再生の炎6
私のおかげで遅れに遅れた御前会議だが、そもそも従来の予定より一週間以上早まっている。
結果的に見ればかなり早く御前会議が開始された。
ひとまず、御前会議を開催するきっかけとなったヤソガ子爵領の被災、それに付随して発生した難民問題を解決するべく、早急に必要な決定を行って頂きたい旨、ゲントウ閣下が発言する。
それに対し、第一王子が立ち上がる。
「サキュラ辺境伯の発言、もっともである。多くの国民が今まさに苦しんでいる以上、一刻の猶予もない。そのため、どのような支援が必要なのか、早速具体的な検討を行いたい」
「ほう?」
はーい、第一王子、そこまでです。
仕切り直したタイミングで主導権を握り直そうとしたようですが、させるものですかよ。
「どのような支援が必要なのか、ですって? 殿下、今回の会議は、そのような内容を話し合う席なのですか?」
第一王子のイケメン顔に、不愉快そうなシワが寄る。
お偉い身分に生まれたせいで、他人から露骨に馬鹿にされた経験がないのだろう。
「……何か問題があるのか、フェネクス卿」
「むしろ、どうしてそれで問題がないとお考えなのか不思議でなりません。魔物災害の発生からすでに三か月にもなります。どのような支援が必要なのか、熟慮するだけの時間は十分にあったはずですが」
「難民を直に見ている卿が焦るのはわかるが――」
第一王子は、私の発言をそのように解釈して、いくらかいらだちを和らげようと試みる。
「これは非常に難しい問題なのだ。サキュラと王都には距離があり、また支援物資を集めるにも人手や資金が必要になる。それらが消費される分の補充も考えねばならん」
「なるほど。つまり、三か月かかっても基本的な方針の策定すらできないほど、今回の事態は困難であると、そういうわけですか」
「卿が思うよりずっとな」
第一王子の言葉に、私は素直に、失礼しましたと詫びた。
それだけでは謝罪として短いと思われたので、私が遅いと感じた理由もお話しておこう。
「いえ、アリシア王女殿下とビルカン大神官長から、一月もしないうちに支援物資を送る旨の通知が届き、二月目には現地に支援が届き始めていましたので、てっきり王都の人材ならばその程度は余裕なのだとばかり、すっかり勘違いをしておりました」
しかも、その支援物資は必要なものばかりで、適切に吟味されていた。
量は十分と言えなかったが、それは災害の規模が規模だけに仕方がないだろう。
少なくとも、予想以上に助かったことは事実だ。
「あれは、アリシア王女殿下とビルカン大神官長のご手腕が尋常なものではなかった。そういうことですね。お二方、現場で難民への対策を行っている者として、満腔の敬意と感謝を」
同席者のアリシア嬢と、ビルカン大神官長に一礼すると、二人は謙遜気味に微笑する。
大神官長はいつも通りの表情だが、アリシア嬢の顔色は悪い。
ゲントウ閣下からの手紙にあったように、少し元気がないようだ。
「ともあれ、そういう事情であれば話は簡単です。なにも陛下の御前で長々と議論する必要はございません。アリシア王女殿下とビルカン大神官長からの支援は適切でした。支援を送ると言うのであれば、お二人が行っていることを拡大・継続して頂ければ結構です」
これで王都の重鎮達が持て余すほどの議題が片付きましたね。
私が第一王子に微笑むと、先方は怖い目つきを返して来た。
どうやらわかりやすくご立腹である。
まあ、王位継承争いを視野に入れて、アリシア嬢を警戒しているらしい彼からすれば、自分では不可能だと言った問題をアリシア嬢があっさり解決済みだと言われれば面白くないだろう。
でもあなた、今回の救援に動いたアリシア嬢の手腕を見たからこっちの邪魔をしに来ているはずでしょうに、どうしてその原因となった事態を持ち上げて来るのか。
私からすれば、自分で掘った墓穴に自分から飛びこんだようにしか見えないですよ。
しばし、第一王子は視線にいらだちをこめていたが、次の発言を思いついたところで、睨み合いを中断した。
「だが、大局的に物を見れば、今のアリシア王女の支援が最適とは言えないかもしれぬではないか」
「大局的。なるほど、視点によってはより良い案もあるでしょうね」
「そうだろう? そこで見直しの検討を提案する」
「では、大局的な判断を下に議論を始めましょう」
第一王子の言い分に、私は完全に同意する。
ただし、意図的に同意の角度はずらしてある。
「では、現地の最新の状況を持つ私から提案をいたします」
待ったがかかる前に、さっさと手札を切る。
「現地の状況を見て大局的に物を見ますと、今最も必要なものは、ヤソガ子爵領の領主です」
それじゃない、と第一王子の口から聞こえた気がしたが、今は私のターンだ。
「このまま難民を受け入れ続けることには無理がありますし、ヤソガ子爵領にもまだ領民は残っています。どのようにヤソガ子爵領を立て直すにしろ、また今後の難民をどう扱うにせよ、その決定を下す責任者、つまり領主が必要です」
