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砂漠の鐘  作者:
第1部 砂漠の魔獣編
9/9

第7幕 王国の秘密

 高い高い峰が見える。頂上は雲を貫き、浮いているようにも見えた。竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)と呼ばれるその山を砂丘から見上げる人影が、3つあった。

「へー、これが噂の『竜の眠る岳』 か」

「ラサリアド様、ご覧になるのは初めてなのですか?」

真ん中の男の呟きに、隣に立つ背の高い男が尋ねた。背中には弓矢がある。他のふたりと同じデザインのマントをまとい、フードとマフラーで顔が見えなくなっている。

「話には聞いてたけど見たのははじめて。管理してるのはヘスペリデス王国だからな。今回は父様の命令で来たけど」

ラサリアドと呼ばれた男はそこで視線を下ろし、隣の弓矢使いを振り向いた。

「それで、アリー。マーディルス王子はここにいるのか」

「王国も砂の下ですし、そうでしょう」

アリーと呼ばれた男が地図を仕舞いながら答えると、ずっと黙っていた3つ目の人影が口を開いた。ふたりよりも少々小柄だ。

「しかし命令の意図が読めません。なぜラサリアド様にそのような…」

「まあまあ、ベガちゃん。父様にもいろいろあるんだって」

女の声で言う3人目をなだめ、ラサリアドはもう一度、竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)を見上げた。

「じゃあまずは、王子様にアイサツしに行きますかー」



 


◆第7幕 王国の秘密◆





 目が覚めると、石畳でできた灰色の空間にオレはうつぶせに倒れこんでいた。嫌に薄暗い。ここは、どこだろう。オレは鉛のような身体を起こした。頭も重い。

 ええと、オレはどうしたんだっけ…?

「目が覚めたかね?」

聞き覚えのない声に、オレの心臓が跳ね上がった。

 慌てて振り返ると、親父よりもっと年上の男の人が石造りの壁に寄りかかっていた。薄暗いのは確かだが、髪は白が多く混じった赤だということは分かる。…と、この人どっかで見たことあるような気がする。でも服装は汚れたシャツとズボンという格好で、思い出すための助けにはなりそうにない。

「え、えーと…」

「ここは檻の中だよ。君のような子どもまで連れてくるとは、奴らも手段を選ばんようだな」

檻の中? やつら?

 …はっ!

「そっ…、そうだ! オ、オレってひとりでここに来たの? 他のみんなは?」

「他のところへ入れられていたらわからんが…この中へは君ひとりだよ」

「そ、そっか…」

オレは思わずうつむいた。思えば王国を出てから、ずっと親父や王子が一緒だった。危なくなると必ず助けてくれた。でも今は王子も親父もドクターもトゥバンの兄貴も、誰もいないんだ…。

 いや、ダメだ弱気になっちゃ。オレは下を向いていた顔をあげ、拳をにぎる。

 オレが弱いことは、親父たちのほうがよく分かってる。気持ちまで弱くなっちゃ、本当の足手まといだ。せめて前向きでいなきゃ、あわせる顔がなくなっちまう。

「…ふふっ」

ふと笑い声がして、オレはそっちを振り向いた。

「や、すまない。ころころと表情がよく変わるのだな、君は」

な、失敬な!

 抗議しようと口を開きかけたオレは、ふとそれを止めた。例のおじさんの、笑った顔。間違いなく見覚えがあるんだ。隠れた優しさと、何かを悟ったような悲しみをほんの少しだけ含んだその表情は…

「あ!!」

オレは思わず声をあげた。

 そうだ。オレはこの顔を良く知ってる。悪ぶってるけどまっすぐで、影があるけど暖かい。

「どうかしたか?」

不思議そうに覗き込んでくる、そのきょとんとした顔も。毎日見ていたあの人にそっくりなんだ。もしかして、この人…。

「まさか…こ、国王様?」 

おそるおそる、尋ねてみる。するとあっさり返事は来た。 

「その通りだが」

王子! 親父! 探し人はこんな所にいましたけども!!




