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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第二楽章
31/31

第五小節 Escape 8/26

「あっははー、聞いてなかったー? あたしらってバカンスにも行きたくなるのよー」

 若干ではあるが舌の回りが悪いらしい。ここまで来れば最早飲んだくれである。生徒の手前、宿でもないのに酒を掻っ食らって彷徨く教師が一体絶対何処のどこの世界にいようか。……いや、ここに一人はいるんだけど。

「だからってこんな時期にそんな余裕――」

 ――ダダダダーン

 雪が何かしらの苛立ちを、恐らく八つ当たりと言う形で校長にぶつけんとすると絶妙なタイミングで着信音が鳴り響き、俺の携帯の画面には珍しい人物の名が表示される。

「……それ着信音? もしかして交響曲第五番?」

 交響曲第五番ハ短調、通称"運命"。ご存じだろうが、これは俺が元いた世界のクラシックの一つである。この世界においてあちら側と同一の作品は本来在るはずが無く、実際ほとんど見つからなかったのだが先日偶然にも俺はこれを発見していた。

「ああ、運命で間違い無い。何故かは知らんがこの手の曲は四、五曲だけ見つかったんだよな。んじゃ出るぞ」

 かくも広き世界だ、別に類似品の1つや2つあろうと何らおかしくは無い。けれどもこの曲は紛れもない本物であり、俺の耳によるとその他数曲も寸分違わぬあちら側のそれである。この事態を偶然、と言うのには些か無理も生じよう。まあこんな謎は神の仕業だと考えてしまえばそれで済んでしまうし、真もきっとそうなのだろうけども。

『あ、もしもし? 風峰さんですか? 私は小町なんですけど』

 そんな事を考えながら通話ボタンを押した俺は、弾丸の如く喋り出す通話相手の声に意識を向ける。この通話相手の名は古川(ふるかわ)小町(こまち)と言い、神庭学園高等部校長、白鳥遥華の秘書を務める天然と真面目さが特徴の人物であった。

『こちらは風峰です。随分急いでるみたいですけど何かあったんですか?』

 この人の性格を考慮すれば、何か大事があったと考えるのが妥当だろう。彼女程の常識人が茶飯事でわざわざ旅行中の生徒の携帯に電話を掛けるとはまず思えない。これは明らかな異常事態である。

『ええ、はい、そうなんですよ風峰さん! 今日のお昼頃私が校長室に行ったら校長が!!』

 何故だか生じる空白の時間。極僅かなノイズのみが電気信号となって脳に届き、その他の音は全くこれっぽっちも聞こえやしない。

『……校長が?』

 故に経験則からもしや相槌を打って欲しいのかも知れないと判断し、適当にそれっぽく俺は呟く。その瞬間だった。

『寝てたんです!! 机に突っ伏して気持ちよさそうに!!』

 異常事態である……。どうしたことか小町先生のノリがおかしい。本当はこちらが素であるという可能性は十分に存在するが、それでもいつも通りとは言い難いだろう。

『……それがどうかしたんですか?』

 何しろ校長が寝ているなんて事は海に魚がいるのと同じくらいに普通なのである。そこそこの頻度で俺はあの人に会っているが、その中でもあの人が素面で起きていたのは精々二、三度程度。十中八九酒を呑んでいるか寝ていると言って良いだろう。それに一々腹を立てていては精神が保たない。

『どうもこうもありましたよ……。遥華ちゃんの事だしすぐ起きるだろうと思ってしばらく見過ごしてたんです私。それでそろそろ会議の時間なので起こしに行ったら何と言う事でしょう、いなかったんですよ校長が! 騙されたんです!! 校長だと思っていた物は光で創られた幻影でした!』

『あー…………』

 なるほど事情は理解した。不要な前振りが少々長かったが一言で言えば逃げた校長を探しているのだろう。幻影を生み出す魔法が俺の眼前にいる大酒飲みの十八番である事は俺もよく知っている。

『もしもし、風峰さん? もしもし?』

『ああすみません、ちょっとぼうっとしてました。校長なら目の前にいますけど代わりましょうか?』

 校長の行動にはほとほと呆れて声も出ない。お巫山戯程度ならまだ許されるだろうがタイミングがタイミングだ。当事者からすれば冗談では無いだろう。

『ほ、ホントですか!?』

 しかし古川先生の勘は中々に恐ろしい精度ではなかろうか。無数にある可能性の中からこの1つを選び出すのは明らかに至難である。愚痴っていた事からその線は薄いけれども、仮にこれ以前に幾つか当たっていたとして普通常識的にここには至らない。校長には恨まれるやも知れんが黙っておく理由も無し、告げ口の1つや2つきっと寛大な御心で許してくれよう。

『はい。本物がここにいます』

 そんな風に善悪と有利不利の判断を終え、さっぱりと校長の所在を俺はばらす。

「んー」

「…………?」

 奇声、ではないが不意に横で眠そうな声。相当に酒は回っていると見える。酒豪の校長と言えどうつらうつらするのは無理もない。

『至急迎えに行きますね。情報提供感謝します。それでは』

 そのまま通話は途絶え、ツーツーというお馴染みのあの音が繰り返される。一方的な切断であったことは気に留めぬが吉。電話の向こうはとんでもない大騒ぎになっていると見てまず間違い無い。

「で、誰からの電話? 内容は大体分かったけど」

「古川先生からだ。校長を迎えに来るってさ」

 俺が携帯を閉じたタイミングを見計らって雪が問い、結論を交えて俺は答える。

「遠路遙々ご苦労様なことね。適当に代理でも立てておけば良いのに」

「まったくだな。他人には任せておけないって事なんだろうけど」

 転移魔術なる物は流石に無いらしいし、となれば空路か海路を用いてここを目指す以外に道も無い。俺達名無しギルド一同がのんびり約半日を費やしてやっと辿りついたのだからどれ程早い移動手段を引っ張り出してこようと少なくとも一時間程度はかかるだろう。無駄な労力とは言わないが明らかに非効率であることに変わりは無い。

 と、ここで何やら砂利が動く音があり、瞬間――

「まさかッ――」

 狼狽える間も無く虚空が閃き、視界は白一色に染め上げられて、この目では何をも捉える事が出来ない。これは恐らく校長の得意とする魔法の1つだろう。酔っているからと気を抜いて、目の前で話をしたのは浅慮であったか。

「何事!? もしかして逃げられた!?」

「らしいな」

 依然として視界は不明瞭であり、耳鳴りのような高音が大気を震わす中、階段を駆け下りる音のみが白鳥校長の逃亡を決定付ける。疑いの余地は最早微塵も無し。かと言って追い掛けるにはデメリットが大きすぎるだろう。この階段での転倒は洒落にならない。

「追い掛けるわよ! このまま見逃すのは癪に障るわ!」

「応ッ!!」

 等と俺が面倒臭さに任せてあるかどうかも分からない責任を放棄しようとしている間にも他二名は真逆の判断を下したらしく、二つの足音が続く。すぐに危険性を訴え俺は静止を促すが受け入れる気は無い様で、足音は間も無く眼下の歩道へ。その後は草木のざわめきに掻き消され認知ができない。

 全く両名の空間把握能力には恐れ入るが、この状態で階段を駆け下りるのは如何なものか……俺にはどうしても真似出来ない芸当である。良い意味でも、悪い意味でも。

長らく更新停止していてすみません。今年自分は受験生なので更新速度が著しく低下します。温かく見守っていただければ幸いです

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