07 闇夜乙女の戦い。
食堂で夕食を済ませたあと、先に取った宿に宿泊した。
ジャックザが一緒なので、二人部屋を取る。
厳密には、ラクシスとエゼキエルがいるので、二人じゃない。
だから別に構わないと思い、一緒の部屋に寝ることにした。
「魔王を倒すために」
ベッドに横たわるジャックザは、そう切り出す。
「ある吸血鬼を従者にしようぜ」
そんな提案に、首を傾げる。
「吸血鬼は、あなた一人で十分でしょう。その“ある吸血鬼”が必要な理由は何かしら?」
「単純に、力比べだ。そいつ、魔王級に強いらしいぜ?」
くつくつ、とジャックザは笑う。
魔王級に強い吸血鬼。
「なるほど。その吸血鬼に勝てれば、魔王に勝てると確信するのね。あなたより強い吸血鬼、ということかしら? ジャックザ」
「噂では、そうらしいぜ」
にやりとからかいの笑みを送るも、ジャックザはどこ吹く風で頷く。
自分より強い吸血鬼がいることを認めているのかしら。そうでないのか。
わからない人……いや、吸血鬼だ。
仮面がなければ、わかりやすいのに。
「その吸血鬼に勝てるイコール魔王に勝てると思っていい」
にんやり。牙がずらりと並んだ口を吊り上げる。
「そこまで強いの? 魔王と同等?」
「うん」
上機嫌に頷くジャックザ。
私はラクシスに目をやる。
『ジャックザの情報を信用してもいいんじゃないか? 裏切りを目論んでいる場合は、ジャックザは死ぬことになる。主である召喚士を裏切る代償は死だ。ジャックザはそんな奴じゃないだろう?』
「それって誰かのために死ぬって柄じゃないってこと? 失礼なスライム」
同じ従魔だから、ラクシスの声は聞こえているジャックザは、全然怒ることなく笑う。
「オレはルルロッドのためなら……やっぱり死なないな。生きるよ」
キザなセリフを吐きそうだったが、ジャックザは途中で気を変えた。
「どんなやつと戦っても、オレは負けねーよ。ルルロッドのために戦って生きる」
やっぱりキザなセリフになる。
「でも、その吸血鬼には一人で戦って勝てよ」
『舌の根も乾かぬうちに……。何故一人で戦わせる?』
呆れるのは、エゼキエル。
「そいつには配下の中級吸血鬼がたくさんいるんだ。オレ達はそいつらを相手にする。それともなんだよ、幻獣エゼキエル。オレ達の主が負けると思ってるわけ?」
『そうは言っていないが、狙う吸血鬼は魔王並みの強さなのだろう。従獣である我は、主をそばで守り戦うと決めている』
「だーめ。そいつには、ルルロッド一人で挑んでもらう。そして勝ったあかつきには、従魔になってもらうと約束させる」
何かの音楽を指揮するように、ジャックザは人差し指をくるくると動かした。
「そう。条件を突き付けて、勝負をするのね。それで? 負けたあかつきには、私は何を差し出せばいいのかしら?」
頬杖をついて、私は確認する。
「血で十分」
自分の血を差し出す、ということだろうか。
それって、つまりは死なのでは?
まぁいい。負けてしまった場合のことだ。
「あなたの判断では、私に勝てる見込みがあるのでしょう?」
「それはどうかなー」
はぐらかすか。
『ふざけるなよ、ジャックザ』
「怒らなくていいわ、エゼキエル。ジャックザは、私を死なせたりしないわ」
『我が主が言うのならば……』
羽毛を逆立てるエゼキエルを撫でれば、落ち着いてくれた。
魔王を倒すことに力を貸すと約束したのだ。
気が変わっていれば、ここにいない。
「それで? その吸血鬼の名は?」
私はそう尋ねた。
また口元を吊り上げたジャックザは答えた。
「リヴェンス。リヴェンス・シャオ」
私はジャックザからラクシスに目を移す。
『名持ちの魔物を全部は知らないぞ』
ラクシスは、知らないようだ。
「どこにいるの?」
「明日案内する。今は休めよ」
「……そうするわ」
強敵と戦うのだから、万全で望みたい。
私はジャックザの言葉に従い、ベッドに身体を横たわらせた。
そばにはラクシスとエゼキエルがいる。だから、安心して眠りに落ちた。
翌日、向かった先は、教会。
それも魔王軍の侵略によって、廃れてしまった元街の廃墟の教会だ。
廃墟にはもったいないほど、大きくて立派な教会を見上げて、私は杖を地面につけた。
