再生の炎10
アリシア王女の降嫁と出発は、異例の早さで進められた。
王位継承権の第二位が、月単位で王城から出て行けるっておかしいと思う。
これまで邪魔をしていた第一王子も協力してくれたことが大きい。
彼等からしてみれば、さっさと出て行けということだろう。
建前だろうが、難民となった民を思い、式典は省略するとか言っていましたよ。
こっちは本音でそれに賛同しておいた。
おかげで、私は王都滞在を一季節と少々で切り上げることができた。
予定より長くはかかったが、その成果にとびきり優秀な王女様を一人頂戴したとなれば、完全に黒字だ。
ちなみにその王女様――〝元〟王女様は、御者席の私の隣に座って、サキュラ領に入った景色に目を輝かせている。
「これがコンクリート道路! すごい、すごいよ、アッシュ!」
はっはっは、そうでしょう、そうでしょう。
ようやく彼女に見せることができて、私も大満足である。
興奮した彼女が腕を取ってがくがく揺すって来るのには、私の優秀な三半規管もギブアップしそうだけれど、とにかく私も満足だ。
「この道路、すごく揺れが少ない! この馬車に乗った時も驚いたけど、この道路だと全然揺れを感じない! こんなすごいものをサキュラ中に作っているんだね!」
「ええ、辺境同盟の領内にはできるだけ早く張り巡らせたいですね。アドリブですが、難民の方に協力して頂く予定です」
「難民に?」
アリシア嬢は少し考えた後、再び顔を輝かせた。
「そうか、仕事を与えることで自立させるんだね! それに、こんなにすごい道路を作った経験を持った人なら、今後の働き口にも困らない!」
「アリシアさんはご理解が早くて助かります。ヤソガ子爵領の復興にも、良い道路は必要ですしね」
「すごく良い考えだと思うよ。難民の人が不幸な目に遭っているのは事実だけれど、その中に少しでも利点を見出せると思う。未来への希望だね」
離れた距離とはいえ、常に私の計画に参加してくれていた経験は伊達ではない。
アリシア嬢の一を聞いて十を知る能力は大変頼もしい。
この調子なら、ヤソガ領の復旧案もすぐに取りかかれるだろう。
私が明るい展望に頬を緩めていると、それを見つめたアリシア嬢が湿度の高い吐息を漏らす。
「アッシュは、いつもそうだね」
「そう、とは?」
「アッシュはどれだけ辛い状況でも、やれること、できることを掲げて、希望の在処を教えてくれる。まるで闇夜の灯火だ」
無明の中の光芒を仰ぐように、アリシア嬢は私の顔を一途に見つめる。
なんだか自分の顔が灯台よろしく発光しているイメージが浮かんで微妙な気分だが、アリシア嬢は大いに真面目だ。
「アッシュは、本当に、いつもそう。王都にいられなくなってサキュラに来た時も、暗殺者に追われた時も、王都に帰らなければいけなくなった時も、王都でサキュラを想っていた時も……いつも、アッシュが希望をくれた」
彼女の中の私は、思った以上に大きな存在になっているようだ。
「わたしは、そんなアッシュが、ずっと……」
言いかけた言葉を、アリシア嬢は飲みこむ。
違う、そうではない――彼女の仕草が、彼女自身をたしなめている。
今言いかけた言葉は、間違っている。
いや、間違っているというより、嘘をついている。
彼女は首を振って、自分の内心を探り出す。
「ねえ、アッシュ……わたし、宣言したよね。いつか絶対に言うからって」
「王杯大会の時の、王都で言われましたね」
何かを言いたげな眼つきをして、しかし、その言葉をぐっと飲みこんだ彼女をよく覚えている。
平気ではないくせに、平気そうな顔を装っていた。
そんな彼女が、今は、平気な素振りはかなぐり捨てて、真っ赤な顔で瞳を潤ませている。
「わたし、がんばったよ。これをアッシュに言いたくて、ずっと優秀であるようにがんばった。だから、聞いて」
もちろん、と私は頷いて、彼女の宣言を完結させた。
「わたしもアッシュを奪いたい」
健気な眼が、暴力的な望みを口にする。
「マイカだけ、ずるいよ。わたしだってマイカに負けない。それだけがんばってきたよ」
一途な表情が、嫉妬にまみれた主張をする。
「だから、アッシュが欲しい。君が、欲しいよ」
最初から最後まで、わがまま一杯の発言だった。
幼子のようで、ただの少女のような。
しかし、私からも言いたい。常に力を貸してくれたあなたは、私にとっての大事な希望でもあったのだ。
「私はとってもお高いですよ? それでも欲しいですか?」
「わ、わたしだってお高いよ? ついこの前まで王女だし、見た目だって、その、悪くないでしょ?」
大丈夫だよね、と不安そうなそのお顔、大変愛らしいですよ。
私的にこの世で同率一位の美人さんです。
だが、アリシア嬢の本当に良いところはそこではなく――はっと、彼女が気づいた顔になった。
「あ、ちがくて、そう、一番のアピールポイントは仕事ができるとこ! ここ一番アッシュ好みだよね!」
「流石、私のことをよくわかっていらっしゃる」
まさにそのアピールポイントが私の心臓を串刺しグングニルである。
高額商品アッシュのお買い上げありがとうございます。
お代金はその有能さでニコニコ死ぬまでローンですからね。
「これからもたっぷり力を貸して頂きますよ、アリシアさん」
「任せてよ、アッシュ!」
さっきより一層強く腕に抱きつく元王女様を連れて、私は忙しい仕事の待つ領都へと向かう。
もうすぐそこだ。
彼女を見送った領都の門が、もうコンクリート道路の先に見えている。
「ああ、そうでした、アリシアさん」
「なに、アッシュ?」
「おかえりなさい」
あの日、涙をこらえきれなかった彼女は、とても幸せそうな笑い声とともに、帰郷の挨拶を口にした。




