再生の炎11
領都について、第二領主館を見てもアリシア嬢ははしゃいだ。
特に、飾りの代わりに展示してある技術見本への食いつきがすごい。
私はといえば、若干の緊張を隠せずにいる。
実は、アリシア嬢を妻にすると決めてから、マイカへは手紙の連絡しかしていない。
手紙では、アリシアちゃんなら大歓迎、という心の広いお言葉を頂いたし、出立前には発破をかけるようなお言葉もあったので、問題はないと思うのだが……。
大丈夫である理由を無数に心中に展開しながら、私は領主館の書斎のドアを叩く。
その中から、家でも仕事に追われているマイカの声が返って来る。
覚悟を決めて、私はドアを開ける。
「ただいま、マイカ。手紙で話していた通り、家族が増えたことの報告をしたいんだけど」
「おかえり、アッシュ。入って入って、あたしもアリシアちゃんとお話したい!」
私の緊張は全くの杞憂であった。
マイカの笑顔は今日も明るく癒しを振りまいている。
マイカは、私の後に続いて書斎に入った親友にも、惜しまずにその天使の笑顔を振る舞う。
ただ、何と言うか、私に向ける笑顔とは微妙に柔らかさが違う。
含むところがあるという意味ではなく、なんか戦友に対する骨太感のある笑みだ。
「アリシアちゃんも、おかえり。ようやくだね」
「ただいま、マイカ。うん、すごく時間がかかっちゃった気がするよ」
アリシア嬢の笑みも似たような感じだ。
親友への笑顔ってこんなものなのだろうか。
私がヘルメス君やグレン君、あとついでのついでだがフォルケ神官と談笑している時も、こんな感じなのかもしれない。
少しばかり、二人は友情を確かめるお話し合いをしていた――その成分は私に関することだったので、まともに認識するのは気恥ずかしい――が、このままでは長時間コースになると悟ったマイカが、頭をかいて話を切り上げた。
「このままだと終わんないね。アリシアちゃんとは御飯の時にまたお喋りするとして、アッシュ、早速なんだけどいくつか判断して欲しい事案があるんだけど、いい?」
「もちろんいいよ。留守が長引いてごめんね、マイカ」
「アリシアちゃんを引き抜くのに必要だったんだから安いものだよ。むしろ安すぎるね」
費用対コストの恐るべき効率の良さについては同感なので、二人で笑い合う。
しかし、笑えなかった人物が一人だけいた。
「アッシュ、そういえば言葉」
唇を尖らせ、低い声になったアリシア嬢だ。
「言葉、とは?」
機嫌の気圧が急低下したアリシア嬢に、少しびびって声が震えてしまった。
おかしい。
今のマイカとのやり取りで、アリシア嬢の気に障ることがなにかあっただろうか。
いやない、はずだ。
「言葉遣い、そういえば前からマイカだけ特別だった」
「え? ああ、そうですね。確かにマイカには言葉遣いが変わりましたね」
呼び捨てだし、丁寧語でもない。
親にもですます口調の私にとってはかなりの特別扱いかもしれない。
アリシア嬢にとっては、それがとんでもなくお気に召さないらしい。
第一王子からの横槍も、国王のいらぬ気遣いも我慢し続けた彼女が、頬を膨らませて両手を拳にする。
「ずるいずるいマイカだけずるい! わたしもそれが良い!」
「え、あ、いや、その……そ、そうですか?」
そう聞き返した私の言葉遣いが、またお気に召さないようで、アリシア嬢はヤダヤダと首を振る。
すごいな。これが本当にあのアリシア嬢なんですかね。
フォルケ神官じゃないけど偽物説を提示しても良いかもしれない。
驚きの余り思考が明後日にいっているうちに、マイカまでこの混乱に参戦してきた。
「アッシュ、アリシアちゃんにはなんでその口調なの?」
「え……なんでというか、なんとなく流れで……?」
「ダメじゃない、あたしと同じ扱いしなくちゃ。家族なんだよ?」
「あ、はい? ごめんなさい、はい……」
なんだかそういうことらしいので、私は、えーと、と口に出して思考を切り替える。
「ごめんね、アリシア。でも、良いの? 本当にこれで良いの?」
元がついても王女様ですよ、あなた。
ぶっちゃけ、これからも元王女の肩書を使って色々交渉すると思いますよ?
私の懸念を他所に、アリシア嬢――あらため、アリシアは、さっきまでのご不満顔が仮面だったかのような満面の笑みだ。
「うん! とってもいいね!」
「そうなんだ……」
プレミアム感がすごくいい、とのことでした。