「そうか、マーディルスは元気か」 

うつむき気味に、しかしほっとしたように、国王様は微笑んだ。カラーリングこそ違っているものの、表情の作り方は王子と同じだ。きっと王子も、年をとればこんな感じの渋い格好良さになるんだろうな。

「あいつのことだから、砂に埋もれずいるだろうとは思っていたが、君と一緒だったのか。ええと…」 

そういえば、まだ名乗っていなかった。

「あ、オレ、ルナータっていうんだ。ルナータ=サテライト」

「サテライト?」

「近衛騎士団団長のイオ=サテライトは親父です」

「なんと…サテライトの息子だったのか」

言われてみれば顔つきが似ているな、とまじまじ見られる。よく言われます…。

「親父が一緒にいるから、王子はきっと大丈夫だよ。王子も強いし」

「強い・・・か」

呟いて、国王様は憂いを含んだ笑みを浮かべた。 

「妻の血を引いたマーディルスは、本来ならばもっと強い男に育つべきだったのだろうな。…過保護になった私の責任だ」

「過保護?」

オレは首を傾げた。王子の口ぶりじゃ、どっちかっていうと放任主義って感じがしたけど…。過保護なのは、当時の大臣じゃないのか?

「当時の大臣に、マーディルスをしっかり見るよう言いつけたのは私なのだよ。…ヘスペリデス王家の人間は、炎の加護を受けているから」

炎の加護。それは、扱う炎の術と王子の腕前を見ればそうとれるだろう。っていうかあの王子の魔導の強さはどう見ても異常だし。

「正直なところ、私は妻も早くに亡くしてしまったからな。臆病になってしまったのかもしれない。…おかげでマーディルスにも、寂しい思いをさせてしまった」

「あ…、王子も言ってた。小さい頃にお母さんが死んじゃったから、あんまりよく覚えてないって。最初に思い出すのは決まって子守唄だって」

「そうか。あの唄を、覚えていたのか」

王子のお母さんは、絵画で一度だけ見たことがある。国王様が落としたロケットの中に入っていたやつだ。少しふっくらしていて、童顔だけど優しそうな人だった。

「妻は…シュリアーナは、花のように可憐な可愛らしい女だったよ。しかし…」

しかし?

「…見かけと中身が大きく違ってなぁ」

「―――は?」

オレは思わず、間の抜けた声で聞き返した。

「血の気の多い、熱い女だった。魔導も得意でな、追い回していた私はよく、頭を焦がされたよ…過激な性格だった」

なるほど。王子のあの性格は、母親譲りだったのか。苦笑いするオレの顔を見て、国王様も笑った。

「なぜだろうな、君が相手だとつい何でも喋ってしまうよ。・・・」

しかしその笑顔は、すぐに引っ込んだ。

重い扉の開く音と同時に、足音がこちらへ向かってきた。



 


「ルナータくん、下がっていなさい」

国王様は自分のうしろにオレをやり、檻の外を警戒する。

 さっきちらりと見た感じだと、ここはどこかの地下牢のようだった。といっても、オレと国王様が入ってる牢の正面と両脇の牢屋はキメラが入れられていて、いくら頑丈そうなつくりとはいえ、いつ襲われても不思議ではない。向かって右手は突き当たりの壁だが、左には鉄の扉がつけられていた。おそらくそこから、誰か入ってきたのだろう。

「そんなに警戒しなくても、おれがあんたに危害を加えたことはないだろ? 国王」

聞こえてきたのは、あの声だった。

 竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)でオレをさらい、黒のオアシスで王子を挑発していた声だ。全身を漆黒の神官服で包み、剣技で王子と渡り合う、あの男だ。

「よう少年、久しぶりだな。マルス=アルカスは元気か?」

見下すような目を向けてきたのは、予想通りの男だった。

「―――デネボラ!!」

オレはその名を叫んだ。

 つかまってから何があったのか、オレは知らない。王子たちのことだから、やられるようなことはないだろうけど…。

「そう怖い顔するなって。おまえをさらって来ただけで、あいつらには手を出していないぜ」

右手を腰に当て、デネボラは言う。信用なるもんか。

「もっとも、奴らはここに向かってきているけどな。大事にされてるなぁ、少年」

「へんだ、おまえとは違うんだよ!」

デネボラに、あかんべをしてやった。何かしたらただじゃおかねー!

