巣を継ぐ者1
【伝説の羽 ヤエの断章】
さて、少しばかり困ったことになりました。
まあ、困ったと言っても通常業務の(多分ぎりぎり)範疇のこと。
領内の村にある教会から、神官が離れることになった。そのため、後任を決める必要があるというものだ。
数年に一回、あるいは十年に一回の頻度で発生する、通常業務……のはずです。
トマトの無毒証明やら、高精度地図の作成やら、飛行機の飛行可能模型などよりは容易い。
事例が比較対象として不適格? それは本当にそう。
百年に一回あるかないかの研究成果は、通常業務の範疇を軽々と超える。トカゲと竜神様を比較するようなものでしょう。
しかし、その神官が赴任していた村が、ノスキュラ村だとなると、話が少し変わってくる。
ユイカ姉様がいるのだ。
ご本人はサキュラ辺境伯家の継承権から慎重に距離を取っておいでだけれど、次期当主として担ぎ出されれば、現在の領主代行イツキ兄様を蹴飛ばしかねない。
というより、ユイカ姉様さえその気なら、わたしも姉様を担いでイツキ兄様を蹴飛ばします。
そんなユイカ姉様のいる村に送る人材なのだ。変に領内の派閥の色がついた人材は送れない。
もちろん、他領の貴族の意向が含まれた人材などもっての外だ。
フォルケ神官が赴任した時は、王都での研究が上手く行かなかった人材ということで、当人のやる気はともかく、政治的には安心して送り出せたのだが、今回は妙な色のついていない人材を上手く確保できるかどうか。
それに、現在のノスキュラ村の教会は、フォルケ神官が赴任した時の教会とは質が違う。
驚くべきことに、ちゃんと教会しているらしいのです。
いえいえ、教会なんだから教会しているのは当然でしょう?
ええ、大半の教会では、冠婚葬祭の務めは果たせています。
しかし、教える会、教育場所という務めはほとんど果たせていないのが実情です。ちゃんと教会していると言える場所が、どれほどあることか……。
大きな声では言えないが、神殿という組織は、村での教育活動についてはもう長いことあきらめている。
そんな中で、ノスキュラ村では教育活動が実行状態にある、貴重な事例だ。
折しも、そのノスキュラ村から、特別に推薦を受けてやって来た農家の子息が、この領都で活躍している。
ここで、ノスキュラ村の教会に、下手な人材を送ってはならない。教育の灯を消してはならない。
領都の神殿が、そう危惧するのは当然だ。
結果として、わたしが頭を悩ませることになっている。
「さて、どうしたものでしょう……」
試しに、領内の各教会からの報告書をめくりながら呟く。
最低限の報告から、細やかな報告まで、それなりに特徴もある。
神官というのは知識階級だ。
必然的に、その出身は貴族であったり、裕福な商家だったりする。その村の村長家の出身という場合も多いが、それはそれで貴族関係者だ。
ユイカ姉様の近くに置くには気を遣う。ユイカ姉様がこう言っていたらしいだの、ユイカ姉様御用達だの、名前を勝手に使われてはたまらない。
ユイカ姉様の名前にどれほど力があるかは、クイド商会の急成長を見ればわかる。
クイドさんは信頼できるし、小さい身代から徐々に大きくなっていく過程で名前の使い方を教えられるからいい。
目が届かないところで、有象無象に使わせるわけにはいかないのだ。
「その上で、フォルケ神官からの助言を勘案すると……」
現在のノスキュラ村教会の責任者であるフォルケ神官にも、後任の希望を聞いた。
その応えは、地縁もない研究一筋の人物らしく、推薦未満の助言となった。
『今のうちは、元気だけはあり余ったガキが大勢、聖堂に押しかけて来る。勉強つったって遊び代わりだし、喧嘩し出すし、泣き出す。年かさの奴が抑えに回りはするが、そっちはそっちでガキに変わりはねえんだ。いつもまとめられるってわけでもない。最後は教会責任者の一喝が大事だ。それができるのが第一条件になる』
とても含蓄のある言葉に、思わずわたしは頷いた。
軍子会でさえ、とある人物に対するやっかみで騒ぐ人間がいるのだ。それより前の段階と言える教会がどのような混乱に見舞われるか。
子育ての経験のないわたしに実感は難しいが、想像くらいはできる。
『若い奴の方がいいと思うぞ。俺もそうだが、あんな教育の経験ある奴なんかどうせいやしないんだ。神官としての経験や知識なんか役に立った記憶がこれっぽっちもねえな。むしろ、まっさらな奴の方がいい。ガキの質問攻めと悪戯と突飛な思いつきに付き合うのも体力がいるしな……』
質問攻めと悪戯と突飛な思いつき。
それは一体どんなものかとフォルケ神官にたずねると、片方の眉を上げて、訝しそうに見つめられた。
