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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのエルフ少女は、世界を語り直す~  作者: 七日
聖地を巡る騒動編

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死者の国

 強い西日が差していた。

 熱砂のベールに包まれた戦場で、〝勇者〟と呼ばれる男は、昼も夜もなく、戦っていた。


「はああああ———ッッ!!!!」


 剣から伸びた朱色の光はそのまま刀身となって、広域に渡る敵を薙ぎ払う。

 その一撃で数十体にも及ぶ敵が消滅する。だが、圧しても圧しても、この戦域は奪還できない。

 ここは大陸の西——魔境で次なる魔王に名乗りを上げる魔物によって奪われた国・シュラバト。

 数年前、ポータルを使って大陸を越えてきた魔物の一団が、シュラバトの首都を陥落させた。ランダム発現するポータルで考えられる、最悪に近い結果のひとつだ。

 魔物の軍勢が首都近くに顕現すれば、国の中枢は完全な奇襲を受けることになる。そしてシュラバトは悲劇を辿った。王座を乗っ取ったのは死霊術士、カダーヴェル。

 カダーヴェルはただの死霊術士ではなかった。十年前、ウィルたち勇者パーティが倒したはずの四天王の一角にして、唯一の〝元・人間〟という異色の経歴を持つ。

 カダーヴェルは力ある魔術師の成れの果てだと言われていた。死霊術は古代魔術の系譜からなる禁術であり、それを極めた者は自身も不老不死になる。カダーヴェルはその域に達していたが、ウィルと相棒の魔術師は、とある不老不死の欠点を突き、彼を討ち取った。

 だが、問題はそこからだった。

 カダヴェルは——己自身を死霊と化し、(・・・・・・・・・・)己の魂を操ったのだ。(・・・・・・・・・)

 生ける屍としてカダーヴェルは復活し、使役する死霊軍団とともにシュラバトを落とした。

 無限に等しい死者の軍勢を送り出し、彼は連合軍を何年もこの地で足止めすることに成功している。

 着実に陣地を増やし、戦場で死んだ者を手駒に変え、やがて魔境に攻め込み、魔王の玉座を奪う気なのだ。

 彼が次の魔王となる前に、シュラバトを奪還しなければならない。

 シュラバトは魔境をまたぐ大海に面していて、連合にとっても主要な軍港が数多く存在するのだ。

 次なる魔王との戦いに備えるためにも、連合は総力を挙げて奪還を目指している。

 だが——何年にも渡って、カダーヴェルによるシュラバトの支配は終わっていない。首都にいる彼を目指すには、圧倒的な数の死霊の軍隊が連合軍の邪魔をしつづけた。

 最前線に定期的に勇者を投入しても、それは変わらない。


(まただ——同じことの繰り返しだ……俺が敵を一時的に押し返しても、また次が来る……)


 ウィルは前線に立つたび、死力を尽くして死者の軍勢を押し返す。

 だが、死者はけして全滅しない。時間をおけば、何度でも立ち上がる。ウィルの限界が来るまで。

 シュラバト奪還のために、聖職者たちも戦場に出るよう嘆願された。

 だが、どれほど高名な聖職者も、この戦場に立ちたがらなかった。

 ユニティア教の教会は、カダーヴェルを恐れているのだ。死霊たちは積極的に聖職者を殺そうとする。戦況の始めの頃は、それで大量に聖職者が死んだ。カダーヴェルは、聖職者殺しの秘術を使いこなし、教会の名のある司祭や神父たちを集中して虐殺したのである。

