再生の炎7
結果的に、御前会議は審判の不正によって我々辺境側の判定負けといったところだろうか。
どうしてこうなった。
私・ゲントウ閣下・アリシア嬢を始め辺境側の面々は、事情を確認するためにサキュラ辺境伯家のお屋敷に集合した。
「アッシュ、思った以上に早く辿り着いてくれて助かった。ご苦労だったな」
「お礼ならアルゴノ卿に、私に知らせてくれたのはあの人で……ひょっとして、他にも連絡のために走り回ってくださった方がいらっしゃいます?」
私の問いに、ゲントウ閣下は苦笑して頷く。
どうやら、サキュラ辺境伯家・ネプトン男爵家・スクナ子爵家など、複数の家から早馬に乗った騎士が出されたらしい。
ずいぶんとご協力を頂いたようだ。
「ご尽力へのお礼は後日するとして、まずは今回の御前会議についてお聞きしても?」
「ううむ、それなのだが……」
ゲントウ閣下は、今回はぬかったと頭をかく。
「ここまで国王が偏った判断をするとは思わなくてな。立場にこだわるあ奴なら、公式の場に引っ張り出せば、国王として公平な判断を優先すると見込んでいたのだが」
「完全に息子のわがままを擁護する馬鹿親でしたよ」
そうなのだよなぁ、とゲントウ閣下は遠い目をする。
古い友人を失ったような眼つきだった。
「国王の頭の中では、王位継承争いが起きると王都が荒れると考えているのだろう。王都を守るために、王位継承を予定している第一王子を擁護する。そうすれば、結果的に自分の子等が争うのを見ずに済むというわけだ」
公人としての建前を使って、私人としての父親の情を満たそうとしている、という理解で良いんですかね。
すでに第二・第三王子が暗殺された今の王族が?
第四王女が傀儡にされて一時立場を失った王族が?
「ちょっと何を言っているかわかりませんね」
「俺もわからんから、今回の会議の流れを見誤ったのだ。もはやあ奴は、国王の重責に疲れ切ってしまったのかもしれんな」
元からさして仕事ができていたとは思えないし、自分の疲れに人様を巻き込むのはお止め頂きたい。
大体、国王が取っている手段というのは、王都の混乱は起きないかもしれないが、絶賛混乱中の辺境を見捨てた判断の上に立っている。
そのことに気づいていなそうな辺り、実にいい度胸だと思う。
「国王が王都のことだけを考えているのなら、別に私達が王都のことを考えてやる必要もありませんね」
思うのだが、王族を始めとした中央の連中は、自分達のことを、辺境であるこちらを切り捨てる立場だと考えているのではないだろうか。
とんでもない思い違いだ。
こちらからだって、王族や中央を切り捨てることはできる。
「向こうがその気なら、こちらにだって考えはありますよ」
こちらは王国の立場に気を遣って、国王の決定まで待ってやっているに過ぎない。
現場で働く我々には独断専行という手札がある。
ぶっちゃけそちらの方が最適な働きができる自信もある。
「閣下、国王の決定が期待できない以上、こちらの好きにやらせて頂きましょう。王都での折衝を担当する閣下と、特にアリシア殿下にはご負担をかけてしまいますが――」
私が申し訳なさをこめて視線を送ると、アリシア嬢の俯いていた顔が跳ね上がる。
その顔は、まだ彼女がアーサーと呼ばれていた頃、森で暗殺者に追われた時に見せた、大事な物を壊してしまったかのような絶望を浮かべている。
「あ、あの、アッシュ、その、ご、ごめんなさい」
白い顔をした彼女は、震える声で謝罪する。
「わた、わたし、アッシュを助けなきゃいけないのに……なのに、わたしのせいで、こんな面倒……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「は?」
アリシア嬢の言葉は、私の腹の中でたっぷり溜めこまれた、不満という可燃物に着火する種火となった。
「アリシアさん、今、なんと?」
我ながら、火口で蠢く業火のような声を出してしまったと思う。
感情を制御する理性の綱が、高温で焼けただれて千切れていく。
他の辺境貴族もいる中で、王女殿下に対する態度すら維持できない。
「ご、ごめんなさい……お、おこってる、よね……」
涙ぐんで顔を伏せるアリシア嬢に、余計に怒気をたぎらせて私は首肯する。
怒っている。とても怒っていますとも。
ただし――
「アリシアさんには一切の怒りはありません。ですが、あなたを謝らせた原因に対して、言語的表現では追いつかないほど激怒しています」
どうしてアリシア嬢が涙を浮かべて詫びねばならぬほど、負い目を感じなければならないのだ。
彼女が一体どんな失態を犯したと言うのか。
