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無明の剣聖~両目を失明したけど夢を諦めきれずに剣を振り続けたら、いつの間にか“見える者”より強くなっていた~  作者: WING
第六部:共にある命の重み

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エピローグ

 意識が戻った時、世界は淡い光に包まれていた。

 天井、壁、差し込む日の光――それらはぼんやりと輪郭を持ち、確かに僕の瞼に触れる。だが、まだ世界は完全には鮮明ではない。


 体を動かそうとすると、鋭い痛みが全身を駆け抜ける。裂けた筋肉、打ちつけられた骨、深く刻まれた切創――戦いの余韻が、まだ僕を縛っていた。


 耳には微かな声。誰かの呼吸、歩み、そして……アリシアの声だ。


「……ノクス、目が覚めたの⁉」


 呼びかけに、僕は小さく息を吐く。

 声に力はなかったが、それでも応えるように唇を動かした。


「……ここは……?」


 掠れた声に、アリシアはすぐそばに駆け寄る。


「迷宮の外、治療設備が整った場所よ」

「……外?」


 あの後、何があったのかは分からないが、出れたのか……


「あなたが気絶した後に魔法陣が現れて、迷宮の外、その入り口に転移させられたの」


 そんなことがあったのか。

 彼女は説明を続ける。


「その後は外で待機していた救援部隊の待機していた人たちが、急いでここに運んでくれたのよ。迷宮に潜った救援部隊も知らせを受けて戻って来たわ。それから今も、迷宮は立ち入りが禁止されているの。上層で転移トラップなんかが見つかったのが原因ね」

