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砂漠の鐘  作者:
第1部 砂漠の魔獣編
7/9

第5幕 火竜伝説

 むかしむかし、この世界ができたばかりの頃。大地は炎に覆われていた。

 土も木も草も存在せず、ただひたすら燃えていた。

 だけど。

 その何も生まれるはずのないこの世界で、たったひとつ生まれたものがあった。

 “生まれたもの”はその体に炎をまとい、飲み込み続けた。

 いつしか炎は飲み込みつくされ、“生まれたもの”も姿を消していた。

 世界には土が肥え、花が咲き、木が生え、ヒトが栄えるようになっていた。

 “生まれたもの”の行方は知れない。

 最後の行き先が、ヘスペリデスのあるこの大砂漠だったというのが一番有力である、と云われているだけだ。

 人々は、“生まれたもの”へ恐怖を抱き、この創世記をこう呼んでいる。

 「火竜伝説」…と。



 



◆第5幕 火竜伝説◆






爆発エクスポード!』


ドクターがかざした右手の延長線上にあった岩場が、派手に崩れ落ちた。かすかに鼻を突く焦げた匂い。

「うーん…」

ドクターは腰に両手を当て、形の良い眉を顰めた。

 砕けた岩場にあったのは、不自然な空洞。

「どうやら奴ら、しばらくここにいたようだけど…手がかりを何も残してないっていうのは、腹立たしいわね」

まあ初めから当てになんてしてないけど、とドクターは息を吐く。

 デネボラを退けた後の、【黒のオアシス】だ。ドクターと偽王子もといトゥバンさんは、それぞれオアシス内をいろいろ調べまわっている。

 トゥバンさんはどうやら、オアシスに来る直前の晩、王子と入れ替わったらしい。王子とドクターは彼を、仲間の風魔導士だと紹介してくれた。この「風」で声も変えていたそうだ。

「トゥバンだ。話はマルスから聞いた」

にこりともしなかったけど、王子とドクターが言うことにはいつもそうらしい。

 王子はと言うと、オアシスの水辺の方でひとり、ぼんやりしている。あの後ドクターに傷を手当してもらっていたので、今はもう傷跡ひとつない。けれど何となく近寄りがたくて、オレはドクターたちの方についてきたんだけど。

「ルナータくん、マルスの様子みてきてくれる?」

ドクターに言われちゃ仕方ないよな。

 それにしてもドクターって、見た目は優しそうなお姉さんなのに…中身はけっこう姉御肌である。神官の衣装も合わさって、「ドクター」って呼ぶのに何だか抵抗が出てきたほどだ。まあ、ドクターはドクターなんだけど。

 さて。

 オレは岩場を離れ、水辺の方へと向かう。そう大きくもないオアシスだ。すぐに王子は見つかった。水際に生える細い木を背に、その木の枝葉が作り出す日陰で座っていた。こちらからは後姿しか見えないが、何か紐のようなものをぶら下げ、陽にかざして見つめているようだ。

「おーうじ!」

オレが声をかけると、王子は手を下ろしてこちらを振り返った。

「ルナータか」

「具合どぉ?」

「まあ…悪くはないよ」

そう苦笑する王子の隣に、オレは腰掛ける。熱い陽射しは木で遮られ、だいぶ涼しい。オレはフード代わりの緋色の布を頭から外し、首に戻した。

 ドクターやトゥバンさんと合流してから、王子はオレにもふたりと同じような口調で話しかけてくれるようになった。どうせふたりには王子姿を見せるのは照れくさいし、そうするとオレにも見られているから、早々に諦めてこっちの口調で統一することにしたらしい。もっとも親父には、相変わらず敬語だけど。

 オレは、王子が見つめていた手元に視線を向けた。王子の手にあるのは、赤い石のようだ。

「…ああ。これ、見るか?」

オレの視線に気づいたのだろう。王子は持っていた赤い石を差し出してくれた。オレはそれを手にとって、見つめてみる。

 大きさは親指と人差し指で挟めるくらいで、案外小さい。色はワインレッドの半透明だ。形はちょっといびつというか、ゴツゴツしている。色を除けば、そこらへんに転がっている石ころとそう変わらないだろう。それに麻の紐を通している。