「言っておくがな、少年。おまえは王子たちを呼び出す“エサ”だ。エサはエサらしく、大人しくしておけよ。五体満足でいたかったらな」

「…だったら、竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)でケリつければ良かったじゃないか」

「大人には大人の事情があるんだよ。なあ、国王」

腕を組み、不敵な笑いを浮かべながら、デネボラは視線を国王様へと移した。おいこら、オレとの話が終わってねぇだろ!

竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)へ、行ったのか」

「おまえの息子はしぶといな。5年かかってやっと尻尾を掴んだと思ったのに、さらに5年がかかっても未だにトカゲの尻尾きりだ。…ま、それももう終わりだがな」

さっとマントのすそをひるがえし、デネボラが視界から消えた。檻の前からはなれ、出て行くつもりなんだ。

「…んの、待てデネボラ!」

オレは国王様の後ろから飛び出し、檻の柵に両手をかけた。

「王子たちに手ぇ出したらオレが許さねぇぞ! 王子に砂漠の鐘を返して、王国を戻せよ! 王子は悪いことなんて何もしてねーだろ! これ以上、王子から大事なものを奪うなよ!!」

「大事なもの?」

デネボラは、出入り口をすぐ前にして立ち止まった。こちらを振り返ると、

「そんなもの、持ってる方が悪い」

笑い飛ばし、吐き捨てた。

 現れた時と同じく、扉は重い音を立てて閉められた。残ったのは扉と同じくらい重い空気と、檻の中で歩き回るキメラの足音とうなり声だ。

「ルナータくん」

しばらく経ってから、先に口を開いたのは国王様のほうだった。

「君は、私の知らないマーディルスを知っているだろう」

「・・・」

「すまないが、教えてくれないかね。王国が砂に飲まれてから、何が起こったのか」

「・・・」

オレの頭の中は「どうしよう」の5文字しかなかった。

 どうしよう。話した方がいいのだろうか。でも5年間、ドクターとトゥバンの兄貴が守ってきた王子の自由を、ここでオレがばらしていいのか。

 だけどオレは、砂漠で親父と話したことを思い出した。あの親子は、もっとちゃんと話をするべきだって。すれ違ったまま戻れずにいるって。

 それに国王様の目は、真剣だ。息子を分かろうとする父親だ。親子喧嘩をするときに、うちの親父が見せるのと同じだった。

「あの…」

オレは国王様の正面にちまっと正座して、おそるおそる切り出した。

「王子のこと、怒らない…?」




 正直、どこまで話していいか分からなかった。

 だから王子にドクターとトゥバンの兄貴っていう友だちがいて、今も一緒に行動していること。死んだ仲間がいること。5年間対立している組織のひとりが今のデネボラであることを話した。

 炎の術と剣の腕が凄いことも話したが、恋人がいたことまでは伝えられなかった。それはもし話すなら…王子自身であるべきだろうと思うから。

 …どれだけ時間が経ったのか、時計がないから分からない。窓もないから、太陽の動きも計れない。そもそも今は、昼なのだろうか。それとも夜?

 国王様はその間ずっと、黙ってオレの話を聞いていた。

「そうか…」

オレがやっと話を終え、沈黙が落ちると。国王様はやっと、口を開いた。

「少し、安心したよ」

国王様は、優しく微笑んだ。

 え…、安心? 心配じゃなくて?