『うちの教会が、今の魔境じみた状態になったのは、アッシュがあれこれやった結果だぞ』
質問攻めと悪戯と突飛な思いつきの中身が、急に実感できたような気がした。
いえ、内容自体は違うのでしょうが……。そうですか、アッシュさんのアレに、ノスキュラ村で対応していたのはフォルケ神官になるわけですね……。
わたしは楽しんでアッシュさんの突飛な思いつきに助力していますけど、リインは大分参っていましたからね。
資料集めの時はかなり執拗ですし、模型飛行機を式典で飛ばそうなんて悪戯心も満載です。
あの質問攻めと悪戯と突飛な思いつきに対応するには、かなりの有能さか、あり余る体力が必要なのは確かだ。
ユイカ姉様の腹心、イツキ兄様も頭が上がらないあの完璧侍女リインをして、「しばらく次の動きは自重して頂けませんか」などという弱音を吐かせるのだ。
『想像がついたか? 流石にアッシュがいない分、桁違いに楽なもんだが……俺は一応、段階踏んであれに慣れたはずだからな。いきなりうちの教会に放り出されたら、やっぱりきついだろうよ』
若い方がいい。若ければ若いほど、ぽっきりへし折れても回復が早いだろう。
多分。
現場を知っている人物の意見は大事だ。大局的な視座を言い訳に、現場を蔑ろにしたら人の群れは立ち行かない。
上に立つ人間は、現場の意見と全体の調和を取るために苦労してのたうち回るのが仕事、サキュラの軍子会でそう教わった。
だから、そう、現場の大変説得力のある意見を尊重しましょう。
神官としての経験が不足していても、教育活動に理解があって、とにかく若い人。
「となると……条件に合う人がいるようですね」
カンゾ村教会の神官見習いクララ。
神官には珍しく、どこかの赤髪さんと同じく村の農家の出身。
教会付き神官の補助として、数年間手伝いながら読み書き計算を習得。
神官見習いとなって、現在では領都に送られて来る報告書の記載も任されるようになった。
カンゾ村にしてみれば、掌中で育て上げた玉かもしれない。
快く送り出してくれるかわからないが、ひとまず探りを入れて、報告書以外に見られる人となりを確認してみるべきだ。
「カンゾ村に誰を送りますか。神官からか、領軍からか、文官からか……」
ノスキュラ村の教会の後任人事となると、派遣する人物の公平性も大事である。
その辺も勘案しなければ、妙な忖度が発生しても困る。なんたってあのユイカ姉様との伝手になるかもしれないのだ。
野心があれば前のめりになるだろうし、無欲な者だっていざという時のために気を遣う。
「立場上、気を遣うのは仕方ないにしろ、ノスキュラ村のためになる方向での気遣いになるような人物を選ばないといけませんが……」
中々に難しい。
こうした政治色の薄い使いなら、軍部の人間に適した人物が多い。よくも悪くも任務一筋、みたいな考えの者が多いのだ。ユイカ姉様にも下手な接触はすまい。
しかし、ノスキュラ村にはもう一つ厄介な点がある。
クライン卿がいるのだ。
サキュラ男子の憧れ。サキュラ最強の騎士。前回の武芸王杯大会の優勝者であり百人斬り達成者という実績を考えれば、当代最強と言ってもいい。
武人として、そんな最強の称号の持ち主と接触する機会を持てるかもしれないとなれば、どうなるか。
剣を見たい。勝負したい。弟子になりたい。
かつて、ユイカ姉様を巡る百人斬り騒動になった熱が、また加熱しかねない。
本当にもう、ノスキュラ村は面倒なところですね。
今までは村自体が目立たないおかげで、騒動になることはありませんでしたけど、いざ目立つとなったら隅々まで配慮しないとどんな燃え方をするかわからない危険地帯です。
驚きの燃えやすさ。
旱魃の枯れ野のような、なんて恐ろしい村でしょう。
「こうして考えると、あの村の行商がクイドさんであったのは幸運でしたね」
下手な人間が、あの村の行商だったら、アロエ軟膏の扱いなどはかなり面倒になったはず。
クイドさんは、軍部の人間から行商に鞍替え希望者を、イツキ兄様が募った時に応募して来た人材だったはずだ。
あの領主代行は、勘がいいのか、運がいいのか。
肝心なところで妙に上手い手を打って、感心させてくれる。
「うん? そう、クイドさん……クイドさんがいますね」
カンゾ村は、領都近辺では薬で有名な村だ。
クイドさんなら商売上の繋がりがあってもおかしくない。今はないとしても、顔繋ぎに行くくらいは自然だろう。
「クイドさんに話してみましょう。ノスキュラ村の動静はあの人も無関心ではいられないでしょうから、必ず力になってくれるはずです」
なんと言っても、クイド商会の主な取引相手はノスキュラ村なのだ。
あの村のためなら、喜んで骨を折ってくれるでしょう。
本当に、イツキ兄様はいい人を商人に選んだ。




