12
私は計画を実行した。
すべて計算どおりだった。
錆びたビルの非常階段から落ちた私は、記憶を失ったふりをした。
どこにも帰る場所がない、連続殺人の容疑者である女。
そんな女を、風間瞬は放っておけなかった。
彼は私を守ろうとした。
優しく声をかけ、行き場を失った私に雨音という名前と居場所を与えてくれた。
やがて私たちは、特別な関係になった。
誰が見ても、幸せだったのだと思う。
だけど。
私の心は、少しも満たされなかった。
彼が見つめていたのは、私じゃない。
この身体だ。
紫色のワンピースを着た、綺麗な顔をした女。
彼は私の顔も知らない。
彼が愛したのは、私ではなく、この身体の持ち主なのだと考えるたび、胸の奥に冷たい穴が広がっていった。
いま、私はベッドの上、となりで眠る彼の寝顔を静かに見つめている。
「瞬…、私に、名前をつけてくれてありがとう…」
そう小さく呟き、マンションの部屋をあとにする。
行く当てもなく歩き続け、人気のない場所へたどり着く。
私は目を閉じた。
意識を深く沈める。
そして、紫色のワンピースの女性の身体から離れた。
久しぶりに、自分自身へ戻る。
軽くて、小さな身体。
透明だけど、誰のものでもない、私だけの身体だった。
私は静かに目を閉じる。
もう、人の人生を奪うのは終わりにしよう。
誰かになって生きても、その幸せは私のものにはならない。
南さんへの復讐も、ただただ虚しいだけ、自分が惨めになるだけだ…。
私の能力は私自身を不幸にするもの…。
それでも、私にはただ一つ心残りなことがあった。
「瞬に…、会いたい…」
私の身体のまま、もう一度、彼に会いたい…会ってどんな反応をするか見てみたい…、そう思った。
だけど、南さんと同じように拒否されたらどうしよう…、という思いもある。
この先、どんな形で風間瞬と会うのか、今の私にはわからない。
だけど、いつか必ず彼に会える、そんな気がしていた。
いまの私のこの感情は恋愛感情なんかじゃない…。
私は彼を愛してないし、彼は私を愛していない。
彼は南さんと紫ワンピースの女を愛している。
私は誰からも愛されない人間。
だからこそ、私は私を愛してあげなきゃ。
そう自分に言い聞かせる。
「私は私を愛してる…、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してる」
私の声は誰にも届かないまま、空虚な空の中へと消えていった。




