10
私は気づけば、人気のない廃墟へ足を運んでいた。
窓ガラスは割れ、風が吹くたびに錆びた鉄骨が軋む。
誰もいない。
誰にも見られない。
私は静かに目を閉じた。
身体がゆっくりと透けていく。
壁をすり抜け、空気のように街へ溶け込む。
私は紫色のワンピースの女性を探した。
まだ遠くへは行っていないはず。
人混みの中を漂うように進み、やがて見覚えのある後ろ姿を見つける。
黒く長い髪。
紫色のワンピース。
間違いない。
私はゆっくりと近づき、その背中へ手を伸ばした。
身体が吸い込まれる。
視界が反転し、次の瞬間、私は彼女の身体の中にいた。
『……え?』
頭の中で、小さな声が響く。
『……どうして?身体が動かない……』
戸惑いと恐怖が、そのまま私の頭へ流れ込んでくる。
私は答えない。
ただ、その声を黙って聞いていた。
『どうなってるの?』
震えた声が響く。
その声を聞くたび、胸の奥で何かが軋む。
――やめろ。
心のどこかで、もう一人の私が囁いていた。
それでも、もう一人の私は、その声を押し潰す。
どうして、この人だけ。
どうして、この人には名前があって、居場所があって、手を差し伸べてくれる人がいるの。
私は何も持っていない。
だったら。
この人も、私と同じになればいい。
何も持たない人間になればいい。
地の底まで落ちればいい。
その考えが頭をよぎった瞬間、自分でもぞっとした。
これは、本当に私の願いなのだろうか。
それとも、長い孤独と絶望が、私の心を少しずつ別の何かへ変えてしまったのだろうか。
彼女の怯えた声は、なおも頭の中で響き続けていた。