「マーディルスは、誰より王子らしい王子に育ってしまった、と思っていたからな。それが心配だったのだが、取り越し苦労で良かった」

「ど、どうして?」

「…一生を王子として過ごすなら、アイドルでも飾りでも構わない。しかし、王になる時というのは必ず来るからな。そのとき、飾りの王子様のままでは困るのだよ」

あ…、そうか。

 王になるというのはつまり、国民全員の上に立つということだ。自分で判断し、時には残酷な決断も下さなければならない。

「しかしマーディルスは、しっかりと妻の強さを引き継いでいたのだな。私の知らない間に」

寂しそうに、けれどとても嬉しそうに、国王様は微笑んだ。

「そうと知っていれば、とっくに王位を譲っておったのだがな」

「え?」

「本当は、マーディルスが20歳になったときに王位を譲るつもりだったのだ。しかしマーディルスが猫をかぶっていることなど気づいていなかったからな、心配でどうも踏み切れなかったのだ」

ハタチ…そうか、王子が成人した年ってことか。

「でも、何でそんなに早く? 国王様だって、まだまだ現役でいけるでしょ」

「私は、王にふさわしくないからな」

ふさわしく、ない?

「…ルナータくんは、“砂漠の鐘”が盗まれたことも知っていたな」

しかしオレが疑問を口にするより先に、国王様はうつむきかけていた顔を上げて話題を変えた。

「なぜ、それがヘスペリデス王国の管理下にあるのか分かるか?」

慌てて頷くオレに、国王様はさらに質問を重ねた。オレは眉をひそめ、

「なぜ、って…ヘスペリデスが、砂漠で一番の大国だからじゃないの?」

「ではヘスペリデスが、砂漠一の王国になったのはなぜだ? 竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)があるからか? ならばなぜ砂漠の五大国の大神官によって封印されたのだ? 竜血樹があるからか? そうだとすると、他国と奪い合いの戦争が起こっても不思議ではない。しかしどの歴史を見ても、大戦があった記録は一度もない」

立て続けに疑問点をあげる国王様だが、オレに答えられるわけもない。オレはただ黙って、国王様を見つめるしかなかった。

 けれど国王様はオレと目が合うと、ふっ…と微笑んだ。

「本当ならマーディルス本人に話してやりたかったのだがな…私に何かあれば、真実を知る者はこの世から消えてしまう。それだけは避けたくてな」

ぽん、と国王様の右手が、オレの頭に乗せられた。王子と同じ、暖かい手だ。

「子どものキミにこんな話をするのも気が引けるのだが…ルナータくん、もし私がマーディルスに伝えられなくなることがあったら、代わりに教えてやってくれないか。ヘスペリデス王国の秘密を」

「王国の秘密?」

国王様の手が離れてから、オレは尋ね返した。国王様はゆっくりと頷いた。

「ヘスペリデス王国に、“砂漠の鐘”の管理を一任した理由。それはヘスペリデスの王族が、最も強い力と血を持った一族だったからなのだ」

そして国王様は、オレに話してくれたんだ。ヘスペリデス王国が…いや、この大砂漠全土に関わる重要な秘密の歴史を。



 


 


 


 ねえ、王子。オレ、思うんだ。

 栄華を極めたヘスペリデス王国が鐘ひとつで崩壊してしまったのは、神様がどうしようか迷っていたからなんじゃないかなぁ…って。

 国民の誰かでも、大臣でも、国王様でもなくて、砂漠の鐘の管理者が王子なのは、王子が一番強い力を秘めていたからで。

 だから神様は、強すぎる力がある王子を試しなんじゃないのかな。王子は自分の力をコントロールして良い砂漠をつくってくれるか。それとも制御がきかずに暴走させて滅んでしまうか。

 きっと神様も、王子の力が怖かったんだよ。

 でもさ、王子。

 オレは王子が大好きだから。王子がどんな答えを出してもそれは間違っていないと思うから。

 だからオレは、ずっと王子の味方だよ。オレだけじゃない。親父も、ドクターも、トゥバンの兄貴も、国王様も…きっと、死んだマリアナさんとツァイさんも。

 だから王子、負けないで。

 デネボラに。黒の組織に。神様に。世界に。

 そして誰より、王子自身に―――――。



今話で第1章は終了です。

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