アリーナとライフル
アリーナを包む歓声が、遠い世界の出来事のように聞こえる。
僕は静かに立ち上がると、床に転がったライフルを拾い上げた。
敗北は変わらない。
何度考え直しても、結果は覆らない。
だったら、この試合から持ち帰れるものを探すしかない。
視線を上げる。
レオンがこちらへ歩いてきていた。
表情は変わらない。
勝者らしく喜ぶ様子もなければ、敗者を見下すような視線もない。
ただ、一人の選手として僕を見ていた。
数歩の距離で止まる。
「カムイ。」
静かな声だった。
レオンは続けた。
「最初は、盤面を考え再現しているだけだと思っていた。」
「だが違った。」
「君は試合の中で、自分の戦術を作り始めている。」
その言葉に、僕は少しだけ目を見開く。
レオンは僕の反応を見て、小さく息を吐いた。
「だからこそ君を落とす必要があった。」
「指揮官である君を」
それは賞賛であり、世界一が下した、冷静な評価だった。
僕は静かに問い返す。
「……もし、最後の撃ち合いがもう一度あったら。」
レオンは迷わず答えた。
「私は同じ選択をする。」
「君も同じだろう。」
思わず笑みが漏れた。
確かにそうだ。
あの場面で、別の選択肢はなかった。
互いに最善を尽くした。
その上で、勝者と敗者が分かれた。
「なら。」
僕はレオンを真っ直ぐ見る。
「次は勝ちます。」
レオンはわずかに口角を上げた。
「期待している。」
それだけ言い残し、背を向ける。
その背中はまだ遠い。
けれど、もう手の届かない場所には見えなかった。
世界一という存在は、神ではない。
同じフィールドに立ち、同じルールで戦う、一人のプレイヤーだ。
なら、越えられない理由はない。
僕も背中を向け、日本ベンチへ歩き始めた。
試合は終わった。
けれど、不思議なことに心は少しだけ軽かった。
負けた。
それは事実だ。
しかし、世界一との距離が「分からない壁」ではなく、「越えるべき壁」に変わった。
その違いは大きかった。
ベンチへ戻ると、東雲が乱暴に僕の肩を叩いた。
「悪かったな。」
「……いえ。」
「俺があと半歩前に出られてりゃ、お前を一人にしなかった。」
東雲はそう言って笑ったが、その笑顔はどこか悔しさを隠していた。
相模もライフルを肩へ担ぎながら苦笑する。
「結局、最後はお前に全部背負わせた。」
「そんなことないです。」
僕が答えると、相模は首を横に振った。
「違う。」
「そういう試合にしたのは、俺たちだ。」
その一言に、誰も返せなかった。
レオンが僕を狙った理由。
それは僕が指揮を執っていたからだ。
つまり、それ以外の三人を止めても、日本は止まらないと判断されたということでもある。
逆に言えば。
僕一人を止めれば、日本全体の思考を鈍らせられる。
それが、世界一の評価だった。
静かな空気を破ったのは白瀬だった。
「なら、次は簡単だね。」
全員が白瀬を見る。
白瀬はモニターを見つめたまま言った。
「カムイだけを止めても、日本は止まらないチームになればいい。」
その言葉は、驚くほど自然に胸へ落ちた。
誰か一人が考えるチームではなく。
四人全員が同じ景色を見られるチーム。
それが完成すれば、レオンのように司令塔だけを狙う戦術は通じない。
「強くなりたい」
僕は静かに頷いた。
「強くなります」
東雲が笑う。
「『勝ちたい』じゃなくて、『強くなりたい』か。」
相模も静かに頷いた。
「負けた直後にその言葉が出るなら、まだ伸びる。」
僕は何も答えなかった。
ただ、握った拳に少しだけ力を込める。
悔しい。
本当に悔しい。
勝てると思っていた。
最後まで、あと一歩まで追い詰めたと思っていた。
それでも届かなかった。
世界一との差は、最後の最後で突きつけられた。
レオンは強かった。
盤面も。
判断も。
撃ち合いも。
すべてが世界一だった。
でも、一番強いと感じたのはそこじゃない。
ただ勝利条件だけを見て、そのための最善を積み重ねていた。
だから迷わない。
だから強い。
僕はまだ、その域には届いていない。
だから負けた。
でも。
だからこそ。
「……強くなりたい。」
その言葉だけは、不思議なくらい胸の奥へ真っ直ぐ落ちていった。
なら、やることは一つしかない。
この敗北を、次の強さに変える。
それが、僕がレオン・ヴァイスから持ち帰る、一番大きな戦果だった。




