第2章① スミレ、匿う
やっと第二章が更新です。
間が空いてしまいましたがシロ様は健在です!
スミレがこの国に来て幾日か経った。
あの長い夜が明け、妖魔や吸血鬼の話は街ではパタリと収まり、平和な生活が続く。
そんなある日の午後。
その日は朝から、城の中でメイドたちが落ち着かない様子でバタバタと走り回っていた。
皆口々にこう叫ぶ。
「王子様!どこにおいでですか〜」
そんな声が行き交うなかをコソコソと城の廊下をスミレは走る。
やがて、自分の部屋の前に来ると辺りを何度も見回し、誰もいないことを確認して急いで部屋に入った。
「おかえり」
そこには部屋の外の騒ぎなど気にせず、優雅に紅茶をすする国の王子であるシロの姿があった。
その様子にスミレは困惑する。
「シロ様…?一体どうするおつもりですか?」
母親のようなため息をつきながらシロの方に近づく。
「事が収まるまで厄介になるつもりだが?」
シロは当たり前のように返答する。
「こんなところに居たって解決にはなりません!」
スミレは眉を釣り上げシロを睨んだ。
事は今朝、王室での王の一言から始まった。
「シロよ」
「はい、どうなさいましたか。父上」
「お前ももう国の継承者として自覚はあるようだが、いつ命を落とすやも知れん…そろそろ后を貰わねばならぬな」
「…へ?」
急な呼び出しに慌てて来て、思いがけない言葉におかしな返事をしてしまった。
オリーブとペリドットを見やるが、表情は変えずなにも言わない。
「…し、失礼致しました、父上。ですが私はまだ、そのような事をする身ではありません…第一相手もおりませんのに…」
「いい話が来ておるのだ。ここより南の大国『チュリアーナ』の第一姫が主との婚礼を望んでおる!会ったことがあろう?あの美しき姫だ。それにあの国とのよき繋がりが築ける。悪い話ではないな?」
「いや、しかし…」
確かに何度か静養に訪れた際に姫とも面識はある。
だが、シロは姫に対していい印象がないようで、固まったまま何も言えずにいた。
「明日、早速こちらに来るそうだから、話を進めるがよい。孝行な息子を持ち世は幸せだ」
期待に胸を膨らませ満面の笑みを浮かべた王はその場を立ち去っていく。
残されたシロは膝をつき下を向いたまま動こうとしない。
「…シロ様?」
ペリドットがシロに声をかけた。
その瞬間、シロは立ち上がり、その襟元を掴んだ。
「貴様!知っていたのか?」
「シ、シロ様も国を思うのならば、よい話ではないですかぁ〜?」
シロの剣幕に圧され、冷や汗をかきながら、ペリドットは懸命に話した。
「…誰があんなやつと!」
「と、とてもお美しい方ではないですかっ?」
「顔など関係ない!!」
珍しく怒り散らすシロに、黙っていたオリーブが口を開いた。
「まだ、決まったことではありませんよ。落ち着いてください。そんなことで、声を荒げるなどお恥ずかしい…」
オリーブの言葉にシロは口を閉じた。
そしてひとつため息をつき、ペリドットを掴んでいた手を離す。
「もういい…」
そう呟くと、静かにその場を立ち去った。
それからしばらくしてスミレの部屋に勝手に上がり込み、今、このような状態なのである。
「いい加減にしてください!いい国ではないですか?あそこに行ったときも姫様にお会いしましたが、とても綺麗なお方でしたよ?なんの問題があるのです?」
スミレは何とか説得して、出ていってもらいたい一心で話す。
こんなところに匿っているなど知られたらどうなるか。
ヒヤヒヤしていた。
それに、国の公務はシロの関わる所もあるため皆真剣に探している。
「チッうるさい女だな」
そんなシロの心ない一言で、スミレの頭の線が切れた音がした。
「そーですかぁ〜では、うるさいついでに叫びますよ〜!!みーなーさー…」
「バカっよせ!!」
シロが慌てて立ち上がり、スミレの口を後ろから塞いだ。
「!」
甘い香りが二人を包む。
シロに抱き寄せられ、その綺麗な顔がすぐそばにある。
