3.暗躍者(前編)
時摩 掌視点
「『界 繋木。2004年1月3日生まれ。血液型はA型。
2023年に訓練生として入隊。
成績は優秀だったが、時折先走り癖のような単独行動が見受けられる』とな」
資料をぺらぺらとめくりながら俺は小さくつぶやいた。
「でも、首席だったんでしょ?あの子。掌ちゃんだって出来なかったのに凄いよねぇ」
「うるせぇよ…俺のことはいいだろ別に」
ヘラヘラと人を小馬鹿にしたような笑みが少しむかつくが、いつもの事なのでこの際気にしないことにする。
「まぁしょうがないよ鋼ちゃんみたいな強い子いっぱい居たし。3位でも凄いって。ガチどんまい笑」
更に口角を吊り上げサムズアップしてるこいつは
近い内に拳で謝らせるしかないだろうと思いつつ、
先日の界の行動を思い出す。
単独での行動とまではいかないものの確かに焦りのようなものはあるように見えた。
「…まぁ確かに、ちょっと危なっかしいとこあるよねあの子。
昨日だって足止めだけっつってんのに焦って不意打ち食らってたしさ」
(より効率的な虚人の殺し方…か)
捜査官としてはその行動は間違ってはないのだろう。
だが、俺の中の正しさとは違う。
その時ふと、資料を読む手が止まった。
『2024年4月7日 野外訓練中に境界事案発生。
訓練生2名が負傷。内1名重傷
監督官1名と訓練生1名により、虚人討伐』
「あーこれ覚えてるよ。たしかレーダーに引っかからなかったんだっけ」
「隠密系の能力持ちだったな。
これを期に基地のレーダーも見直された、もう同じ事が起きないと願うばかりだな」
「んで、この訓練生ってのが界ちゃん?」
「そういう事だろ。ほら、この前本人も執行は初めてじゃないって言ってただろ」
実際先日の戦闘を見ても慣れている感じはあった。
不意打ちを受けたとは言え、あと一歩のところまで虚人を追い詰めていたのは紛れもない事実。
義手装具の扱いだけで見れば平均以上、同階級の捜査官の中でもかなり上澄みの戦闘力と言える
「とは言え先走り癖は組織として致命的だろ。
全く…あれを飛び級スタートとか、組織は何考えてんだか…」
「まぁまぁ、俺達も楽できたんだしさ?素直に褒めてあげればいいのに。
あ、もしかして優秀な新人ちゃんに嫉妬してんの?」
資料を放り投げ殴りかかろうとした時、ガチャリと扉が開き拳藤支部長と界が入って来た。
「ご心配おかけしました。界 繋木機官、本日より復帰致しました」
頭に巻かれた包帯は取れて顔色も悪くない。
驚きの回復速度だ。
「お前ら何してんだ?まぁどうでもいいが、ブリーフィングするぞ」
「お仕事再開ってことっすね。また見回りっすか?」
「いや、潜入班から情報が入ってる。
先日の午前2時頃、東京のK区の商店街にて複数人が原因不明の金縛りに遭い金品を盗まれたと報告が入った。
被害自体は小さいがおそらく虚人だろう」
金縛り…対象の動きを止める能力か、厄介だな。
人的被害は小さいが、早めに片をつけたほうが良さそうだ。
「ひとまず繋木と掌の二人で現場付近の聞き込みだ」
「え゛俺居残り!?」
「剥也は鋼のヘルプな」
「鋼ちゃんとペア…掌ちゃん替わってくんない?」
「暴力女はお断りだ」
それに俺があいつの戦闘に混ざれば邪魔にしかならないだろう。
「よし、そんじゃお前ら無理せずに帰ってこいよ」
――――――――――――
車内には気まずい空気が流れていた。
(…何を喋ればいいんだ)
先日のこともあるが普段自分より若い者と喋ること自体機会がない。
なんとも言えぬ沈黙の中、先に口を開いたのは界の方だった。
「時摩機正、質問よろしいでしょうか」
「時摩でいい。階級は不要だ」
一呼吸置いたあと界は続けた。