「そう、だったの、か……」


 僕は目に痛みが走り、呻く。


「ノクス⁉」

「だい、丈夫。目を酷使したからだよ。あと数日もかからないで治るよ」


 戦闘で集中したのもあるだろうが、原因は間髪入れずの連続使用だろう。

 時間を置けば大丈夫だが、そうか。連続使用には、こんな代償があったのか。

 今後は使う場面を見極めないとだな。


 僕は、魔力と空気の揺れ、気配……それらを頼りにアリシアの位置を確認する。

 近くに立ち、そっと手を差し伸べる気配。


「やっぱり……まだ……?」

「うん……まだ、動くと痛いかな……」


 痛みを押し殺しながら、僕は体を少しだけ起こそうとすると、アリシアが支えてくれる。

 感謝を伝えながら、ベッドの感触、シーツの柔らかさ、室内に漂う薬の匂い――全てが、戦いとは違う、現実の安堵感を伝えてくる。


 アリシアはそっと僕の手を握ると、笑った気配がした。


「よかった……目を開けてくれて……無事で……」


 その声に胸がぎゅっとなる。

 僕を想い、心配してくれた――その思いだけで、痛みも疲労も少しだけ軽くなる。


 一週間――そう、僕は一週間もの間、眠り続けていたのだ。


「預かっていたモノ、返す約束でしょ?」


 渡されたのは、戦いのときに彼女に預けた眼帯だった。

 受け取った僕は「ありがとう」と微笑み返す。


「貸して。私が付けてあげる」

「一人でもできるよ」

「……私が付けたいのよ。それに、まだ痛いんでしょ?」


 そう言われたら何も言い返せない。


「なら、お願いしようかな」


 僕の目にそっと、布と柔らかな手が添えられ、後頭部でキュッと縛ってくれた。


「キツくない?」

「大丈夫だよ。ちょうどいい」


 安堵するのが伝わり、彼女の優しさに思わず心が温かくなる。

 きっと、彼女なりに感謝と気遣いなのだろう。


 ――目を覚ましてから二週間。

 カイゼルやケイン、そしてリリィとミリアも顔を見せてくれた。みんなが、傷を癒やすように、日々笑顔や声を運んできてきれた。


 アリシアも欠かさず足を運んでくれた。

 時には僕の手を握り、時には肩に触れ、声をかけ、ただ側にいてくれる。


 僕は、目を閉じたまま彼女の気配を感じ、微笑む。

 まだ戦いの痛みが残る体でも、アリシアの存在が僕を支えてくれる。

 心が静かに満たされる。安堵と、感謝と、ほんの少しの幸福――それだけで、全身の疲労も許せる気がした。


「ノクス?」


 アリシアの手がそっと僕の肩に触れる。


「……うん。起きてる」

「よかった……あの時、あなたを失うかと思った……」


 声が震える。僕はそっと手を伸ばし、彼女の手を握る。柔らかく、温かい。


「僕も……君を助けられてよかった」


 その言葉に、アリシアの肩が小さく揺れる。

 笑顔も、涙も、ここでは優しく溶け合う。

 僕が、『蒼天の星眼』で見た世界の鮮烈さも、黒騎士との死闘も、全て胸の奥にしまい込み、今はただ目の前の人を守れたことの嬉しさを感じていた。


 痛みはまだ残る。体力も完全ではない。

 けれど、夢を共に追う者がここにいる。


 ――これが、僕の戦いの結末であり、次の一歩の始まり。


 アリシアの手を握り返し、心の奥で小さく誓う。


「僕は、何度でも立ち上がる。夢のために、あの天を斬るために、立ち止まるわけにはいかないから」


 アリシアは涙を堪え、微笑みを返してくれる。


「ええ、きっと叶うわ」


 心地よい風が、窓から吹き込んできた。


 目が覚めてから一カ月。

 体力も完全に回復した頃、僕は王城に呼び出されていた。


 馴れない礼装に身を包み、城内を歩き、扉の前で息を大きく吸い、吐き出す。

 重厚な扉の向こうに広がる荘厳な空気。

 その扉が開かれ、僕は歩を進め、玉座の手前で膝を突き、臣下の礼を取る。


「国王陛下、レイモンド・エルヴァント伯爵家が嫡男。ノクス・エルヴァントです」


 すると、玉座に座る王が、静かに立ち上がり、僕に歩み寄ってくる気配がする。

 僕の前まで来ると、そっと僕の手を両手で包み込んだ。


「私は国王のアルトリウス・リヴェル・アルディア。アリシアの父だ」


 国王陛下は言葉を続ける。


「ノクスよ。娘を救ってくれて、父として感謝する。心から礼を言おう」


 その声は威厳に満ちていながら、父親の響きがあった。

 僕は深く頭を垂れる。

 胸に勲章が授けられた瞬間、その冷たい重みが、不思議と温かく感じられた。

 アリシアの安堵の気配が近くにある。それだけで、報われたのだと思えた。


 国王陛下が僕の耳元で、誰にも聞こえないように小さな声で、「アリシアを嫁にどうだ?」と言われたが、流石に冗談だと思う。

 「御冗談を」と返したら「君なら娘を任せられる。席は開けておく」と返された。


 ……冗談だよね?


 その夜、盛大な祝宴が開かれた。

 音楽が響き、煌びやかな空気が広がる。

 僕は慣れぬ足取りで舞踏の場へと導かれ、アリシアと手を取り合った。


「大丈夫? 足を踏まれたりしない?」

「……保証できないわ」


 思わず苦笑する。アリシアは柔らかく笑い、僕の手を導いた。

 視界はぼんやりとした光と輪郭でしか捉えられない。

 だが、彼女の手の温もりと、耳に届く旋律、心臓の鼓動だけで、十分に世界は鮮やかだった。

 曲が終わると、今度はリリィが頬を染めながら声をかけてきた。


「ノクスさん、私とも……踊ってくれませんか?」


 続いて、ミリアが不満げに割り込んでくる。


「ずるい! 次は私と!」


 賑やかな笑い声が広がり、気づけば僕は引っ張り回されるように踊っていた。

 不器用に、けれど確かに、笑顔に包まれていた。

 夜が更け、宴も緩やかに終わりを迎える。

 外に出れば、澄んだ風と共に、夜空が広がっていた。

 実際、目は視えないので分からないが、あの頃と変わらない星々が燦爛と煌めく夜空のはず。


 だが、魔力の揺らぎが天に散りばめられているのを感じる。

 手を伸ばしても届かない光。

 けれど、確かにそこにある。


「僕はまだ、あの(ソラ)を斬れていない――」


 視えない夜空を見上げ、右手を天に伸ばし掴む。


「――でも、少しは……近づけたのかな?」


 答えるように、星々の気配が瞬いた気がした。

 それはまだ遠い夢。

 だが、夢だからこそ、追い続ける価値がある。

 剣を振るために。

 あの日、憧れた【天斬りの剣聖】に――そして師匠に恥じぬ自分になるために。


 僕はもう一度、夜空を仰ぎ、静かに微笑んだ。

これにて第一章完結となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

次章はまだ考えておらず……すみません(土下座)


新作は考えて書き始めているんですけどね……

それでは、またどこかでお会いできればと思います。


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