彼女はただ、自分の磨き上げた有能さでもって、難民を助けるために動いただけではないか。
それを、動きもしなかった連中が勝手に嫉妬しているだけではないか。
なのに、どうして、アリシア嬢がこんな顔をしなければならない。
私は彼女が真面目なことを知っている。
我慢強いことも知っている。
だから、ことここに至っても、責任を感じて悩んでいることはわかる。
でも、今のあなたは悲しむべきではない。
今のあなたは、全てを引きちぎって怒るべきだ。
「アリシアさん、昔、私は言いましたね。私はいつだって、あなたの助けが欲しいと」
「もちろん、もちろんだよ。一瞬だって、忘れたことない」
「あれは今だって変わりません。あなたが私を助けたいと思ってくれるのなら、どこへだってその力を借りに行きます。例え、何が邪魔をしていたとしても、全てを蹴散らして」
あの日の宣言を、果たすべきは今だろう。
アリシア嬢は一瞬、白い顔に血色を取り戻し、しかし考えこんでしまう。
「でも、そんなことしたら……」
真面目で我慢強い彼女は、自分の苦労と他人の迷惑を心の天秤にかけて眉根を寄せる。
そんなシワを寄せて微笑んでも、痛々しいだけですよ。
「私は平気だから……。アッシュ、気にしないで」
彼女はいつものように、自分のわがままを嘘で包んで隠そうとする。
「アリシアさん、私は嘘が好きですが」
この台詞は、アリシア嬢の耳に残っていたのだろう。
彼女は、自分の心をしまいこもうとした嘘を止め、顔を上げる。
「その嘘は、あなたが生きるのに必要ですか?」
「そ、れは……ずるいよ、アッシュ。そんなこと、言われたら……」
アリシア嬢が隠しかけたわがままを、私が取り上げる。
さらけだされた自分の本心に、彼女はずっと長い間我慢していた涙を零す。
「助けて、アッシュ。もう、こんなところにいたくない。君のところへ帰りたい」
「もちろん、あなたがそう望むのなら」
続く言葉を口にしようとして、ふとマイカの顔が思い浮かぶ。
なるほど。
彼女が出発前、好きなようにやって来いと言ったのは、こういう事態を見越していたのかもしれない。
流石は女神の娘、大天使マイカである。
婚約者の先見の明と寛大さに感謝しながら、私はアリシア嬢の手を握る。
「宣言します。あなたは私が奪います」
「う、うん……」
夢みたい、とアリシア嬢は頬を赤らめて私を見つめる。
ちょっと色っぽい感じで見つめ合ってしまったが、ここは割と大勢の眼があるサキュラ屋敷である。
「あー、アッシュ。実に絵になる光景なのだが、話を進めて良いかな?」
「あっ、ご、ごめんなさい! ゲントウ閣下、ど、どうぞ!」
生温い視線に、アリシア嬢は真っ赤になって私から距離を取る。
恥ずかしがった方が面白がられると思いますよ。
「で、アッシュ。王女殿下を奪うって流れは傍で聞いててわかったが、何をどうする気なんだ? 特に奪うってどういう意味なのか気になる」
「国王や第一王子にとっては、アリシアさんが王位継承権を持っているから、余計な邪推をするのでしょう? じゃあもう、アリシアさんが王位継承権を失ってしまえば良いじゃないですか」
「いやいや、そんな簡単に捨てて良いもんじゃないだろ」
ゲントウ閣下はそう仰るが、アリシア嬢に視線を向けたら即決だった。
「王位なんていらない。惜しくもない。邪魔なくらい」
一つ本音を漏らしたら、たがが外れたのかアリシア嬢は物凄く素直だ。
これまで言いたくて仕方なかったとばかりに、王女の身分にケチをつける。
「ということですので、アリシアさんに王位継承権を捨てて頂いて、辺境に来て頂きましょう。丁度、空いている領地がありますからね」
「アリシア王女殿下を、ヤソガに? ふむ……」
悪くない、という沈黙が場を包んだが、ゲントウ閣下は首を振る。
「アリシア王女殿下が領主になるのは文句ないが、それだと公爵領になる。公爵なら王位継承権があるぞ」
「そうですね。だから、私が奪う必要があるわけですよ」
「……アッシュ、お前の言う奪うってのは、本気か?」
ゲントウ閣下が私と、アリシア嬢の顔を交互に見る。
私はいたって本気だし、アリシア嬢はまんざらでもなさそうに照れて俯いた。
古今東西の物語で、王女を奪うとなれば、それはやっぱり結婚的なものですよ。
「確かにアッシュと結婚するとなれば、王位継承権なんてなくなるだろうけどよ」
なんたって私は農民ですからね。一番上から一番下まで降嫁することになる。
もちろん、その分だけ王女を奪う難易度が高いわけですが、手がないわけではない。
「つきましては閣下、今ある限りの名誉を頂戴したいのですが、よろしいですか」
彼女に贈る名誉の花束を作ろうと思います。




