表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/21

鳥籠の中の姫たち


 昼間、強く捻られたせいか、右肩が腫れたように痛む。

 それと昼間の出来事が重なって、素直に眠る気分ではないと思ったランカは、雑用人の雑魚寝部屋を抜け出して、館の屋根に座っていた。

 ここから夜空を見るのがずっと好きだった。

 ここで働いていた母親が死んでから、ランカは空に焦がれるようになった。

 ――遠い地から流れてきたハーピーの祖先は、この地で人間に捕らえられ、奴隷の身分に堕とされたという。ランカの母も、その母も、館で生まれた。人間との生殖が繰り返されるにつれ、ハーピーの特徴は薄れてゆき、ランカと母親たちは生まれつき翼は持たず、耳の飾りについた羽根しか生えていなかった。

 ランカは母親が死んだとき、初めて空を飛んでどこかへ行きたいと思った。

 この背中に、祖先のような翼があればよかったのに。

 情勢が明らかに変わったのは、十年前、魔王が勇者に倒されてからだ。

 それまで魔物との混血児たちの立場は、けして良いとは言えなかったが、今ほど蔑みの目で見られることはなかった。戦中は魔物の血に対する恐れが目立っていて、表面的な差別を封じ込めることに成功していたのだ。

 だが、魔王が討たれた後、人々は以前よりも魔物を強く敵対視するようになり、ランカのような街中に住む混血児たちは常に差別と憎悪のターゲットとされた。

 ランカの母は、ひどいけがを負わされて、それが元で病にかかって死んだ。

 幼いながらに自分の母がどういう目に遭ったのかを理解させられたランカは、自分の身にも人間の血が流れていることを心底嫌悪し、また、自分がこれから辿るであろう運命を理解して、どうしようもなくみじめな思いを抱えて生きることしかできなかった。


 だが――彼女、べべ-ネが来てからここは変わった。


 ある晩、ランカは屋根の上で膝を抱えて、母から教わった歌を歌っていた。

 かつてハーピーの祖先が歌い、子伝いにランカの家系で歌い継がれてきた歌だ。


 夜のしじまにいとし子は眠る

 母親たちはその子の顔を眺めている

 空の冷たく清らな星々も、そのときは赤子の寝顔を見ようと

 額を押し寄せて窓を覗き込む

 ああ、星のかけらが落ちてきた

 かわいいあの子のまぶたに、涙のひとしずく

 赤子はただ眠りけり――星々のまにまに、夢が浮かぶ


 ランカも、母も、その母も、この歌を子守歌にしてきたという。

 その夜はひときわ冷たくて、星の灯りもよく見えた。

 幼い頃、寒さがひどいときは、母親に温めてほしくて仕方なかったが、事情を理解していたランカは耐えた。自分が眠れるように子守歌を歌い続けて。

 必死に涙がにじみそうになるのを堪えていたとき、――誰かの泣き声がした。

 わんわんと激しく泣きじゃくる女の声が館の裏から聞こえて、ランカは心底驚いた。仕事で無体を働かれた従業員の誰かが泣いているのだろうか、と思ったが、あまりに泣き方が激しいので、ランカは現場をたしかめずにいられなかった。

 そこには、裸の女が嗚咽をあげていた。

 白銀色のピクシーカットに、青い瞳の女。

 心から泣いているようだが、その声には悲愴さはぜんぜん感じられなかった。

 むしろ、腹をすかせた赤ん坊が母親を振り向かせるために泣きじゃくるような、生命力を感じさせる、全身を使った号泣だった。


 なんで泣いてるのさ?


 あきらかに尋常事ではないとわかりつつ、ランカは声をかけた。

 女はぐすぐすと鼻を鳴らし、幼女のように拳を目元に押しつけながら、


 ――わかんない。


 は――?


 ――わかんないけど、わたし、ここにいたの。そしたら、うたが、きこえてきて、すごくなきたくなっちゃったわ。どうしてかしら?