さあ、このことについて話し合っていきましょう。
私は話し合う気満々だが、第一王子はそうではないらしい。
席を蹴って立ち上がり、話し合いには相応しくない荒々しい声を上げる。
「待たぬか貴様! 今は支援物資の内容を話し合うという流れになったであろう!」
「いいえ? 大局的な見地からの議論を交わそうというお話だと認識しております」
「納得がいかぬ!」
「殿下がどのようにお考えであろうと、アリシア王女殿下とビルカン大神官長のご手腕により、支援物資の供給については一定の効果が認められます。多少改善の余地があるとはいえ、そこまで逼迫した問題は起こっていません」
一方、ヤソガ領の責任者の不在は、何らかの代替措置すら存在しない。
「こちらの問題は、王都や中央からの支援はおろか、辺境においてすら手の打ちようがありません。なにしろヤソガ子爵がいなければ、ヤソガ子爵領とその領民への決定権を握る人物はこの世に誰一人存在しません。強いて言えば、国王陛下が代行する権限をお持ちなくらいです」
一度領主に与えた土地は、国王ですら自儘に扱うことは許されないが、領主の代わりにある程度の権限を振るうことはできる。
正式にヤソガ子爵領を直轄地として治めると宣言すれば、全面的な権限の行使も可能だ。
「ですが、もちろん王都にあられる陛下に、王国の端にある領地の采配をお願いするわけには参りません。先程第一王子が仰ったように、距離がありすぎます。三か月遅れでも支援物資が届かないようでは、とても不可能です」
以上の状態を、大局的な見地から見ると出て来る結論は明白だ。
「支援物資の内容の検討などという些末なことより、他に替えの効かない、絶対的に不足しているヤソガ子爵の後釜について決定を下すべきです。何度も申しますが、優秀な人材をもってしても、王都とヤソガ・サキュラの距離は遠すぎます。ですよね、殿下」
第一王子が口にした言葉で、徹底的にマウントを取って殴り続ける。
前提として、第一王子は地位では上かもしれないが、その他全般が私より下だ。
なにせこっちは知識階級の支配者・神殿がスポンサーにいて、武力最強の呼び声高いサキュラ辺境伯ジムに所属している。
権威と武力で圧殺可能な格上相手に、リングの上で正面から殴り合って勝てると思う方がどうかしている。
私が会議に間に合った時点で、手を引くべきだったのだ。
もっとも、自分が相手より格下だと認められないからこそ、アリシア嬢を見て王位継承に支障が出るなどという失笑ものの勘違いをするのだろうが。
さて、ここまで一方的にボッコボコにしてやった。
これがボクシングの試合ならレフェリーストップが必要なくらいボッコボコである。
しかし、困ったことにこれはボクシングの試合ではないし、さらにいえばレフェリーに当たる人物の公平性が期待できない。
そのレフェリーに当たる人物が、ことここにいたってようやく口を挟んだ。
「フェネクス卿の言い分は承知した」
私の中の信頼度が、現在最低値を更新中の国王陛下である。
「確かに、ヤソガ子爵亡き後、後任を定める必要が余にはある。検討することを約束しよう」
「お言葉ですが陛下、後任について候補者の名前がすでに挙がっているかと思われますが、どれほど検討のお時間が必要でしょう」
三か月も放置しておいて、まだ決められないほどのろまなの?
溜息を懸命にこらえて尋ねるが、実のところ私は確信している。
のろまなのだ。
そもそも現国王は、自分の娘に悪い虫が取りついた際に、自分の立場を気にして対処できずに事態を悪化させた張本人である。
国王という身分では、一挙一動が大事になるから――それはごもっとも、正しい分析だ。
だが、それほどまでに国王という立場を重んじるのであれば、自分の娘の王女という立場も重んじるべきであったのだ。
娘ではなく、王女に悪い虫がついた場合、どれほど厄介な事態を招くかを考えて、国王として振る舞うべきであった。
しかし、国王が選んだのは、内々に父親として動くことだった。
これでは考えていることとやっていることがバラバラだ。
自分の身分は気にするが、他人の身分は考慮していないではないか。筋が通らない。
そして今、国王は息子に振り回されている。
国王としての立場を気にして娘一人を助けられなかった男が、今事態を混乱させている第一王子に向けている態度は、国王としてのものか、それとも父親としてのものか。
内面は外には漏れないが、行動にしてしまえば周囲に伝わる。
「ことは慎重を要する。今少し検討の時間をかけよう」
国王は、そう告げて会議を打ち切った。
会議の終了が誰に一番利益があったかといえば、ボコボコにされた第一王子だろう。
少なくとも、ノックアウト手前まで有利に進めていた、私達辺境側で得する人間はいない。
つまりは、そういうことなのだ。




