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人間と駒

黒峰はタブレットを机へ置く。


静まり返った演習室を見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「ここからは個別だ」


「ドイツ相手に勝つなら、お前らは今のままじゃ足りない」


視線が白瀬、東雲、相模へ向く。


「順番に来い」


最初に呼ばれたのは白瀬だった。


黒峰はアメリカ戦の映像を止める。


敵狙撃手を撃ち抜いた場面。


「この一発、お前は完璧に見えるか?」


白瀬は少しだけ考えた。


「……いえ」


「撃つまで迷ってます」


黒峰は頷く。


「その通りだ」


「照準は合ってる。呼吸も崩れてない」


「だが、お前は最後の最後で『本当に撃っていいか』を確認してる」


映像をスローで流す。


照準が敵を捉えてから発砲まで、ほんの一瞬の空白。


「この一瞬が世界では致命傷になる」


「ドイツの狙撃手は確認しない」


「照準が合えば撃つ」


「外れたら次を撃つ」


黒峰は白瀬を真っ直ぐ見る。


「一発必中を捨てろとは言わん」


「だが、その理想に縛られるな」


「撃つ勇気を持て」


白瀬は静かに頷いた。


「はい」 


次は東雲だった。


黒峰は映像を切り替える。


アメリカ戦で敵陣へ飛び込み、三人を相手に暴れた場面。


「気持ちは良かったか」


東雲は苦笑する。


「……まぁ、それなりに」


「だろうな」


黒峰は腕を組んだ。


「だが、お前は戦い始めると周りが見えなくなる」


「敵だけを見て、自分の位置を忘れる」


画面には孤立した東雲の姿。


周囲に味方はいない。


「アメリカは力で押し切れた」


「だがドイツは違う」


「孤立した瞬間、お前の退路を消して終わらせる」


東雲の笑顔が消える。


黒峰は続けた。


「お前の突破力は武器だ」


「だからこそ、好き勝手に振り回すな」


「味方が活かせる位置で暴れろ」


「それだけで、お前はもっと厄介な存在になる」


東雲はゆっくり息を吐いた。


「……了解」


最後は相模。


黒峰は補給ルートと通信記録を映し出した。


派手さのないデータばかりが並ぶ。


「相模」


「お前、自分は裏方だと思ってるだろ」


少しだけ苦笑しながら相模は頷く。


「はい」


「だから狙われないとも思ってる」


その言葉に相模は黙った。


黒峰は画面を指差す。


「お前が補給を回した」


「通信も維持した」


「全員の残弾も把握していた」


「試合が崩れなかった理由の一つは、お前だ」


演習室が静まり返る。


「ドイツはそういう選手を見逃さない」


「派手なエースより先に、お前を潰しに来る可能性もある」


相模は驚いたように顔を上げた。


黒峰は力強く言う。


「これからは支えるだけじゃない」


「自分が狙われる前提で動け」


「その意識一つで、お前の価値はさらに上がる」


相模は真っ直ぐ頷いた。


「はい」


黒峰は三人を見回す。


「今日言ったことは全部、技術の話じゃない」


「考え方の話だ」


「世界は技術だけで勝てる場所じゃない」


「自分の強みを理解し、それをどう使うか」


「そこまで考えられる選手だけが、生き残れる」


三人は誰一人ふざけることなく、その言葉を受け止めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どれほど時間が経ったのだろか


黒峰は時計へ目を向ける。


気がつけば予定していた時間を大きく過ぎていた。


資料を閉じると、軽く手を叩く。


「よし、今日の練習はここまでだ」


張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


東雲が背もたれへ体を預け、大きく伸びをした。


「助かった……」


「頭使いすぎて腹減った」


相模も苦笑しながら肩を回す。


「今日は撃つより考えてる時間の方が長かったな」


白瀬は静かに資料をまとめながら、小さく息を吐いた。


黒峰はそんな三人を見渡す。


「今日覚えたことを、一日でできるようになれとは言わん」


「だが、考えることだけはやめるな。世界は昨日の自分じゃ勝てない、毎日少しずつ更新しろ」


三人は静かに頷く。


黒峰は満足そうに笑った。


「明日からは実戦形式で確認する」


「頭で理解しただけじゃ意味がない」


「体に染み込ませろ」


その言葉に東雲が顔をしかめる。


「……つまり地獄ってことですよね」

「それはお前たち次第だ」


即答だった。


演習室に小さな笑いが広がる。


重苦しかった空気が少しだけ和らぐ中、黒峰は最後に一言だけ残した。


「しっかり休め」


「お疲れ様でした。」

「帰って一旦頭をリフレッシュするかー」


東雲たちは騒ぎながら演習室を出ていった。


白瀬も立ち上がる。


「じゃあ私も」


「ああ」


黒峰は軽く手を挙げた。


だが。


数歩歩いた白瀬が振り返る。


「神谷」


「え?」


「頑張って」


少しだけ笑う。


そう言って去っていった。


湊は嫌な予感しかしなかった。


そして。


部屋には二人だけが残る。


黒峰は椅子から立ち上がった。


「……神谷今回の試合、お前はどう見る」


 黒峰が声を掛けた。

 