 そう、言った。

 

 ベベーネ(のちにランカがそう名付けた)にはそれまでの記憶がなかった。そして、おそらく人間でもなかった。彼女を拾ったランカは、あまり良い気分はしなかったが、当時の館の主の意向でベベーネが従業員として雇われてからも、たびたび彼女の面倒を見た。

 ベベーネは、見た目は大人なのに、赤ん坊として生まれてきたばかりのようだった。

 常識が抜けてて危なっかしいからと、最初はランカも渋々面倒を見ていたが――彼女はだんだんここで働く才能を現した。どんな客が相手でも卒なくこなすし、評判もすこぶる良い。それどころか、突然現れたうえに、あっという間に売れっ子になった彼女に嫉妬する同僚たちとも上手くやれていた。

 こんな商売をしていると、思いつめて眠れなくなるやつがたまにいる。

 そういう弱っている同僚を見つけると、ベベーネは話を聞き、相談に乗ってやった。どんなに嫉妬心を剥き出しにして、彼女に攻撃的だった者も、彼女に相談に乗ってもらううちに、どんどん態度を変えた。

 どんな問題を抱えていた従業員も、ベベーネがトップになる頃には調子を取り戻していた。

 それから何年も経って、ベベーネは経営を任されるほどになったが、あいかわらず浮世離れしたところもあって、ランカはそんな彼女の身の回りを支えていた。

 そんな日々が、急に終わった。

 ベベーネは、プロポーズしてきた役人と結婚すると言い出したのだ。

 みんな引き留めたし、ランカも説得したが、ベベーネはあっさり出て行ってしまった。そして――ランカはひとり、取り残された。

 最近、また眠れない者が増えて、従業員たちは荒んできている。日に日に世の中の差別も進んでいるし、外の世界に出て憂さ晴らしすることもできない。八方ふさがりだった。

 ベベーネがみんなをまとめていた頃とは大違いだ。

 今日の昼間だって、家まで会いに行ったのに、ランカは門前払いされた。

 まともに友人と連絡もとらせてもらえない。そんな不自由がわかっていて、ベベーネはあの家に行ったのか?

 彼女がいると、不思議となんでも良い方向に動く。物事も、人の気持ちも。

 そんな彼女が、自分自身の判断で、この結果を生んだというのか?

 ランカはぎゅっと膝を抱えて、胸の中の不安を押しつぶそうとした。


「お邪魔します」


 幼い少女の声が屋根を伝ってきて、ランカは顔をあげた。

 屋根の下から、リンネがひょっこりと顔を出す。ランカが架けた梯子を昇ってきていたのだ。


「あんた……どうしてここに?」


「眠ってたんだけど、お歌が聞こえたから」


 「耳がいいんだー」とリンネは笑って、自分の長い耳を引っ張る。

 その無邪気な笑顔に、きゅっと胸が締めつけられる。

 悲しそうな顔をそむけたランカに、リンネが訊ねる。


「あのさ……昼間あったようなこと、よくあるの?」


 ためらいがちだが、まっすぐな視線を伴って質問はよこされた。

 ランカは一瞬、悲愴な表情を浮かべてリンネを見た。


「………訊いて、どうすんだ?」


「う……あの、」


「………うちらがどんな目に遭ってるかなんて、この時代を考えりゃ子どもでもわかることだろ!?」


 相手は自分より幼い子どもだとわかっていても、その日のランカは冷静ではなかった。

 怒りが、疑問が、溢れてやまない。なぜ、自分は生きているだけであんな果物屋の前であったようなことに巻き込まれるのか。なぜ、大事な人の顔も見せてもらえず、野良犬みたいに追い払われるのか。

 気づけばランカは泣いていた。歌を歌ってごまかしていたものが、リンネの無垢な言葉で決壊した。


「もう、いやだ……! 生きてるだけで、起きてほしくないことばかり起きる! うちを人並みに扱ってくれる大事な人は、どんどんいなくなるんだ! 母さんも、ベベーネもみんないなくなるっ! うちは……ひとりなんだよッ!!」


 わっと泣き崩れるランカに、リンネはおろおろとし始めた。

 皮肉っぽいが、あのとき、自分がトラブルに巻き込まれてもどこか他人事のように冷静だったランカが、ここまで感情を曝け出している。まだ彼女と出会って間もないリンネは、どうしたらいいかわからない。


「あんたは……守ってくれる人たちがいるんだろ……! うちとは……違う……!!」


 八つ当たりだとわかっていた。

 だが、いくら歯を食いしばっても心から飛び出す言葉は押さえられない。

 リンネは黙って、ランカから浴びせられる羨望の言葉を聞いていた。


「………ごめん。あんたなんかに言っても、仕方ないのに……」


 今度は、子ども相手に叫んだみっともなさ、情けなさで涙が出てくる。

 嗚咽の溢れる口を手で押さえて、ランカはリンネから顔をそむけて身体を震わせた。


「ねえ、旅に出ない?」


 だが、そのとき背中にかけられた言葉のあまりの唐突さに、ランカの涙は止まった。


「……わたしたちはぐれエルフはね、そのとき一番住みやすい土地を探して、ずっと旅してきたんだ。人間のことも、魔物のことも避けながら……ときどき、人がいなくなった畑を耕して作物を育てたり、何年も洞窟にこもったり、色々したよ。でも、それでも年月が経ってくると食べるものがなくて、寒い冬は木の皮をかじったりしたけど……それでも、こうして生きてる!」


