1_15 「それはこれから考えます」
(今何って言った!?)
問い詰められたタヌキは、少し慌てたようにたじろいだ。
<<えっ、なんだよちょっと軽口だよ。そんなに怒るなよ>>
(怒ってないから! もう一回言ってみて!)
<<『一家の大黒柱としては稼ぎもない』って言ったんだよ>>
……マダマさまが稼ぐ?
突拍子もないことか?
考えなくても分かるだろう。
子供のままごとに付き合わされて傷つく、この12歳の少年に収入を期待するのは馬鹿げている。
(……いや、ちょっと待って?)
別に少年本人が稼ぐ必要はないのだ。
成果は周りの人間があげれば良い。
さっき私がそう自分で言ったばかりではないか。
「あの、レセディ。どうかしましたか?」
マダマさまが心配そうに見上げてきた。
「マダマさまは領主よね?」
「え、ええ。そうです」
「領主でもお金持ちの人っているわよね。そういう人はどうやって稼いだのかしら?」
「それは……領地が豊かだったり、本人が鉱山や広い農場を持ってたり、事業をしてたり……」
それだ。
「そうよ、稼げばいいのよ!」
思わず大声が出た。
その場にある視線が全てこっちに集中する。
構わず喋り続ける。おっと。興奮のあまりツバが飛んでしまった。
「この土地には税として取れるほどお金がないわ! 残念だけどこれはもう事実! みんなも知ってるでしょう?」
「え、ええ」
「なら、そのお金は私たちで作ったらどう!?」
ベリルが顔色を変えた。
「つ、通貨の密造は重罪ですよ!?」
「違うっつーの」
生真面目な軍人の頭だと発想がこうも飛躍するのか。
少し水を差された思いで続ける。
「そうよ、会社を起こせば良いのよ!」
「カイシャを起こす?」
「私たちでお金を稼げば良いんじゃない、ってこと!」
なんでこんな単純なことに気付かなかったんだろう。
こんな田舎で自給自足の生活に必死な人たちに頼るよりも、自分たちでやった方がもっと収入は期待できるではないか。
「……カイシャ? 会社って何ですか?」
きょとんとした目でマダマさまは言った。
単純なことの説明って難しいな……と思いながら、なんとか言葉を続ける。
「会社って言うのはね……。その、お金を儲ける集団とか組織のこと!」
「商会とか商店とかとは違うんです?」
「もっと規模が大きいわよ。 何せ従業員は、オズエンド領民全員を雇うんだから」
「「「え、ええ!?」」」
今度こそ全員が目を丸くする。
「何せ私たちは領主様とその身内よ? 領民に協力させたり命令したりするのは当然の権利でしょ」
「そ、それはそうですが……」
「つまり職業選択の自由なんてないこの世界では、雇うも働かせるも私たちが好き放題できるってこと! こんな恵まれた経営者なんか他にいないわよ!」
机を叩いて断言する。
ブラック企業に勤めていた経験から言って、人を雇い入れるのがどれほどの手間とコストがかかるものか身に染みている。
バカみたいに高い金を払ってまで人材派遣会社に増員を頼んでいたくらいなのを、ここでは命令ひとつで済むのだ。
なんて素晴らしい!
「む、村の人たちを無理矢理働かせるってことですか!」
マダマさまの顔がさっと青ざめた。
「そんなのダメです! みんな自分の家が冬を越せるかギリギリの分の食べ物を作っているのに……。他の仕事なんてしてたら飢え死にする人がたくさん出ますよ!」
「落ち着いて。ちゃんと考えてあるわ」
「ど、どうするんです?」
「食べ物なんか作らなきゃいいのよ」
「えぇ―――ッ!?」
マダマさまは驚いているが、ちょっと考えればわかることだ。
「だってこんなクソ寒いクソ不便なクソ僻地で食糧作ったって、効率なんかクソ最悪に決まってるじゃない!」
「淑女がクソだなんて……しかも四回も!」
「それより私たちで稼いだお金でまとめて良い食糧を買って、それを安く売った方が良いに決まってるでしょ!」
南方の穀倉地帯なら面積当たりの収量ももっと多くて、安く穀物を売っているのだ。
稼いだお金でそれを買った方がずっと効率がいいではないか。
「事業で稼いだ儲けはまるごと私たちで一括管理して、税を天引きして残った給料を領民に払うの」
「な、なんと大胆な……」
「こうすれば税の漏れも取りっぱぐれもないし、村の人たちだって食べもの・着るもの・生活で使うもの全部をお金を出して買うようになるわ」
つまりは自給自足の生活から、価値を生み出して消費する生活へと転換するのだ。
「そうなれば商人や職人だってこの領地に集まってくる、つまり地元商業は活性化する! そいつらからは税を取って税収アップよ!」
トパースが眉を動かした。
「余裕ができて子供たちも家の仕事を手伝う必要がなくなって、学校に通うようになる!」
マダマさまが目を輝かせた。
「えーと、人が増えたら守備兵も増えるしなんならお金で傭兵雇っても良いわ! 軍隊で土地を守れるわよ!」
ベリルが鼻の穴をふくらませた。
「決めた、私たちで会社を始めます!」
全員一致だ。
これなら目下の問題がまとめて解決する!
「私、専務やるから!」
「センム?」
「マダマさまはもちろん社長。ベリルは営業部長。トパースは経理部長。タヌタヌは……マスコットみたいなもんね!」
「良く分からないですけれど……何かすごいことをしている気分になってきました!」
マダマさまが肩をいからせる。
みんなも気持ちは同じだ。具体的な方針を持てて気分が高揚しているのだ。
部屋の中の気温が少しだけ高くなったようだった。
「そう、気分は大事よ! 世の中で大きなことをしてきた人はね、みんな計算や理屈や将来の予測がどうこうより、まずは気分で行動を始めたところから偉大さがあるのよ!」
「はい、なんとなくわかります!」
その時、床で様子をながめていたタヌキがぽつんとつぶやいた
。
<<でも会社を作って何を売るんだ?>>
「何を売ってお金に換えるか。 それはこれから考えます!」
「「「…………」」」
私を除く、その場にいた全員が不安そうに顔を見合わせた。