月桂樹の冠
「わかった?」
「え~~っと……」
レオンは、ジュリアから受けたつたない説明をなんとか理解し、要約した。
「つまり、大きく『医療』『科学』『技術』『情報』の四つに別れてて、そのどれかに属してるってことだな?」
「なりたくても役立たずはなれない。例えば医者になりたくても、才能がなかったら無理。『適材適所』で『量才録用』だ。テオちゃんはスパルタで厳しいんだ。ビッシビシのバッシバシ。ドSの女王様だ」
「え――――っと………テオちゃん?」
聞きたいことは色々とあったが、とりあえずそれをピックアップした。
「テオちゃんは今の組織形態をつくった人で、トップだ。しゃっちょさーん的な」
「……しゃっちょさーん?」
「人事とかも全部やってる。何本も足がある草鞋さんで、めっちゃすごい」
「………つまり、二足の草鞋じゃすまねぇってことだな」
彼女の独特の言い回し一つ一つを、必死に拾って組み立てて行く。
「しゃっちょさーんなんだけど、テオちゃんはめちゃスゴな科学者なんだ。だから、『科学』のトップもテオちゃんだ。兼業だな、兼業」
「………科学者」
この場所について右も左もわからないレオンは、こうやってジュリアから情報を得ている。
今までも話には聞いていたが、『百聞は一見に如かず』とはまさにこのことだ。実際に足を踏み入れてみれば、目を瞠ることばかり。
「『医療』はウーちゃん。『技術』はピピちゃん。それで、『情報』がにぃにだ」
レオンは、この前紹介されたジュリアの「にぃに」を思い浮かべた。
(あの人が………まぁ、そんな感じはあるな。『上』に立つ人だ、アレは)
「そのお前のにぃにには会わせてもらったけど、他の三人は無理なん?できれば挨拶くらいさせてもらいたいんだけど」
「それは無理だな」
間髪入れず、それは即答だった。
「ウーちゃんは大の男嫌い。男には会いたがらない」
「………は?」
「ピピちゃんはほとんど寝てて、部屋から出てこない。起きてる時間もずっと仕事だからな。私だってなかなか会えない。テオちゃんも自分から出向くことはない。トップだからな、『お前が来い』なんだ。完全部外者のお前が、テオちゃんの所に行けるわけがない」
「…………」
これだけで、それぞれが相当の曲者だと判断できる。
「礎になった大先生が四人いて、それにあやかってる。なに、『設立者』?『創立者』?そんなの」
「大先生……」
「忙しくて全然会えないけど、私もめっちゃお世話になってる。めちゃスゴだぞ、めちゃスゴ」
「なるほどね……」
二人がいるのは図書室。上から下まで、世界各地から集められた蔵書がビッシリ。レオンの家にもかなりの量があるが、もしかしたらそれに匹敵するかもしれない。ジュリア曰く「消されるはずだった歴史」を拾い集めてきたらしい。
(何がすごいって……『ゼロ大戦』以前の記録がある)
これは探して見つかるようなものではない。それが、惜しげもなくずらりと並んでいる。
(一体、どこからこれを手に入れたのか……気になるところではあるが、有り難い)
そんな古いものから、最新の情報まで検索できる。ここはまさに情報の宝庫。こんなに有り難い場所はそうなく、ここに来てからの多くの時間を「勉強する」と言うジュリアに付き添ってレオンもここで過ごした。
(……やっぱ、すげェな)
情報は力。それをこれだけ有している。
秘密保持の為、詳細は伏せられているが、ここは大きくエリアが二つに別れている。簡単に言えば、立ち入りできるところとできないところ。関係者と、部外者。
ジュリアは、ここで育った『部外者』だ。
先述の彼らは明らかに『関係者』。まず間違いなく、立ち入り禁止の扉の奥にいる。
「向こうに行けるのはテストにパスした人だけ。選ばれし者だけが行けるんだ。私も早く行きたーい!」
「へぇ。その、テストとか受けてんの?」
「それが、『お前はまだ患者なんだからそんなんムリに決まってるだろ』だって。むむむ」
そんな素振りは一切見えないが、たぶん「むむむ」は不服の合図と取っていいだろう。
「一緒にリハビリしてたサンディはパスしたんだぞ。私の何がダメなんだろうな」
「……リハビリ?」
「この世界にはな、めっちゃあかんヤツがいるんだ。そいつにサンディはめちゃくちゃいじめられて、重い後遺症が残っちゃったんだ。断固許すまじ」
「重い、後遺症……?」
レオンは、彼独特のリズムを思い出した。