 湊は少し考えた。


 演習ホールで流れていた映像。


 そして。レオン・ヴァイスという男。


 「……合理的すぎるんだと思います」


 「ほう」


「俺なら人を見ます」


 東雲先輩なら突っ込むな、とか」


「白瀬さんなら仲間を助けるな、とか」


「そういう癖を考える」


「でもレオンは違う」


 湊はモニターを見る。


「多分あの人は、人を人として見てない」


「能力として見てる」


「能力?」


「はい」


「もしお前の考えが正しいなら」


「レオンは人間を見てねぇってことか?」


「見てるとは思います」


「でも」


「人として見てるわけじゃない」


白瀬が視線を向ける。


「どういう意味?」


湊はモニターへ歩み寄った。


画面の中では、ドイツ代表が迷いなく陣形を組み替えている。


「この人は人を理解してると思います」


「優しい人かもしれない」


「仲間思いかもしれない」


「でも戦場に入った瞬間だけは違う」


「そこにいる人間を、人として見てないんです」


「役割として見てる」


「前衛」


「狙撃手」


「護衛」


「補給役」


「誰がどんな性格か」


「誰が焦るか」


「誰が怒るか」


「誰が仲間を見捨てられないか」


「そういうのも全部分かってると思う」


黒峰が腕を組む。


「合理的ではあるな」


「役割通り動けば、一番勝率は高い」


「うん」


湊は頷いた。


「だから強いんだと思う」


「今までの相手は、きっと役割通り動いた」


「でも」


「人間は違う」


「は?」


「危なくて助けに行く」


「相模さんは仲間が倒されたら前に出る」


「白瀬さんは命令違反してでも撃つ時がある」


白瀬が眉をひそめた。


「……褒めてる?」


「半分くらい」


「残り半分は?」


「困ってます」



張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


だが。


湊は再びモニターを見る。


「レオンさんは感情を理解してる」


「でも」


「最後には人は勝つための正しい選択をするって信じてるんだと思う」


黒峰の目が細くなる。


「……つまり?」


「僕たちは」


「時に正しくない選択をしてるのかもしれない」


「損だとしても」


「助けなくても勝てるのに助ける」


「逃げた方がいいのに残る」


「合理的じゃない」


「でも」


「人間ってそういう生き物だから」


「もしそれでも勝てたら」


「この人はどんな顔をするんだろう」


演習室は静まり返った。


数秒後。


黒峰が笑った。


「なるほどな」


「面白ぇ考え方だ」


「だが」


「それならお前はまだ半人前だ」


「……え?」


「神谷」


黒峰は立ち上がる。


「お前は人を見るって言ったな」


「はい」


「じゃあ聞く」


「俺は今」


「何考えてる?」


湊は固まった。


「えっと……」


「ドイツ戦のこと?」


「違う」


「じゃあ……俺のこと試してる?」


「違う」


「からかおうとしてる?」


「なんでそうなる」


 黒峰は鼻で笑った。


「分かってねぇじゃねぇか」


「レオンは役割を見る」


「お前は感情を見る」


「それはいい」


「でもな」


「感情を見るってことは」


「相手が何を考えてるか分かるってことじゃねぇ」


「相手が」


「次に何をするか分かるってことだ」


湊は黙る。


黒峰は演習装置へ歩いた。


都市マップが展開される。


工業区。


地下通路。


高架橋。


アメリカ戦で使われたマップだった。


「今日から特訓だ」


「ルールは簡単」


「お前が指揮官」


「俺が敵」


「十分逃げ切れ」


「……無理ですよ」


「無理じゃねぇ」


黒峰はニヤリと笑う。


「盤面を見るな」


「作戦も考えるな」


「俺だけ見ろ」


「黒峰という人間を攻略しろ」


「レオンに勝ちたいなら」


湊は思わず顔を引きつらせる。


「黒峰さん、元世界代表ですよね」


「ああ」


「無理じゃないですか?」


「無理だからやるんだよ」


 黒峰は笑う。


「試合まで2週間だ」

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