「…では時摩先輩。
逆上機将とは同期だと伺っています。どんな方なのでしょうか」
逆上 鋼、関東支部唯一の機将階級だ。
「どこから聞いたんだそんなの。
まぁ、あいつは単純な攻撃力だけで言えば全捜査官中トップクラスのアタッカーだよ。
正直戦闘だけで言えばあいつ以上に殴れる捜査官を俺は知らない。だがまぁなんと言うか…性格がな」
攻撃性の塊、暴君と言って差し支えない。気に入らなければキレるし怒鳴るしまいには殴る蹴るの暴力。
いつだったか忘れたが上層部の人間を殴り倒して降格されかけた事もあった。
「俺から言わせれば力を持ちすぎたただの子供ってところだ。
ただあいつは強いぞ。少なくとも、俺と剥也で組んでも無理だろうな」
「なるほど…それほどまでにですか」
話をしている内に気まずい空気は消え去り、とあるコンビニに車を止める。
自動ドアを潜りすぐ横の書籍コーナーの品出しをしている女性に声をかける。
「失礼、駅への道をお伺いしたいのですが」
女性は少しも表情を変えずに答えた。
「それでしたら、場所を変えてもよろしいですか」
「勿論です」
女性に連れられ店の外の裏側へ入った。
「はぁ…まったく、この合言葉何とかならないのか?こんなの誰でも聞いてくるだろ吉川?」
「しょうがないっすよ先輩。
うちら潜入班は隠密。形式ってもんがあるんす」
この吉川 綾音は潜入班だ。
今回の件の情報収集を先んじて行っていた。
「はじめまして。吉川 綾音潜入捜査官、界 繋木機官です」
「おぉー!噂の有能さんっすね!
支部長さんから聞いてるっすよ。よろしくっす」
軽く会釈した後、吉川は端末を取り出し素早く操作する。
「さて、対象の情報っすね、今共有するっす」
ピロンと通知音が鳴り、俺達二人の端末に情報が共有される。
『綾音ちゃんレポート』と記されたメッセージには資料の画像が添付されていた。
「まず現場はここから2km程離れた商店街っす。今のところ金品を盗まれる以外の被害は起きてないようですね。被害者達は口を揃えて『後ろから身体を触られた途端に金縛りに遭った』と証言してるっす」
「事前の情報と一致しているな。被害者達は対象を目撃してるのか?」
うーんと眉をひそめながら続ける。
「それが…背後から触られたってことしか分かんないらしいんすよね」
まさに用意周到。それに事件が起きた時間も時間だ。 深夜の商店街ともなれば目撃者が居ないのもしょうがない。
「厄介ですね、どうにかしてもう少し情報が欲しいものですが…」
「そうだな…他に情報は?」
「商店街の防犯カメラも見たんすけど、どれもその時間帯は機能してなかったんですよ」
明らかに怪しい。犯行前に何らかの細工をしたと考えるべきかと考えるべきか?。
「そうだな…とりあえず商店街で再度聞き込みするか」
「了解です」
商店街に足を運ぶと事件の影響か人は少なかった。
まず近くの電気店の店主に声をかける。
「失礼、警察の者です。
先日の盗難事件について少しお話よろしいでしょうか」
我々HOLLOW捜査官は防衛省お抱えの機密組織でありながら、書類上は警察の公安部として扱われる。
本来警察ではない俺達がそう名乗れるのは、こういった聞き込みなど捜査の円滑化であったり、捜査情報の漏洩を防ぐ為であったりなど、上層部なりの俺達へのアシストというか、色々あるのだろう。
まぁ俺のような末端は知る由もないが。
「あぁーそうね…。関係あるかは知らねぇけど不思議なことはあったな」
「不思議なこと?」
「おうよ。なんでもその時間帯ここらへんだけ停電が起きてたらしいんだわ」
この商店街の電子機器全てを一時的にダウンさせたということか。
(この効果範囲からして、対象の能力は結界系か?)
