第五小節 Pan 下
一気に力が抜け落ちた。メールでも相変わらず独特の調子で語っている。しかし何なのだ、この件名は。まるで携帯を買って貰ってすぐにウキウキ気分で送るアレではないか。
俺はつい小一時間前まで神というのはもっと何というか、そう、もっと慈愛に満ちていて、厳かなものだと思っていた。しかし現実はまるで違ったのである。実際はこれだ。こんなに人間らしくて、しかも意味不明である。俺達に龍の鱗を集めさせて何がしたいのだろうか。人間観察か? 神の心理なんて分かりやしない。ただ崇める事はもうしまいとだけ強く思った。
ちなみに石球の事について、俺は怒りは感じているが文句を言おうとは考えていない。偽装までしてあったにも関わらず俺達がのこのこと踏み込んだのがそもそもの過ちだったからだ。責めても何も出ないしな。
[To]小刀祢 星
[Sub]Re:初メールだよ
[Main]荷物は俺の自室に届けておけ。俺もお前に質問がある。単刀直入に訊くぞ。俺達を何故ここに連れてきた? 俺達に何をさせたい?
送信ボタンを押し、携帯をポケットに突っ込む。さて……、クッキングタイムだ。
晩餐の用意は盛りつけ等も含め完了し、種々の香りが夜の空を漂って、腹を空かせた人間の鼻孔をくすぐる。
「それでは!!」
師匠が声を張り上げ、皆がそれに合わせていただきますと言った。叫んだと言う方が正しいかもしれない。
それでは今夜の料理の解説に移ろう。まずメインメニューだが、これは鍋である。様々な山の幸をあろうことか1つの鍋に放り込んだ見た目だけは普通の鍋だ。異常な点は2つある。その食材の種類の多さとあまりにも美味な味付け。適当そうなのにも関わらず、味は最高だ。これも師匠だからこそ為せる技か……。それはそうだろう。あんなありがちな二つ名を世に轟かせているのだから。だがそんな炎師匠にも失敗はあるらしい。
「すげーなやっぱり。どれもこれも美味い。……だが」
食べ切れますかね、これ。これくらいでかい方が見た目的にはいいと思うのだが、どうも食べ切れる量には見えない。
「お前ら、あんま……、食い過ぎるな、よ」
もう1人の神はまだ呂律が上手く回らないようだ。
頭に猫型ロボットを乗せた不健康そうな男が取り皿を片手にリーダーの後ろに立つ。
「確か熱で駄目になるんだったな」
嫌な予感しかしない。ああ、嫌な予感しかしないぞ。
えい、という猫の可愛らしい声にぴったりな掛け声とともに田中太郎、通称TTは神迅斗を火中へ蹴り飛ばす。
「おお、それ名案!! 何で気付かなかったんだろー」
普通は誰も思いつきませんよ……、萌さん……。
火の中で人が焼かれているというのに誰も助けようとはしない。
「斬新な発想ね……」
20人が囲ってもまだスペースに余裕がある。今回の鍋はそれ程に巨大だった。
実は今回、山でブツを調達していない人員も数名いる事を俺は知っている。あれは手伝いをした時の事だったか。山積された食物の中には、なんとスーパー等でよく利用されているあの使い捨てのプラスチックトレイごとそのまま提出されている物があったのである。もちろん巧妙に隠蔽しようとしていた物もあった。でもまあ、この山に牛はいないのでバレバレ、これっぽっちも隠せてはいない。
ああ、またしても気付くのが遅かった。リーダーはなにも山で集めろとは言ってないのである。
「そろそろ潮時かなー?」
火中の人間が乱雑に引きずり出される。可哀想だとは思わないのだろうか。
「あっつううううううううううううううううううう!!!!」
流石神様。渾名に負けず不死身である。人間のたんぱく質は42度で変質するとどこかで聞いた覚えがあったのだが、いやはやそういう出任せはどこを発祥地としているのだろう。
それにしてもあの独創的で狂気に満ちた案は見事成功に終わったと見える。ということで言わせて欲しいのだ。良い子も悪い子もマネしないでね! もちろん大人も!!
「やったねー、大成功だねー。大丈夫ー?」
緊急消火用のバケツを未だ燃え盛るリーダーの上で逆さまにしながら俺は言う。
「そう言えば萌、珍しく制服着てるんだな」
火は音を立てて消えた。服は黒焦げだが、神の身体には火傷らしきものが見当たらない。どうなっているんだ……。これだけでかい鍋用の日なので火力は中途半端なものでは無いはずだ。そうか、分かったぞ。魔法だ、これは火属性の魔法が種であり仕掛けとなっているのだろう。
火属性の魔法、俺はそれを使えない。しかし、雪は使える。俺が修行というか訓練をしていた2週間の間雪は雪で魔法の練習を重点的にやっていたそうだ。昼間登山中、俺はそれを披露してもらった。その時に燃焼中の物体の温度調整も出来るという様な事を言われた覚えがある。
「ん? 制服? 制服……、制服ううううううう!!」
萌は自分の着ている服に目を向け、唐突に奇声を発する。
「私のアイデンティティーがああああーーーーーーー!! これは困ったよカザミン! どうしよう!!」
他の面々が制服を着ているのは普通、というか当たり前の光景なのだが、萌だけは制服姿が新鮮だった。実際俺は初めて見たしな。しかし、昼間に集合した時は確かに何かのコスプレをしていたはずである。
「落ち着け、萌。昼間着ていたのはどこにやった?」
「あれは汗でびしょびしょになっちゃったからギルドに……。どうしようどうしよう。どどどどうしよう」
そこまで焦る事ではないと思うのだが……。十人十色って言うしな。価値観は人それぞれだろう
萌は何かを閃いたように「あ!」という音を発する。また嫌な予感……。
「カザミンカザミン。私も名案思い付いちゃったよー。"女の子"の制服だからダメなんだよねー。だからさ、その、カザミン。服……、取り替えっこしない?」
「おい、萌。少し冷静に考えてみてくれ」
別に俺に女装の趣味は無いが、その、何だ? ああ、アレだ。アレは仕方がないよな。
「ちゃんと……、考えた結果がこれだよ……? その、お礼に生着が――」
嫌な予感が的中し、死角からのドロップキックを受ける。
「ちょ、あんた何してんのよ!! どつくわよ!?」
もうどついてます。俺吹っ飛ばされてますよー。
「俺はまだ何もしてねえよ! 無実の罪だよ!」
本当に何もしていない。むしろ諭そうとしていたではないか。責められる道理はない。
「ごめんで済んだらハンムラビ法典はいらないのよ!!」
「ああそうだな……、って俺は謝って無いぞ!? むしろ謝るのは雪の方だろう!? というかハンムラビ法典はもう存在しねえ!」
おお、何なんだこれは。ツッコミどころ満載じゃないか。
「そうね……。及第点ってところかしら。でも、女子に手を出すのは禁止よ」
何の点数だよ、と言おうかと思ったが、なるほど、ツッコミの事だろう。これはちょっと嬉しいかもしれない。
「一件落着、かなー? ところでカザミン、その、さっきの……」
……萌。お願いだからもう、止めてくれ…………。
ちなみにこの"萌"というのは、つまり"モ"リシタ"エ"ミと言う、至って単純な渾名である。