エピローグ
意識が戻った時、世界は淡い光に包まれていた。
天井、壁、差し込む日の光――それらはぼんやりと輪郭を持ち、確かに僕の瞼に触れる。だが、まだ世界は完全には鮮明ではない。
体を動かそうとすると、鋭い痛みが全身を駆け抜ける。裂けた筋肉、打ちつけられた骨、深く刻まれた切創――戦いの余韻が、まだ僕を縛っていた。
耳には微かな声。誰かの呼吸、歩み、そして……アリシアの声だ。
「……ノクス、目が覚めたの⁉」
呼びかけに、僕は小さく息を吐く。
声に力はなかったが、それでも応えるように唇を動かした。
「……ここは……?」
掠れた声に、アリシアはすぐそばに駆け寄る。
「迷宮の外、治療設備が整った場所よ」
「……外?」
あの後、何があったのかは分からないが、出れたのか……
「あなたが気絶した後に魔法陣が現れて、迷宮の外、その入り口に転移させられたの」
そんなことがあったのか。
彼女は説明を続ける。
「その後は外で待機していた救援部隊の待機していた人たちが、急いでここに運んでくれたのよ。迷宮に潜った救援部隊も知らせを受けて戻って来たわ。それから今も、迷宮は立ち入りが禁止されているの。上層で転移トラップなんかが見つかったのが原因ね」
「そう、だったの、か……」
僕は目に痛みが走り、呻く。
「ノクス⁉」
「だい、丈夫。目を酷使したからだよ。あと数日もかからないで治るよ」
戦闘で集中したのもあるだろうが、原因は間髪入れずの連続使用だろう。
時間を置けば大丈夫だが、そうか。連続使用には、こんな代償があったのか。
今後は使う場面を見極めないとだな。
僕は、魔力と空気の揺れ、気配……それらを頼りにアリシアの位置を確認する。
近くに立ち、そっと手を差し伸べる気配。
「やっぱり……まだ……?」
「うん……まだ、動くと痛いかな……」
痛みを押し殺しながら、僕は体を少しだけ起こそうとすると、アリシアが支えてくれる。
感謝を伝えながら、ベッドの感触、シーツの柔らかさ、室内に漂う薬の匂い――全てが、戦いとは違う、現実の安堵感を伝えてくる。
アリシアはそっと僕の手を握ると、笑った気配がした。
「よかった……目を開けてくれて……無事で……」
その声に胸がぎゅっとなる。
僕を想い、心配してくれた――その思いだけで、痛みも疲労も少しだけ軽くなる。
一週間――そう、僕は一週間もの間、眠り続けていたのだ。
「預かっていたモノ、返す約束でしょ?」
渡されたのは、戦いのときに彼女に預けた眼帯だった。
受け取った僕は「ありがとう」と微笑み返す。
「貸して。私が付けてあげる」
「一人でもできるよ」
「……私が付けたいのよ。それに、まだ痛いんでしょ?」
そう言われたら何も言い返せない。
「なら、お願いしようかな」
僕の目にそっと、布と柔らかな手が添えられ、後頭部でキュッと縛ってくれた。
「キツくない?」
「大丈夫だよ。ちょうどいい」
安堵するのが伝わり、彼女の優しさに思わず心が温かくなる。
きっと、彼女なりに感謝と気遣いなのだろう。
――目を覚ましてから二週間。
カイゼルやケイン、そしてリリィとミリアも顔を見せてくれた。みんなが、傷を癒やすように、日々笑顔や声を運んできてきれた。
アリシアも欠かさず足を運んでくれた。
時には僕の手を握り、時には肩に触れ、声をかけ、ただ側にいてくれる。
僕は、目を閉じたまま彼女の気配を感じ、微笑む。
まだ戦いの痛みが残る体でも、アリシアの存在が僕を支えてくれる。
心が静かに満たされる。安堵と、感謝と、ほんの少しの幸福――それだけで、全身の疲労も許せる気がした。
「ノクス?」
アリシアの手がそっと僕の肩に触れる。
「……うん。起きてる」
「よかった……あの時、あなたを失うかと思った……」
声が震える。僕はそっと手を伸ばし、彼女の手を握る。柔らかく、温かい。
「僕も……君を助けられてよかった」
その言葉に、アリシアの肩が小さく揺れる。
笑顔も、涙も、ここでは優しく溶け合う。