「これはな、ヘスペリデス王国の王族にだけ伝わるものなんだ」

オレが石を返すと、王子はそう教えてくれた。

「この石が?」

「石じゃないんだよ。…樹脂ってわかるか?」

「あれだろ、木から出る蜜みたいなヤツ」

オレが答えると、王子は頷く。

「竜血樹って木があってさ。その木の樹脂は赤くて、竜の血に例えられてそう呼ばれるんだ。これは、それが固まったものだよ。紅蓮石(シナバル)っていうんだ」

「これが樹脂!?」

オレはもう一度、往時の手にあるそれをしげしげ見つめた。

 う~ん、石にしか見えん…。

「おっと。これ、本当は王家の秘密だから。内緒だぞ」

王子は口元に立てた人差し指を持っていき、笑った。

 いいのかよ、国家機密をオレなんかに教えて…。

「いいの、いいの」

王子は紅蓮石(シナバル)を首に下げ、服の中に隠してしまった。

「俺の他に跡継ぎはいないからな。俺が持つしかないだけだよ」

…こうしてみると、いつもの王子だ。普通に笑うし、からかわれると不機嫌そうに顔を顰めるし、オレにも優しく微笑んでくれる。

 でも、何でだろう。なぜだか知らないけど、オレには分かってしまった。きっと、ドクターやトゥバンさんもそうだろう。だからふたりは、王子をひとりでそっとしておいたんだ。

 こうやって何ともないように笑っている王子も、実は仮面なんだって。そうやって仮面を重ねて、重ねて。

 そのたび王子は、…傷ついてるんだ、って。

「…あ、王子って一人っ子だっけ」

オレはあわてて話をつなぐ。

「母上が小さい頃に亡くなったからな。父上も、再婚するようなこともなかったし」

あんな大きなお城に子どもひとりじゃ、息詰まるだろうな…。

「そういえばルナータ、妹がいるんだって?」

おそらく親父にでも聞いたのだろう。

「うん、リアっていうんだ。3つ下だから、9才だよ」

オレもリアも顔は母親似だから、けっこうよく似ているらしい。自分じゃわからん。

「いいよな、兄妹がいると。ミラも一人っ子だし、トゥバンは家族の話はしたがらないから」

「…でもさ、何か情けないよ」

オレは息を吐いた。

「砂嵐が来たとき、親父に…『母さんとリアを守れ、兄だろう』って言われたのに」

呟くと。

 ぽん、と王子の暖かい手が、オレの頭に乗せられた。

「ルナータは、頑張ってるさ。小さな体で、俺たちにくっついて砂漠を歩き回っているんだから」

「でもオレ、すぐ疲れるよ。熱中症にもなりかけたし」

「それは仕方ないだろ。何だかんだ言っても、おまえはまだ12歳の子どもなんだから。俺たちとは体格が違うだろ」

「そうだけど」

「焦らなくていいんだよ。戦えなくたって、ルナータにはルナータにしかできない役目がちゃんとある。今は見えないかもしれないけど、いつか必要とされる時っていうのは来るもんさ」

「・・・」

「といっても、不満そうだな」

オレの顔を見て、王子は笑う。うるせーやぃ。

「そうだな。じゃあ…」

王子はオレに、こっそりと耳打ちを…

 ・・・。

「どうだ?」

に、と笑う王子の顔。オレは即座に右手をまっすぐ上げて、

「お願いしまッス!」

よし来た、と言う王子もどことなく、嬉しそうに見えるのは…オレの、自意識過剰かな?



