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カッコウワルイアザミ  作者: まとる
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二人の関係性

彼が一人暮らしの場所に選んだのは大学から徒歩15分のアパートだった。入居の際、隣の部屋は空室だったから角部屋の彼は特に住民への挨拶もなかった。強いて言えば大家くらいだろうか。年齢の割には老けていたという印象くらいしか彼にはなかったが。


「やっぱり、このテニスサークルかな。人も多そうだしな。よし、来週の水曜日に見学でも行ってみるか。」


ダンボールだらけで未だ片付いていない拠点で彼はビラを眺めながら微笑む。自分の生活が充実していく。そんな未来を想像せざるを得ないのだろう。まだ新品のベッドに転がりながら、未来に夢を馳せていた。ふと、携帯を手に取ると一件のメールが届いていた。ロックを開いて確認すると、予想通り彼女だった。


『暇だ。飯作ってやるから、部屋に上がらせなさい。』


なんだというのか。彼は溜息をついて、とりあえず了解の旨を返信する。ここで無視したり、断ったりすれば後が怖い。彼女はいつもそうやってプライベートを気にせずに介入してくるのだった。とはいえ彼女の作る料理は大変美味で、彼女のがさつな性格からは想像できないほど繊細な味と表現できる。


「………あいつ、今日変だったな。」


彼氏、という言葉を出してから彼女の顔は曇りがちだった。その後の帰り道でも結局、あまりお得意の悪態も耳にしなかった。やはり彼女なりに彼氏が欲しいと考えることもあるのだろうか。幼馴染という色眼鏡の所為であまり彼女をそういう眼では見たことはないが、客観的に見て彼女は愛嬌のある顔立ちだった。決して不細工ではないし、スタイルもそこそこ良い。性格について言えば、献身的であると言える。そんな彼女にも今まで男性の影はなく、二人でモテない同盟などと言うのも作ったものだった。


「あいつに彼氏が出来たら、僕もあいつと遊びづらくなるな~。」


見知らぬ土地に見知った顔。あれだけ悪態をついていたが、実のところ嬉しくもあった。彼女とはやはり十年来の既知であるから一緒に居て楽だ。それにお互いになんでも話せる関係で、信頼も厚い。だからそんな彼女と離れる事だけが上京の唯一のデメリットだった。故に彼女が上京を決断した時、嫌がった素振りをしながらも彼は内心喜んでいた。事実、今も彼女の手料理を待ち遠しく思っている。不意にインターホンが鳴り、ドアノブがガチャガチャと乱暴に回される。どうやら件の彼女は到着したらしい。



「美味しい?」


本日のディナーは肉じゃがにほうれん草のお浸し。ヘルシーかつ家庭的な田舎らしさを醸し出す晩飯だった。しかしその味はやはりというか。彼は頷きながら、咀嚼しつつ返答する。


「まあ、流石というか。また腕上げたんじゃないの。」


へっへっへ、と屈託ない笑みを零しながらエプロン姿の彼女は誇らしげに胸を張る。先程彼女について思案した所為か、何処かその姿が可愛く思えてしまう。


「結局、あのテニスサークルに入るの?」


「そうだな。来週の水曜日に見学しに行くよ。どうせ、お前も来るだろ。」


「…………ま、物は試しか。」


彼女は溜息混じりに苦笑し、彼の誘いに乗ることにした。ダンボールの上に置かれた件のビラを手に取り、眺めながら溜息またひとつ。


「なんだよ。嫌なら来なくていいんだぜ。」


「そうじゃないけど。なんていうかさ、あんた……なんでそんなに彼女が欲しいの?」


「だって、欲しいじゃん。」


根本的にその質問はどうなんだ、と彼は主張する。人間である以上、生存本能は種を残せと叫ぶ。その慟哭はその一歩として恋愛をしろと唸るのだ。自分はそれに従っているだけだ、と尤もらしく考える。


「だったらさ、なんであんた私と付き合わないの。」


「えっ。」


思わず素っ頓狂な声が漏れた。幼馴染である彼女はふと見れば真剣な面持ちだった。よく見れば唇は震えてさえいた。意外にも、素っ頓狂な声の主は冷静にそう観察してしまっていた。


「誰でもいいんじゃないの。中学だって、高校だって誰かれ構わずアタックしてたし。」


「失敬だな。僕だって選んで告白してるよ。たまたま全員にフラれてきたけど。」


「ふーん。じゃあ私はあんたの選択肢には入らないんだ。」


ごくり、と彼の喉が鳴った。この雰囲気は不味い、どうにも苦手なあの雰囲気だった。彼女とは何度もこういう雰囲気に包まれてきた。その度に周りから囃し立てられて、親からも「許嫁だな」なんてことも言われる。確かに彼女を恋愛対象として見た事はある。だけど、今更そういう関係になるのも億劫というか。


「入るわけないだろ。僕ら、今更そんなのなんだか、変だろ。」


だからいつも彼は決まってはぐらかす。嫌いだとか、好きだとか。そういう言葉を彼女に投げかける事はなかった。今までの関係が楽だった。それに彼は自分自身を彼女の恋人には相応しくないとも感じていた。控えめに言っても彼女は人気者だった。そして自分は人気者ではあるが、また違った意味合いを持つ。誰からも愛される人間と、利用される人間。彼女は自信を持っているが、対して彼は自信というものは誇れるほど持ちあわせていなかった。


「まあいいや、別にあんたと付き合いたいとも思わないし。」


くすくす、と彼女は真剣な顔から一転して意地悪な笑顔になった。ほっと彼は胸を撫で下ろし、目の前のご馳走を平らげる事にした。自分と幼馴染の関係には決着を付けない方が良いのだ、と言い聞かせる。そうすれば彼女と自分はずっとこの関係を繋げていられると。だから彼女が来る前に考えていた事なんて、とうに頭から抜け落ちていたのだった。


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