6.彼方より来たる
「は?来るの?本部の奴らがぁ!?」
鍵崎 悟。
後に「錠前」と名付けられた虚人による境界事案解決から1ヶ月程たった朝。
関東基地境界事案対策室一課、作戦室の扉越しに染島さんの声が聞こえてきた。
「おはようございます…声聞こえてきましたけどなんかありました?」
作戦室にいたのは拳藤支部長と染島さん。
吉川さんと逆上さんもいる。
「あ、繋木ちゃん聞いてよぉー!
本部の奴らがさぁここ来るんだよまじで嫌!」
「ロサンゼルス本部の?何かあったんですか?」
拳藤支部長がホワイトボードを指さす。
「応援要請…?」
「本部が現在追っている境界事案の虚人がこの日本に潜伏しているという情報が入ってな。
向こうさんから共同任務の要請があった。
今掌が迎えに行ってるからもうそろそろ着く頃だ」
通常、HOLLOWでは自国以外での捜査や執行は禁じられている。
だが今回のパターンのように対象が国外逃亡した場合や自国で捜査中の事件で関連性が認められた場合など限られた条件でのみ現地支部との共同任務としての国外捜査が可能となる。
そしてそういった場合の対象のほとんどが執行難度B〜Aの強敵であるということ。
「つまり、相当危険な任務になりそう…と?」
「あぁ、今回の対象はロサンゼルスでの10名にも及ぶ大量の無差別殺人犯である。
執行難度はA、虚人名は『チュパカブラ』だ」
チュパカブラ…たしか中南米やアメリカで目撃例のある吸血UMAだったか。
「そこから先はこちらの方々が説明してくださるそうだ」
扉が開き時摩先輩と二人の人影が見えた。
長身ブロンド髪の女性と僕と同年代ほどの金髪の男性が一人。
二人とも両腕に黒い手袋をしている。
本部の捜査官だろう。
「ミーティング中失礼する。
HOLLOWロサンゼルス本部所属、
捜査官のラングトン・アントワネット准機将だ」
「同じくHOLLOWロサンゼルス本部所属、
捜査官の時摩 刃准機正だ。また会ったな界 繋木!」
そう言ってこちらをびしりと指差す金髪…否、時摩 刃准機正だが、生憎僕には覚えが無い。
(何処かで会ったか?というより…時摩!?)
僕の戸惑いが顔に出たのだろう。
時摩先輩が気まずそうに口を開いた。
「認めたくはないが、愚弟だ…」
「な、成程、初めましてですよね?申し遅れました。
日本支部関東基地所属、界 繋木機官です」
挨拶をすると明らかに時摩 刃准機正の顔が怒りに歪む。
「初めましてだと?
首席卒業様は2位の顔なんざ覚えてねぇってか!」
2位、その言葉で彼のことを思い出した。
「あっ、訓練生準首席の?」
訓練生時代他者との関わりが薄かったのもあるが、髪色が違うから分からなかった。
だが、確かにその赤く鋭い瞳には覚えがあった。
「ちっ…忘れてましたってか…だが残念だったな!
お前がぬくぬく日本で遊んでる間、俺は既に7件の境界事案を解決して見事昇進済み!
本当に優秀な捜査官がどっちかなんて、火を見るより明らかだな!」
「おい、そのあたりにしておけ刃。
うちの新人が空気を乱したようだ。すまない」
ラングトン准機将が刃准機正をたしなめると軽く咳払いをして端末をプロジェクターに接続した。
ピロンと言う音と共に数枚の資料が青白く光るホログラムで作戦室中央のテーブルに映し出された。
「まず改めてだが今回の対象、虚人名は「チュパカブラ」執行難度は推定A+」
端末をスワイプするとホログラムが切り替わり、
次に映し出されたのはどす黒いどろどろとしたゲル状の物体が地面にべちゃりと張り付いた写真だった。
「これは…?」
「数分前まで人間だったモノだ」
「…これが?」
境界事案では人死が発生することが多々ある。
僕も資料で幾つか見たこと自体はある。
だが、ここまで原型を留めず人であったことすら認識できない程に損壊したものは初めてだった。
横に目をやると目の合った染島さんが白目を剥きながらおえーっと吐く真似をしている。
「3月12日19時頃ビバリーヒルズのマンションの一室にて第一発見者である被害者の妻が帰宅した際にこの遺体を発見。
また他9カ所にて同様の遺体が発見されている。
HOLLOWロサンゼルス本部はこれを虚人による境界事案とし、捜査を開始した」
「虚人による連続液状化殺人…ということか?」
時摩先輩がぽつりと呟いた。
能力もあるが恐らく異形型。
純粋戦闘力も含めて執行難度、危険性は計り知れないだろう。
「対象の絞り込み自体はそこまで難しいものではなかった。
現場に残された不自然なマナの痕跡と付近の防犯カメラに映った異形の怪物、3件の殺害時刻のアリバイ等からウェイド・アブゾーブ28歳を容疑者として潜入班による監視を開始。
対象との接触を試みたがその際に対象が能力を発動。監視をしていた潜入班の3名が身体を引き千切られ殉職した」
「わーお3人も…大胆だねぇ」
「対象の能力は主に2つ。
まず異形化。
全身の表皮の硬質化や脚力の向上、鋭利なかぎ爪。
そして2つ目は吸血による溶解液の分泌。
主に人間の身体に噛みつき血を吸うのだがこの際に肉体を溶解させる何らかの成分を含んだ溶解液を分泌していることが判明している。
我々は対象と数回戦闘になったがその際一人片脚を持っていかれて目の前で溶ける様を見せつけられたさ。
まさに、チュパカブラの名の通りというわけだな」
異形型虚人。
虚人の能力系統の一種であり所謂人の見た目をしておらず意思の疎通が不可能な場合が多い。
基本的な身体能力が他の虚人と比較にならないほど高く身体の構造的に予測できない変則的な動きを行使する。
「さて、ここからが本題だ」
虚人の基本情報を説明した後ラングトン准機将がそう切り出した。
「三日前ロサンゼルス国際空港の防犯カメラにて搭乗する対象を確認した。
それがここ、日本行きだ。
我々は即座に日本支部へと連絡をとり今回の共同任務へとこぎ着けたわけだ。
さて、ここまでで何か質問はあるかね?」
説明を受け僕が少し頭で情報を整理していると、
逆上さんがすっと手を挙げた。
「溶解液が溶かすのは有機物のみと考えて良いんだよな?
あとは変身にかかる時間と変身の持続時間」
「有機物のみで間違いないと見てる。
変身はだいたい5秒ほどで奇襲自体は可能だろう。
持続時間だが、10分を超えて戦闘継続出来た試しがなかった為わからない…済まないな」
変身時間は比較的長い、持続時間は最低でも10分以上…。
奇襲が決まらなかった場合の長期戦が心配か…。
「さて、諸君作戦会議と行こう」
用語解説⑦
・異形型虚人
主に人の姿をしていないタイプの虚人の総称。
獣型、魚型、鳥型、蟲型、怪獣型であったりなど形態は様々。
身体能力が高く、変則的な動きを得意とする為執行難度が高くなりやすい。
基本的に意思の疎通が不可能な個体が多く、霊獣との違いとして変身するかどうかとされている。