 教会はそれで痛手を受けた。これ以上、教会の主要な人員を割くことを連合に対して拒否し、戦場は膠着状況を迎えることになった。


 巨大な斬撃で敵軍を押しやったウィルは、砂地に沈みかけた連合の兵士を見つけた。

 背中に敵の槍や弓を受け、血を流しているが、砂を掴む指は微かに震動している。


≪召喚・業火精霊≫サモン・フレアエレメンタル!!」


 そこへ次の陣が攻め込む前に、ウィルは聖なる剣に呼びかけた。

 朱色の輝きを放った刀身から、火竜の吹くブレスのような大火が舞い上がった。

 それはやがて精霊の姿をとって、砂煙の奥の敵影を焼き払う。

 そのあいだに、敵に嬲り者にされていた兵士を担ぎ、ウィルは味方のもとまで走り出す。


「――もう少し堪えてて!! もう少しだから……!!」


 味方のもとに退避することしか頭になかったウィルは、そのとき担ぎ上げた男から狂おしげな呻き声を聞いた。


「ぎ……ぐぎぎ……ぎぎぎぎい………!!! ぎひひひひひ!!」


 呻き声はやがて狂喜に変わった。

 男は自身の腰から引き抜いた短剣で、ウィルの肩をめった刺しにした——。


「ッッぐあああああああ……!!!」


 血を噴水のように噴き上げ、ウィルはその場に崩れ落ちた。

 動く死体となった兵士は、さらに彼の背中に向かって短剣を振り下ろそうとする。


「ッらぁぁ!!」


 その瞬間、短剣を持った腕が吹き飛んだ。

 味方の連合兵士が、すでに動く死体となっていた男の腕を斬り飛ばした。

 ウィルの背中から落ちた兵士の死体に、味方の槍や剣が殺到する。

 この世の者とは思えない悲鳴をあげて、死体はやがて動かなくなる。

 はぁ、はぁ、と大きく肩で息をして、ウィルはこの地獄のような戦場の実態を再度認識した——弱っている味方すら、救えない。誰が敵で、仲間かもわからない——こんなところで戦っていては、兵士は、人は……、


(壊れてしまう……最前線で戦っている人ほど、心を失ってしまう……)


 肩の出血を押さえ、槍で剣で串刺しにされた兵士を見つめて息を失うウィルに、最初の一撃をくれてやった兵士は「はっ……」と侮辱を込めた吐息をこぼして、その横顔に言った。


「ケッ――たまに戦場においでくださる勇者様が、名誉のご負傷だぜ! 連れていけ!」


「待って——まだ、戦えますから……!!」


 ウィルは傷口を庇うのをやめ、剣を構え直して立ち上がろうとした。

 だが、その身体は荒々しい兵士たちの腕によって制止された。

 困惑し、抗おうとするウィルの姿を見て、最初に剣を振るった兵士の男は、軽蔑しきったような凍りついたまなざしを浮かべる——。


「いくら強いったってな!! お前みてぇな甘ったれた坊主が前線に出てると、邪魔なんだよっ!! 現に敵と味方の区別もつかずに、やられちまったじゃねぇか!! てめえみたいなやつ見てるとイライラすんだ、目障りにならねぇようすっこんでろ!!」


「すみません……!! でも、俺、戦えます——! 戦えますから——!!」


「とっとと連れてけぇ!!」


 ウィルの必死な声を、男は怒声で打ち消した。


「ここでてめぇが死んだら——誰がこの地獄の後始末するんだよぉ!!!!!」


 その心からの叫びに、ウィルは目を見開き——息を呑んだ。

 ここで自分が死ぬわけにはいかない。 それは、わかっている。


「だからって——あなたが死ぬべきじゃない!!! もう、誰も!!! 死なせたくないんだ——!!!」


 勇者の叫び声は、だんだん砂の戦場から遠ざかっていく。

 涙で濁り、鼻をすすりながら、大量の兵士に力ずくで押さえられ、半ば連行されるように後衛の救護チームのもとに運ばれていく。

 残された男は剣を構え、仲間と肩を並べながら進撃してくる死者の軍団を睨みつける。


「……おい、いいのかよ。勇者様に悪態ついた馬鹿野郎だって思われて死ぬんだぞ?」


「……いいんだよ。あんな真面目な良い奴、〝こんなところ〟で生き残れるわけがねぇ」


 仲間に語りかけられ、男は胸の装甲の奥、鎖帷子の下に仕込んだペンダントの存在を思い出していた。

 感触をたしかめることはできないが、今もここにある——十年前に死んだ恋人とともに、自分は立っている。


「へっ……あの男が魔王を倒してくれなけりゃあ、俺は徴兵されて、あいつの最期を看取ることもできなかった。いいんだよ、あいつはあれで。あいつのやった行為を否定するやつもいるが——あいつは成し遂げたことがでかすぎるだけなんだ。世の中は、そいつがわかってねぇ。目先の悪いことばかりに気とられて——あいつが本当は、この世の中に何をしようとしてくれたか、理解できてねぇんだ」


 彼は——男に、人生をくれたのだ。

 贈られた命の使いどころは、本人が一番わかっている。

 濛々と立ち込める砂の煙幕の向こうから、敵影がはっきりと動いた。


「行くぞ——てめえらぁ!! 英雄なんかいらねえってことを、俺たちで証明してやろうぜー—!!!!」


 怒号にも似た雄たけびが、砂のベールを突き抜け、青い天を貫く——。

 やがて、善良だったはずの人々の魂は、熱砂の下に沈み、——動く死体となって、味方を襲うのだ。


(もう……終わりにしたい……終わらせないと……誰かが………俺、が……)


 勇者の嘆きは、苦しみもまた、砂の中に呑まれてゆく。

 そして、誰もその声を聞くことはない。

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