 リンネは真面目な表情で、胸を張って言った。


「だからさ、ランカおねーちゃんも、ここから逃げようよ! ――生きてれば良いことあるよ。わたしなんて、師匠たちに会えたもん! 捕まえられたりして困ったこともあったけど、旅をしてたから会えたんだよ――だから、おねーちゃんも、旅に出よう!」


 両手をわーっと広げて、少女は世界を指し示した。

 ランカは涙するのも忘れて、その頓狂にも聞こえる説得を聞いていた。

 ランカはずっと、逃げるなら空しかないと思っていた。

 自分の足で歩いて、世界を回るなんて。

 そんなことは非現実的で、到底不可能に思えた。

 なぜなら、この世界は鳥かごの中だから。


「……無理だよ。うちには……」


「大事にしてくれる人に会えるかもよ!?」


「ううん…………ダメだ……うちは、あの子を……ベベーネを、置いてけない……」


 力なくそう言ってうなだれるランカ。

 その落ち込んだ表情を、リンネは心配そうに覗き込んだ。

 それから、ランカはリンネにベベーネの話をした。屋敷の裏で記憶を失っていたこと。歌を聞いて泣いていたこと。常識が抜けていると思ったら、妙なところで賢くしたたかで、仕事も人間関係も上手くいっていた。

 そんなベベーネの世話をするのが、ランカは好きだった。

 生まれて初めて、放っておけないと思ったのだ。


「あの子……生まれたての赤ん坊みたいにはだかんぼでさ、うちの歌聞いて泣きじゃくってたのに、ぜんぜんみじめそうじゃなかった。うちの知ってる誰よりも無邪気で……ちょうど、あんたみたい。見た目は大人なのにさ、おかしいよね。うちの歌が大好きでさ、歌うといつも泣くんだ……うちの代わりみたいに、」


 訥々としゃべりながら、ランカは自然と恋しさに打ち震えた。

 ベベーネのいる日々の、なんと楽しかったことだろう。

 彼女の笑顔を通せば、こんな世界すら美しく見えた。

 いつの間にか震える手を、リンネが両手で握っていた。

 その行為を見て、ランカはさっきまでの自分がどんなに恥知らずな感情をリンネに抱いていたか自覚した。幼くて、無邪気で、聞きにくいことも平気で聞いてきて、さぞ周りから愛されている子なんだろうと、醜く嫉妬していた。

 でも、いつだって、ランカはこの子がくれるような優しさに飢えていたのに。


「……母さんは、よく言ってた。うちらの祖先は、ハーピーの女王様で、島ひとつ王国にしてたんだって。島に帰れば、うちはお姫様なんだよ……って。うちをみじめにさせないための嘘だってわかってたけど、うちはそのおとぎ話が好きだった。ハーピーの島は、女たちだけの島で、五十年に一度、女王は外から男を招いて卵を産む。そして女たちだけで孵った子どもを育てるんだって……」


「うん……」


「星空を見てると――よく思った。あの星が全部、故郷の島の同胞だったらって。うちを迎えに来た家族たちが夜空を飛んでるんじゃないかって……ばかみたいだよね。子どもっぽくて」


「そんなことないよ」


 罪悪感と無力感に震えながら嗚咽するランカは、自分でも思ってもみないことを言い出していた。

 リンネは耳をそばだて、そのとりとめのない話に付き合って懸命に頷いていた。

 

「ベベーネと、その島に行きたいんだ」


 そして、生まれて初めてその願いを口にしていた。

 リンネはぎゅっとランカの手を握る力を強めると、「ねえ、聞いて!」と突然言い出した。


「な……なに?」


「あのね、今の話聞いてたら、おとぎ話考えたくなっちゃった――聞いてくれる?」


 満面の笑みでそう言うリンネに、ランカは逆らえなかった。

 戸惑いながら頷くと、リンネはこほんと咳ばらいをひとつして、


「『むかしむかし――あるところに、旅をするツバメのお姫様がいました。お姫様は冒険が大好きで、世界じゅう色んなところを旅してきました。けれど、あるとき罠にかかって、けがをしてしまいます。その土地ではツバメは珍しかったので、鳥籠の中で大事にされました。そこに、鳥籠のお世話をする女の人がお姫様に言いました。お姫様。あなたの国は、暖かいところですか?」