 


「マルス」

名を呼ばれ、王子は振り返る。

「トゥバン、どうした?」

言いながら、王子は立ち上がった。トゥバンさんは握っていた左手を開き、

「こんなのが落ちていた。見覚えあるか?」

差し出したのは、ペンダントだった。

 楕円フレームに、5弁の花があしらわれたセピアなロケットだ。これは確か、砂漠のバラ(デザート・ローズ)。特に何の変哲もないものだ。

 けれどそれを見た途端、王子の表情がこわばった。トゥバンの兄貴からロケットを受け取り、開いて中を確認する。

「王子?」

様子がおかしい。オレは尋ねてみるが、王子は無言のままだ。パチン、とふたを閉じた王子の紅い瞳が、鋭く光る。

「…やっぱりか。中を見て、まさかと思ったが」

トゥバンさんは王子の様子に驚くこともなく、そう告げる。

「中の写真。おまえと、おまえの両親だろう」

「…ああ」

険しい表情のまま、王子は頷く。

「これは母上の形見として、父上が大事にしているものだ。こんな所に落ちているはずがない」

王子の言葉に、オレはごくりと喉を鳴らす。

 国王は、王国と一緒に砂嵐に飲まれたとばかり思っていた。でもその国王の持ち物が、デネボラのいたこのオアシスに、これ見よがしに落ちていた。ここから導き出せる答えは、ひとつしかない。

「団長に言ってくる。どこにいる?」

「ミラと一緒に、まだ岩場だ」

わかった、と王子はひとりでそちらへ歩き出す。

 残されたのはオレと、トゥバンさん。

「王子、大丈夫かなぁ…」

「この程度で潰れるような軟いヤツなら、5年前とっくに死んでる」

トゥバンさんって、容赦ない。

「それよりルナータ、マントの止め具を貸せ」

言うが早いか、トゥバンさんはフード代わりの布を止めているシルバーの金具を勝手に外し、懐から出した針のようなもので何やら彫りだした。

 オレはトゥバンさんの手元を覗き込んでみる。針の彫った場所は赤く光り、オレには理解できない紋のようなものを刻んでいる。最後にフッと鋭く息を吹きかけると赤い光はおさまって、同時に紋も見えなくなった。

 よし、とトゥバンさんは呟いて、止め具を付け直してくれた。

「何したの? トゥバンさん」

尋ねるとトゥバンさんは、ぴくりと片方の眉を上げ、

「…トゥバン、でいい」

ぼそりと告げる。といわれても、呼び捨てにするのは何だかなー。

「じゃあ、トゥバンの兄貴でいい?」

「…好きにしろ」

OKが出たので、そう呼ぶことにする。それで止め具に何したの、ともう一度尋ねると、

「風の紋を刻んだ。これで砂漠歩きも少しはマシになるだろう。これからまた、しばらく歩くからな」

マルスに話は聞いたから、とトゥバンの兄貴は言う。何のとは言わなかったがおそらく、砂漠でオレが熱中症になりかけたことだろう。

「ありがと」

へへ、とオレは笑って礼を言う。

 けれど。

 そのときトゥバンの兄貴は、何かに驚いたように顔をこわばらせた。しかしそれも一瞬で、すぐに元へ戻ってしまう。

 …なんだったんだろ、今の。




 * * * *



『炎よ』


王子の呼びかけに応え、その右手に炎が宿る。それを火種とし、トゥバンの兄貴がささっとくみ上げた焚き火は赤々と、暗くなり始めた辺りを照らし出した。

「トゥバンの兄貴、焚き火つくるのうまいなー」

「まあ、慣れてるからな」

あっけらかんと兄貴は言う。慣れてるって、旅でもしてたのかな?

「…で、これからどうする?」

ドクターは焚き火にシチューの具材を入れた鍋をかけ、いきなり本題を振った。

 焚き火を囲んで座る全員の視線が、自然と王子へ向く。当の王子は火を見つめ、黙る。

「…ここから南へ行ったところに、竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)と呼ばれる峰がある。そこに行こう」

しばらくして、王子は静かに口を開いた。

「父上が奴らに捕まっているなら、狙いはだいたい読める。でもやつらはそれを知らない」

…何言ってんのかさっぱりだ。でも、ドクターとトゥバンの兄貴は分かるらしい。

「どういうことですか?」

オレと同じくさっぱりな親父が、身を乗り出して尋ねた。

「このヘスペリデス王国が、かの『火竜伝説』の舞台である可能性がある話は、団長もご存知でしょう」


 火竜伝説―――


 それはこの世界の創世記。そして炎の術を多少なり使える魔導士が、史上でも片手で事足りるほどしか存在しない要因だ。


 この世界が、「火」というものを恐れているから。


 ヒトではなく、世界が。



 