「“ーーキラン、召喚。ーー”」
水面が波紋を広げるように震えたそこから、這い出てきたのは、燃えるような赤い毛に覆われた獅子。昨日討伐した魔獣よりも、勇ましい顔立ちをしている幻獣だ。
『我が主よ。久方ぶりだ』
「久しぶり、キラン」
『今回は吸血鬼が相手か?』
「そうよ。ジャックザとエゼキエルと協力して、周りにいる吸血鬼を倒してほしいの。私は教会の中にいる吸血鬼を、ものにするわ」
本当なら、あと一匹くらい従魔を召喚したいくらいだが、キランやエゼキエル以外は、ジャックザをよく思っていない。はっきり言って不仲なのだ。
だから、ジャックザとエゼキエルとキラン。この三方に任せることにした。
いつの間にか、ジャックザは話をつけたらしい。私と主従関係を結ぶ約束を取り付けた。
教会の上に待機している見目麗しい吸血鬼達は、四人。敵意むき出しだから、吐く息が白くなるほど気温は下がっている。
教会の中には、リヴェンスという名の吸血鬼が待っているのだ。
「ジャックザ、エゼキエル、キラン。よろしく頼むわ」
「ちゃんと勝てよ、ルルロッド」
『存分に力を発揮していい、ここは心配するでない』
『任された』
いい返事をくれた従者達を信用して、私は教会の扉を押し開けた。
ちなみにラクシスは肩の上に乗っているが、ジャックザに来る途中で手出し禁止を言い渡された。しかし、そばにいたいだけで、ラクシスは手出しをするつもりがない。だって、そばにいると約束したもの。当然だ。
魔王を倒すための足掛かり。私一人の力で、吸血鬼リヴェンスを倒さなければいけない。そして従魔にすることが、打倒魔王に繋がる。
広々とした教会の祭壇に座っていたのは、これまた美しい容姿の吸血鬼だった。
髪は白銀。瞳は赤い色。ぞっとするほど、美しいとはこのことだろう。
彼が、リヴェンス・シャオ。魔王級に強い吸血鬼。
「……手短に済ませたい。もう勝負を開始していいな?」
私を吟味するように見たあと、リヴェンスはそう尋ねた。
「ええ、いいわ。私が勝ったら、あなたは私の従魔になる。私が負けたら、血を差し出すわ」
「……。よかろう」
妙な間があったが、私はラクシスに肩から降りてもらい、リヴェンスと対峙する。
「ではーーーー」
「ーーーー行くわよ!」
私は無詠唱で、炎の魔法を杖から放つ。
手を翳したリヴェンスは、氷結を放って相殺した。
次にする行動は一つ、背後に向かって杖を振り上げることだ。
吸血鬼は、背後を取ることが多い。そうラクシスに、あらかじめ助言されていた。だから、一撃目のあとに背後を取られることは読めていたのだ。
読み通り、リヴェンスは背後に現れた。私が振った杖を、避けるために仰け反った彼に、今度は爆発の魔法を行使。
ドォン!
爆風を受けて、私は少し下がった。
目にも留まらぬようなスピードで動くリヴェンスは、先程の爆発を受けた様子がない。無傷か。
スピードが上回っている相手の行動を読み、攻撃を仕掛ける。
外で咆哮が聞こえるが、私はリヴェンスだけに集中をした。
創造魔法を使う。氷を操り、教会の中を氷漬けにして、壁を狭めた。リヴェンスの行動範囲を少なくしたのだ。
吸血鬼の十八番である氷属性の魔法を使ったから、動きを止めたリヴェンスの顔が怪訝に歪む。
そんなリヴェンスの周りの氷を大きく尖らせた。
ピキン!
リヴェンスの身体が貫かれた。
しかし、すぐにリヴェンスの身体は無数の蝙蝠に変化してしまう。
その場から逃れ、二階の手すりにリヴェンスは移った。
だが、少しはダメージを与えられたようだ。リヴェンスの顔は、歪んだまま。
その姿が、私の視界から消えた。また後ろを取りに来たと思い、後ろに向かって爆破を仕掛ける。
「!!」
それをもろに喰らったリヴェンスだったが、私を掴んだ。そのまま氷漬けにしようとしたから、私は咄嗟に感電の魔法を使い、リヴェンスを痺れさせた。
掴まれた手を抜いて、私は動きが鈍くなったリヴェンスに魔法攻撃を叩き込む。爆破、爆破、そして風の刃を喰らわせ、蝙蝠になって逃げることも阻止した。
足元を氷漬けにし、杖を胸に当てて、雷を落とす。
ピシャン!!