辺りが暗くなる頃まで聞き込みをしたが、新しい情報は得られなかった。
「んー。この感じからしてやっぱ能力は中規模の結界って感じっすかね」
「だが、被害者達は背後から触れられて金縛りにあったといってる。効果対象を選べるのかもしれない」
パキッ
「…?」
背後にこちらを凝視する人の気配を感じ振り返ると何かを割る音が聞こえた。
その瞬間あたりの空気が一変した。
冷気にも似た重く圧を持ったマナの感触。ぞくりと背筋に悪寒が走る。
「周囲のマナ濃度、基準値を20オーバー…、
境界深度2!霊獣が湧きます。対処を!」
ドロリとした黒泥が地面から湧き出る。
その泥は徐々に形を成し、獣のそれへと変貌する。一定の量のマナが変容し生まれ出る怪異「霊獣」だ。
「ッ…散開!!」
霊獣の背後に人影は路地裏へと走り去った。
恐らく何らかの方法で霊獣を生み出した術者だろう。
「俺が術者を追う。霊獣の対処は界に任せる!綾音はここでバックアップしろ!」
「了解!」
「お任せっす!」
「よし、捕縛次第すぐに戻る!」
恐らく機動力から見てそう遠くには行っていまい。今なら追いつける。
対象の後を追い路地裏に入るとフードを目深に被った人影と黄色い仮面を被った長身の人影が見えた。
(二人…複数犯だと!?)
「止まれ!これは警告だ!!」
右目に装備されたマナレンズ越しに対象を覆うマナを感じ取る。間違いない虚人だ。
「大人しく投降しろ」
対象は一言も発さない。答えは否ということか。
(仕方ない、能力は未知数だが無力化する!)
義手装具にマナを集中させたまさにその時だった。
がしっと爪が食い込む程に首筋が掴まれる。
仮面の男に気を取られて背後に忍び寄るフードの男に気づかなかった。
(まずい!背後を取られた)
即座に手を振り払おうとするが違和感を覚える。
「…殴れない…!?」
剥也の義手装具のようにマナが霧散したわけではない。
だが殴ろうとすれば身体が制止されたように動かなくなる。
行動が出来ない、これはまるで…。
「金縛り、そういうことか…!」
首筋に触れた方のフードの男がクスクスと笑う
「本当にこんなので無力化出来るなんてなぁ!
捜査官のことを聞いたときにはどうしたもんかって絶望したが、なんてことねぇ…動かなくしちまえば赤ん坊同然だぜ」
俺等のことを知っている…?HOLLOWの存在は秘匿されているはずだ。だとすればこっちか
「もう一人の方、お前が情報を流したってことか。何者だ、何故HOLLOWのことを知っている!」
「…貴様に話すことなどない」
フードの下の顔は見えないが声が籠もっている。
マナレンズ越しに見てもマナは感じるが、だめだ…何かジャミングのようなものを受けているのだろう。マナレンズがエラー表示を出していて、マナの計測できない。あの仮面が原因か?
「仕留めておけ」
仮面の男は酷く冷たく言い放った。
「勿論だぜ旦那…じゃあな偽物」
「……ぐぅっ…!」
腹部に鋭い痛みが走り、生暖かい何かがこぼれ落ちる。そんな俺をよそに二人は夜闇に消えていく。
「待て…!クソッ……!攻撃が…出来ない!!」
後輩達任せろなどと抜かしておいて情けない。
俺は対象を目の前にしながら何も出来ずに、その背を睨みつけることしか出来なかった。
用語解説
マナレンズ
・捜査官の目に着けることにより
大気中のマナの揺らぎや対象のマナの総量の計測を行うコンタクトレンズ型の計測器。
捜査官、潜入班問わずに配備されている。