 


「奴らの狙いは、火竜の復活です。その先に何を求めているのかまでは、分かりませんけれどね」







 さて、えらいことになった。

 ただの昔話としてしかとらえたことのないことを、さもそれが本当のことだ当たり前、という前提で告げられた。おいおい冗談だろ、っていうのが正直なところだ。

「ちょっと待って下さい、王子」

当然、親父も同じ心境だったようだ。

「火竜伝説といわれても…そもそも火竜が本当にいたのかすら謎でしょう。あれはただの創世記のはずです。そりゃあ火のないところに煙は立たぬと言いますから、元となった何かがかつてあったことは事実でしょうが…」

「ま、そう言いたくなる気持ちも分かるけどね」

息を吐き、ドクターは長いすみれ色の髪を掻きあげる。

「わたしたちだって、昔は信じてなんかいなかったわ。団長たちと同じでね」

「そうだな。あれは、分かる奴にしか分かるまい」

言いながら、トゥバンの兄貴は長めの枝で焚き火をつつく。

 平然を装っている。オレには、ふたりの様子がそう見えた。う~ん、何か…。

「まるで見たことあるみたいな口ぶりだな」

ふと感じたことを、口にしただけだった。

 だけど。

 ぴたり、とふたりの動作が止まった。トゥバンの兄貴は火に枝をつつき入れたままなので、その先に小さな火が燃え移ってしまっている。ドクターも、掻きあげた手を下ろすのを忘れてしまったかのようにフリーズしている。

 え、ドクターだけならまだしも、トゥバンの兄貴まで!?

 どうやらオレは、地雷を踏んでしまったらしい。王子といいこのふたりといい、「隠し事」がやけにウマい。そのくせこんなあからさまなリアクションだ。

 沈黙があたりを支配し、音は焚き火が火花を弾くときだけだ。口を開くに開けない。

「…さすが、ルナータは鋭いな」

フッ、と笑ったのは、王子だった。

「あれは…、竜なんてレベルじゃない。化け物だわ」

ドクターはやっと右手を下ろし、そう告げた。

「わたしたちが見たのは、封印が解けてすぐの火竜だった。だからまだ本来の力の10分の1も出せていなかったようでね、何とか『封』の結界をぶち込んで抑えられたけど…思い出すだけでゾッとするわ」

「ああ。ミラが高位の神官でなかったら俺らは焼け死んでいただろうし、ヘスペリデス王国どころか世界全土が火竜の炎に喰われただろうな。…それでもミラは、力を使い果たしてしばらく寝込んだくらいだ」

トゥバンの兄貴もフリーズを脱し、枝の先についた火を地面に刺して消した。

「あれは、人間が関わっていい次元の存在じゃない」

焚き火に照らされたふたりの顔色が青く見えるのは、決して月明かりのせいではない。今宵は新月なのだから。

 焚き火の火が、ぱちんと弾ける。風にあおられたナツメヤシの葉が、頭上のはるか上の方でザワザワ音を立てている。吹いてくる風がまるで見えぬ何かに巻かれているようで、オレは思わず身震いした。

「…きっと父上が捕まったのは、奴らが“鍵”の正体を掴みあぐねているからだ」

腕を組み、沈黙を破ったのは王子だった。

「火竜の復活を握る鍵が何なのか、奴らはまだ知らない。あるいは掴んでいるのかもしれないが、まだ猶予はある。父上は絶対に口を割らないからな」

王子が視点を火からオレたちの顔にうつし、まっすぐ正面を見て告げた。

「王族のみ頂上へ行くことを許されている地がある。そこの結界は奴らに解くことはできない。だが、父上がいるとなれば話は別、そう考えるに違いない」

そして王子は焚き火とよく似た紅い瞳を光らせ、きっぱり告げた。



「次の舞台は、竜の眠る岳(ドラゴン・ピーク)だ」



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