まともに喰らって、焦げたリヴェンスが膝をついた。
「どうかしら? 負けを認めてくれる?」
「っ……」
まだ挑むと言うのなら、創造魔法でズタボロに追い込むつもりだ。
完膚なきまでに負けさせて、服従させる。
そう目論んだが、意外にもリヴェンスは潔く負けを認めた。
「……わかった。この私にここまでのダメージを与えたのだ。負けを認める。約束通り、そなたの従者になろう」
てっきり、プライドが高くて、もう少し粘ると思ったけれど。
違うのか。
「あなたは魔王級に強い吸血鬼だとジャックザに聞いたけれど、そうでもなかったわ。もっとこの教会が崩壊するほどの激しい戦いを想像していたのだけれど」
「……十分だろう」
リヴェンスと一緒に教会を見回す。
氷漬けにしたから、広さは半分も狭くなってしまっていた。
そうね。十分激しい戦いか。
凍えてしまいそうだから、炎の魔法を行使して、氷を溶かした。
「それと」
リヴェンスは、付け加えるように言った。
「私は魔王級の吸血鬼ではない。現魔王の吸血鬼だ」
「……?」
その言葉を理解することには、時間がかかったのだ。
とんでもない事実だったから。
「ま、魔王!? あなたが!? 現役の魔王!!?」
はしたなく大声を上げてしまった。
「そうだ。ジャックザからどう聞いたか知らないが、私が現魔王リヴェンス・シャオ」
「……!!?」
肯定を受けて、私はブンッとラクシスに顔を向ける。
『オレは知らないぞ!? 知らなかったからな! 現魔王の名前だってまだ知れ渡ってなかったし……前世では魔王不在だったし!』
ラクシスは知らなかった。
私はジャックザに直接問い詰めるために、教会の扉を押し飛ばすように開けた。
「ジャックザ!! これはどういうこと!?」
「あ? もう済んだのかよ。はっえー」
ケタケタと笑うジャックザは、吸血鬼を一人、捻じ伏せている。
こちらも勝負は済んだようだ。私達の圧勝。
「魔王級の吸血鬼じゃなくて、魔王じゃない!!!」
「そうだぜ? 魔王は一番強い魔物から選ばれてなるんだけど、それがダチのリヴェンスだったわけ。ダチのよしみで、この勝負を取り付けた。勝ったんだろう? 打倒魔王は目的達成?」
にやにや。ジャックザは、そう首を傾げた。
答えはもうわかっているくせに。
「ジャックザ!」
「言ったじゃん。その吸血鬼に勝てるイコール魔王に勝てると思っていい……って。あはは!」
「魔王本人じゃない!」
お腹を抱えて笑い声を上げるジャックザ。
胸ぐらを掴んで、頭突きをしたいくらいだ。
「ルルロッドと言ったな? 何か私を従者に出来ないわけでもあるのか?」
「ないよな? 打倒魔王の目標は達成したし、魔王を従者にして最強の召喚士になってもいいじゃん? くくくっ!!」
そのためか。最強の召喚士に仕立て上げるために、勝負を挑ませた。
「そう目くじら立てるなよ。ダチを倒したいって言うから、紹介してやったんだ。お礼を言ってくれよ? ルルロッド」
この上なく上機嫌なジャックザが言うが、お礼は断じて言わない。
「魔王には万全の準備を整えて、城に乗り込んで倒すつもりだったのよ! それを……勝手に魔王と勝負させて……!」
『一歩間違えてたらどうするんだ! ジャックザ!』
私と一緒にラクシスは怒る。
「結果が良ければよくね?」
ジャックザは、なんとも軽く言い返した。
私はカチンときて、ジャックザの仮面を奪い取ろうとしたが、軽々と避けられてしまう。
「あー仮面の下は、親密になったら見せてやるよ」
なんて、意味深く囁いた。
「魔王を配下にしたんだ。これで名誉挽回出来るだろう?」
『はぁ。もう済んだことだ。ルルロッド。ジャックザの言う通り、魔王は倒した。名誉挽回には十分だ。目標達成でよしとしよう』
ジャックザを突き飛ばすと、ラクシスは私を宥める。
わなわなと震える私は、深呼吸をして、気を鎮めた。
「そうね……もういいわ」
ジャックザを怒るのは骨が折れそうだ。魔王と戦うよりも、疲れる。
振り返れば、魔王リヴェンスは跪いた。
「そなたに付き従う。漆黒の闇夜乙女」
闇夜乙女、と私を呼んだ魔王リヴェンスは頭を下げる。
「ステータス」
そう唱えて確認すれば。
[【名前】
ルルロッド・ノックス・ラピスラズリ
【種族】人間族 【性別】女性
【年齢】16歳
【魔法】
生活魔法レベル08 召喚術レベル10
水属性レベル08 火属性レベル08
風属性レベル08 土属性レベル08
雷属性レベル08 木属性レベル08
光属性レベル08 闇属性レベル08
創造魔法レベル08
【称号】伯爵令嬢 最強の召喚士 加護の保持者 転生者
漆黒の闇夜乙女 救世主
【加護】創造の神の加護
【召喚中】スライム族・ラクシス 幻獣・エゼキエル
吸血鬼・ジャックザ・リッパー]
称号に最強と異名がついて、そして救世主となった。
こうして私は、前世を思い出して、僅か二日。
打倒魔王の目標を一人で達成し、魔王を従者にした。
最強の召喚士となり、私は名誉挽回し、家族のいる家に戻ったのだ。
『次は花婿探しだな』
ラクシスが言い出すと、ジャックザが挙手。
「オレ、立候補するー」
「結構よ」
私は一蹴した。
◆あとがき◆
もっと戦闘を盛り上げたかったのですが、
これにて完結です。
お粗末様でした。
ありがとうございます。
20191022