僕が、『蒼天の星眼』で見た世界の鮮烈さも、黒騎士との死闘も、全て胸の奥にしまい込み、今はただ目の前の人を守れたことの嬉しさを感じていた。
痛みはまだ残る。体力も完全ではない。
けれど、夢を共に追う者がここにいる。
――これが、僕の戦いの結末であり、次の一歩の始まり。
アリシアの手を握り返し、心の奥で小さく誓う。
「僕は、何度でも立ち上がる。夢のために、あの天を斬るために、立ち止まるわけにはいかないから」
アリシアは涙を堪え、微笑みを返してくれる。
「ええ、きっと叶うわ」
心地よい風が、窓から吹き込んできた。
目が覚めてから一カ月。
体力も完全に回復した頃、僕は王城に呼び出されていた。
馴れない礼装に身を包み、城内を歩き、扉の前で息を大きく吸い、吐き出す。
重厚な扉の向こうに広がる荘厳な空気。
その扉が開かれ、僕は歩を進め、玉座の手前で膝を突き、臣下の礼を取る。
「国王陛下、レイモンド・エルヴァント伯爵家が嫡男。ノクス・エルヴァントです」
すると、玉座に座る王が、静かに立ち上がり、僕に歩み寄ってくる気配がする。
僕の前まで来ると、そっと僕の手を両手で包み込んだ。
「私は国王のアルトリウス・リヴェル・アルディア。アリシアの父だ」
国王陛下は言葉を続ける。
「ノクスよ。娘を救ってくれて、父として感謝する。心から礼を言おう」
その声は威厳に満ちていながら、父親の響きがあった。
僕は深く頭を垂れる。
胸に勲章が授けられた瞬間、その冷たい重みが、不思議と温かく感じられた。
アリシアの安堵の気配が近くにある。それだけで、報われたのだと思えた。
国王陛下が僕の耳元で、誰にも聞こえないように小さな声で、「アリシアを嫁にどうだ?」と言われたが、流石に冗談だと思う。
「御冗談を」と返したら「君なら娘を任せられる。席は開けておく」と返された。
……冗談だよね?
その夜、盛大な祝宴が開かれた。
音楽が響き、煌びやかな空気が広がる。
僕は慣れぬ足取りで舞踏の場へと導かれ、アリシアと手を取り合った。
「大丈夫? 足を踏まれたりしない?」
「……保証できないわ」
思わず苦笑する。アリシアは柔らかく笑い、僕の手を導いた。
視界はぼんやりとした光と輪郭でしか捉えられない。
だが、彼女の手の温もりと、耳に届く旋律、心臓の鼓動だけで、十分に世界は鮮やかだった。
曲が終わると、今度はリリィが頬を染めながら声をかけてきた。
「ノクスさん、私とも……踊ってくれませんか?」
続いて、ミリアが不満げに割り込んでくる。
「ずるい! 次は私と!」
賑やかな笑い声が広がり、気づけば僕は引っ張り回されるように踊っていた。
不器用に、けれど確かに、笑顔に包まれていた。
夜が更け、宴も緩やかに終わりを迎える。
外に出れば、澄んだ風と共に、夜空が広がっていた。
実際、目は視えないので分からないが、あの頃と変わらない星々が燦爛と煌めく夜空のはず。
だが、魔力の揺らぎが天に散りばめられているのを感じる。
手を伸ばしても届かない光。
けれど、確かにそこにある。
「僕はまだ、あの天を斬れていない――」
視えない夜空を見上げ、右手を天に伸ばし掴む。
「――でも、少しは……近づけたのかな?」
答えるように、星々の気配が瞬いた気がした。
それはまだ遠い夢。
だが、夢だからこそ、追い続ける価値がある。
剣を振るために。
あの日、憧れた【天斬りの剣聖】に――そして師匠に恥じぬ自分になるために。
僕はもう一度、夜空を仰ぎ、静かに微笑んだ。
これにて第一章完結となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
次章はまだ考えておらず……すみません(土下座)
新作は考えて書き始めているんですけどね……
それでは、またどこかでお会いできればと思います。
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