕事場に置いてる作者さんが1番可愛い。
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