「サンディは『お目汚し』って隠すんだ。だから、ずっとあんなカッコ。でも、全然そんなことない。あれは世界と戦った名誉ある勲章だ。立派なんだ。称えるに値するんだぞ」
「名誉ある……勲章」
「そうだ。理不尽に耐えたんだ。頑張ったんだ。こんなすごいことはない。努力家で頭よくて、一生懸命勉強してテストにもパスした。将来は立派なお医者さんだぞ。今は見習いなんだって」
「へぇ……。すげぇな」
レオンは感心した。
「だっろー?私のリハビリメニューも今はサンディが組んでくれてる。私以上に私のことをわかってくれてる。見習うところがイッパイだ。ほんと、かなわん」
「………」
「サンディは本当に強い。だから、本当に優しい。だから、私はサンディみたいになりたい」
「……あぁ。すっげぇ、わかる」
「わかる?わかるか。やっぱり?」
「あぁ」
レオンも、そんな人を知っている。誰よりも優しく、誰よりも強い。こうなりたいと、心から敬服する。そんな存在。
「ここにいる子はみんないじめられたんだ。それで、拾われて来た。だから、私はみんなを守っていじめるヤツをこらしめてやるんだ」
そう言って、ジュリアはシュッシュッとパンチを数発繰り出した。
「私も、早くパパみたいになってにぃにの下で働くんだ」
「……〝にぃにの下〟?」
「にぃにはめっちゃ賢いインテリさんで、指揮官の参謀なんだ。ブレーンだぞ、ブレーン。めっちゃかっこいいだろ。スッゴーイんだぞ。めっちゃ強いパパに指示出すんだ。めちゃエラ」
「…………」
「パパが私見つけてくれて、みんなが助けてくれた。だから、ちゃんと恩返しするんだ」
「それで、お前の国が完全に保護下に置いてるってことか」
「見つかったら危ないからな。世の中は危険なんだって。出ちゃダメってよく言われる」
「……なるほど」
ここへ来てから、レオンはこのシェルターから一歩も外へ出ていない。――それが、許されない。
この敷地全部がシステムによって完全に管理され、限られた出入り口には強固なセキュリティが敷かれている。よって行動の自由が制限されているが、不自由はない。『シェルター』と言われなければ、そうとも感じない。
「つーかさ、さっきから何してんの?」
「調べ物」
「調べ物?」
数多く置かれた机と椅子。本を読んだり勉強をしたり、少し離れた専用ブースで映画を観たり、ここで時間を過ごす者は二人の他にもいる。普段はジュリアもその一員だが、今日は常設された端末とず―――っとにらめっこ中。
「何を調べんの?」
「コレ」
「ん?」
一枚の紙切れがぴらっとなびいた。
「コレ」
「……ん~~?」
人差し指と中指に挟まれたそれを奪い取る。
「何じゃコリャ」
白い紙の真ん中に、毛玉みたいな黒いグシャグシャ。
(……そういえば)
一つ、思い出した。
「これ、誰が描いた?」
「私」
(……やっぱり)
ジュリアは、絵心が皆無。『前衛的』という意味ではあるのかもしれないが、描くそれは三歳児レベルから『可愛さ』を全て取り除いたもの。
全く似てない指名手配犯の似顔絵を手掛かりにされても困る。
「……で、これは何なの?」
「アザ」
「アザ?」
「あいつのな、腰骨のところ。左側の、ちょうどズボン履いて見えるか見えないか……」
途端、急にジュリアが立ち上がった。
「うおっ!ビックリしたぁ!な、何……って、うわぁ――――!!」
何をするかと思えば、ハイウエストのショートパンツをいきなりグイとずり下げた。
「ココ。ココ」
急降下はヒップにかかるウエストギリギリで止まり、指差す。
なんとかそれ以上、いや、それ以下は防げた。レオンはほっと一息ついた。が、まだ鼓動が鳴りやまない。心臓がバクバクと痛い。
(……あっぶね~~、マジあぶね~~……)
これより先は、命が危ない。ハザードが鳴っている。
「ココに、アザ」
「……そのアザがどーしたよ?」
「お前はバカか」
「はぁ?」
「だから、アザを調べる。さっきから言ってるだろ」
「だから、俺はなんでそのアザを調べんのかって聞いてんだろ」
「だって、王の証だぞ」
「はぁ?……この、毛玉が?」
「お前、視力ないのか?診てもらうか?」
「バカ野郎。バリバリだっつの」
「じゃあ、なんで毛玉。どう見ても月桂樹の冠だろ」
「はぁぁああ!?」
どこをどう見たらそんな代物になる。どう見てもグシャグシャの毛玉だ。
「……って、ん?」
衝撃で流しかけてしまったが、寸前でひっかかった。
「月桂樹の冠、だと……?」
「な?王の証だろ」




