第1章 スミレ、踊る
スミレいきなり巻き込まれます…
さあ大変(^_^ゞ
城の大広間には、名だたる国の王族や関係者、この国の重鎮たちがウェンダブル王の生誕記念式典を祝うために集まっていた。
見目豊かな装飾で彩られた何脚もの長卓には、豪華な食事が置かれ招待客はそれらを口に運びながら、和やかな雰囲気の中、式典の催し物を観賞する。
そのために設置された舞台の裏では、出番を待つ様々な国から招かれた芸人たちが、張り詰めた空気の中で準備をしていた。
その中で、舞台衣裳に身を包み、髪を下ろして化粧を済ませたスミレが落ち着かない様子でうろうろしている。
順番が近づき舞台袖から王の様子を覗いた。
穏やかな顔をして楽しそうである。
その隣の椅子は空席だった。
「どうやら、王子様はいないようだね」
いつの間にかミモザがスミレの脇に居た。
「かなりの美形だと聞いていたのに残念だわ」
美形と聞いて、スミレは先程の二人の青年を思い出した。
「そう言えば、楽しみにしてるって言ってたけど、関係者なのかな?」
広間内を見渡してもその姿は見当たらない。
スミレの手に残る、ひんやりと冷たいあの青年の手の感触が、緊張をほぐしてくれる。
スミレたちの前の演者が、見たことのない楽器を抱え、拍手を浴びてこちらに帰ってきた。
「さて!あたしらの番だよ!いつも通り会場を虜にしてやろうじゃないか!!」
ミモザがそう言ってスミレの背中を叩く。
気合いが入った。
広間に曲が流れる。
スミレは緊張を忘れ、軽やかな足取りで舞台へ上がった。
無我夢中で体を動かし、ステップを踏む。
いつもより、調子がいい。
ふと、王に目をやると、うっとりとした瞳で踊りに見入っている。
その隣の空席に目を写すと、そこにはいつの間にか誰かが座っていた。
じっとこちらを見つめる真剣な眼差し。
そしてその人物にスミレは自分の目を疑った。
そこに居たのは、先程の白髪の青年だったのだ。
「うそでしょ…」
驚きに一瞬足が止まりかける。
その時、誰かにぶつかり体が傾いた。
足を前に出し踏ん張ろうとする。
が、そこには足場がない。
スミレの姿が舞台から消えた。
ざわめく場内。
だが、舞台から落ちたスミレはきちんと着地し、失敗は許されないと、懸命に踊り続けていた。
気が付くと他の仲間たちもスミレのそばに降りてきて一緒に踊っている。
会場と一体になり、曲が終わると盛大な拍手が送られていた。
ならんで深くお辞儀をする。
顔をあげ、先程の青年の方を見るが、その姿はすでになくなっていた。
「かんぱーい」
お酒の入ったグラスが高く掲げられ踊り子達はその中身を一気に飲み干した。
スミレはお酒が飲めないのでジュースを飲む。
無事に成功に終わり、荷物をまとめて城下町におり、打ち上げが始まったのだ。
「全く!この子には驚かされたわ」
機嫌のいいミモザがスミレの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「ごめんなさい…」
「まあ、いいじゃない!おかげで盛り上がったんだし」
仲間の一人がフォローした。
「それにしても、見た!?」
「何を?」
「王子様よ!」
「え?」
「私たちの舞台にだけ現れてたのよ!!」
「えぇ〜うそっ!」
スミレは人一倍驚愕の声をあげてしまう。
皆の視線が痛い。
「そんなに驚かなくても…」
恥ずかしくなりうつ向くスミレ。
「しっかし、噂通りのいい男だったぁ」
その後、王子の話題で全員が盛り上がった。
そして、時間は絶ち、素面のスミレに財布を渡したミモザ達はほろ酔いの足取りで店を出ていってしまう。
今日は街の中の宿に泊まることになっていたが、スミレは宿の場所を知らなかった。
はぐれては不味いと慌てて勘定をしにいくが、こんなときに限り、なかなか店員が捕まらない。
やっと勘定を済まして店を出たが、すでに皆の姿はどこにもなかった。
「どうしよう」
取り合えず街の中を探し回るが夜も更け人の気配もあまりない。
気が付くと、さらにシンと静まり返る真っ暗な路地に出ていた。
元の道に戻ろうと、後ろを振り向こうとした瞬間、何かの存在をその背中に感じる。
辺りに立ち込める異様な空気に足がすくむ。
スミレの瞳が急に痛みだした。
「こんなときに…」
目を押さえながら何とか歩き出したとき、肩を捕まれた。
そっと肩に置かれたその手を見る。
命を感じない真っ白な長い指に鋭利な爪が光る。
もう歩くことができなかった。
意を決して振り向く。
「!」
目の前には青白い顔が闇に照らされボウッと浮かび上がり、開かれた口の中には鋭く尖る牙。
それがスミレに迫った瞬間だった。
スミレの瞳が今までにないくらい激しい光を発する。
その光に怯み後退していく。
その隙に逃げようとしたが、恐怖で体が動かない。
やがて光が治まる。
また、闇が訪れると、その生き物はスミレの方へ歩いてきた。
もうダメだと思って目をつぶる。
「そこまでだ」
どこかで聞いたことのある声がした。
目を開け声のした方を見る。
闇に浮かぶ月を背にして立つ人影。
腕に携えていた刀が煌めく。
一歩踏み出すとその刀を振りかざし、スミレを襲った生物に斬りかかった。
たった一撃。
しかし、その生物は叫び声と共に黒い粉となり蒸発してしまった。
「助かったの?」
スミレは何が起こったのか全く理解できず、どっと血の気が引いて、その場に座り込んでしまった。
「女、無事か?」
スミレを救った人物が手を差し出した。
先程のシロとは違い、温かい手だった。
その手に引き上げられ立ち上がる。
その顔を確認したとき、スミレは驚きで声が出なくなった。
「君は…」
それは城でスミレが帽子を被せてしまった、クロと呼ばれた和装の青年だったのだ。
さて、スミレを襲ったものは…クロって何者?
そんな感じでまだまだ続きます…
ありがとうございました!