そして、スミレの心臓が大きく跳ねる。
シロも、突然の行動にしても、スミレを抱き締めてしまったことに気付き、なぜだか心音が高まった。
シロの緩んだ手をつかみ、スミレは振り返る。
二人は見つめあった。
ほんの少しの時間がゆっくりと流れたが、お互いにすぐ我に返り、体を離して背を向けあった。
二人ともが、鳴り止まない鼓動を抑えるまで沈黙が続く。
「いや…」
「えっと…」
「お、俺はまだやることがあってだな…吸血鬼の件にしても、今は落ち着いてはいるが、根本の解決にはなっていなくて…大本はまだのうのうと何かを企んでいるのではないかと…って、何言ってるんだ!俺は!」
シロは言い訳をしている自分に腹がたち、落ち着こうと髪をかき上げた。
三体目の吸血鬼を倒す際、その口からこぼれた黒幕の存在。
まだ終わってはいなかった。
それはスミレもわかっていた事だ。
「そ、それとこれとは違いませんか?」
「ちがくない!!そんなことで浮かれている場合ではないと言っているのだ!」
「確かに、そうですね…」
「?!」
二人とは違うもう一つの声がドアの方から聴こえた。
慌てて振り向くとそこには腕を組んで立ち尽くす、クロの姿があった。
その顔は明らかに呆れ顔である。
「クロさん?!い、いつからそこに!!」
「スミレが目立ちすぎなのだ」
ずっと後を付けてきたようだ。
では、先ほどの一連のやり取りも見られていたのでは…
「もしかして…い、今の見てました?」
スミレは恥ずかしくなって目線を下げながら訊ねた。
「まさか、お二人がそのような関係だったとは…」
表情は真剣だ。
「ち、違うぞ!」
先に叫んだのはシロだった。
「シロ様もお決めになった人がいるなら、そう言えばいい」
「…は?」
クロは感慨深げに目を瞑る。
シロはクロの言っていることが全く意味がわからない様子でスミレを見た。
しかし、スミレはあの妖魔との戦いの中での幻聴を思い出した。
『そいつは、俺様のものだ』あれが、幻聴ではなかったら…
そう考えていると急に、今さっき抱き締められたシロの香りと体温がよみがえってきた。
スミレの顔が火照りだす。
「意味がわからない。おい、クロを追い出せ…な、なんで顔を赤くしているんだ!!」
「何でもないですぅ!!」
心なしか、シロも顔を赤くしているようだ。
追い討ちをかけるようにクロが訊ねる。
「では、『そいつは、俺様のものだ』とはどういう意味でしたか?」
「え?」
クロの言葉にまたスミレは耳を疑った。
あれは、本当にシロが言った台詞だったということか…
「…そ…そんなこと言ってないぞ。そんなことより、この部屋の風呂は使えるのか?」
無理矢理に話をすり替えてきた辺り怪しいのだが、スミレも恥ずかしさのあまりシロの話に乗ってしまう。
「えぇ…いいお部屋使わせていただいてますし」
「よし、準備をしろ。バラを摘んでこい」
「バラ?ですか?」
たしかにシロからはいつもバラの香りが漂っている。
「マントの香りかと…」
「この俺が衣服の香りで誤魔化していると思っていたのか」
「違うんですか?失礼します!!」
スミレは躊躇なくシロの肩に手を置き、その髪に顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「ほんとだ!」
シロの髪からはバラの高貴で甘い、いい香りがした。
同時に辺りが静まり返る。
シロの肩が震え、眉間にしわが寄り始めた。
「さ、シロ様が憤慨なさる前に一緒に摘みに行くぞ!!」
その雰囲気を察したクロがスミレの腕を掴み、シロから引き離す。
「え!?」
そのままスミレはクロに引きずられるように部屋を出ていった。
シロだけをその場に残して。
お読みいただきありがとうございました!
自分勝手なシロ様にスミレは相変わらず振り回されていきます。
政略結婚編。とでも言い換えられる第二章は少々恋愛要素を織り混ぜて進行していきます。
どうぞ、これからもよろしくお願い致します!!