 すっと目を閉じ、静かな表情で、すらすらと言葉を紡ぐ。

 ランカは何もかも戸惑ったままだったが――なぜか、その鳥籠の世話をする女性の顔が鮮明に思い浮かんだ。


「『女の人に、お姫様は答えました。――わたしの国は、寒い冬を乗り越えると、暖かい春がやってきます。花はたくさん咲き乱れて、甘酸っぱい苺が食べごろになる、とても良いところです。女の人は、笑いました。わたしも行ってみたいな』」


 ベベーネが、ランカの心の中で笑っている。


「『行きましょう、とお姫様は言いました』」


 ランカが言いたくても言えなかった言葉。


「『お姫様の傷が治ると、女の人は鳥かごの中から出る手助けをしました。たくさんの人が怒ってふたりを追いかけてきたけれど、お姫様は女の人を背中に乗せて、空に飛び立ちました。雨が吹き、風が荒れ、ふたりは長い時間、がまんをしなければいけなかったけれど――いつしか、空は晴れて、海の向こうに緑の島が見えました』」


 ――暖かい陽射しの下で、花が咲いている。鳥たちが歌を歌って、自由に楽しく舞っている。気まぐれに果実をついばんで、巣の中で眠るつがいの顔をいとおしそうに眺めながら。

 それらすべてが、ランカのまぶたの裏に見えた。


「『その島で、仲間たちに囲まれながら、お姫様は女の人と一緒にいつまでもいつまでも幸せに暮らしました――ここまでの長い冒険を称え合い、お互いを慈しみ合いながら、ずっと、ずぅっと……』」


 穏やかに語る声を聞きながら、ランカは、目の奥が熱くなるのを感じた。

 今までいくら泣いても冷え切る一方だった胸の中まで、温度が上がり始める。

 平凡なおとぎ話だ。子どもの考えそうな、よくあるハッピーエンド。だがランカは、泣いていた。

 リンネの声に、言葉に、頭の中でもうひとつの世界が芽生え、色鮮やかに息づいていた。

 自分がいくら求めても、願う気持ちすら奪われていた。誰もが笑顔になる、幸せなハッピーエンドを。

 母親はいつだって自分に語り聞かせてくれていたのに、ランカは生まれたときから信じる気持ちすら失っていた。

 それを、思い出した。


「ありがとう……あんた、優しいね」


 ランカは涙で崩れた顔を隠すように、リンネの頭を抱きかかえた。

 彼女の作ったおとぎ話を聞いているあいだだけは、自分の運命を忘れることができた。

 そんな瞬間は、ベベーネがいるあいだは、たくさんあったというのに。

 彼女がいなくなって、ランカの世界は色を失った。


「ベベーネさんに、会いたい?」


「あいたい」


 まっすぐにこぼれた言葉に、心臓が高鳴る。


「あいたいよ」


 リンネはそっとランカを抱き返し、頭を撫で返した。

 その感触に、ランカは声をあげて泣く。自分でその声を聞きながら、かつて館の裏で泣きじゃくっていたベベーネを思い出した。

 ――あの子は、こんな気持ちで泣いていたんだろうか?


 そのとき、遠くで何かの衝撃音と、人々の悲鳴が起きる。


 ふたりはぱっと顔を上げて、空の向こうを見渡した。

 街の中心部にある、城の高い塔が煙をあげて崩れ落ち、そこから激しく火を噴き上げている。

 だが、何よりもふたりの目を奪ったのは、崩れた塔の下で黒く蟠る、影の山のような何かだった。

 それはのたうつようにして転げ回り、そのたびに大きくなると、周りにある建物を見境なく破壊して移動している。


「なに……あれ……」


 呆然と声をあげるリンネ。

 それは、見る間に城の周りの塀を乗り越えると、市街に巨大な手足を伸ばしていく。

 圧倒的な破壊を撒き散らして、それはさらにさらに、膨らんでいく――。

 惨状を見下ろすふたりの頭上高くでは、夜空は徐々に白み始めていたが、星々は残りの力を振り絞るように輝いている。その暁の気配を漂わせた空に、黒い雲が立ち込め始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