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14/14

14.とある噂について

 虚人「チュパカブラ」の執行完了から数日。激戦の影は既に無く、街はまさに「平常運転」という言葉の通りであった。

 中央都市であるA〜E区から外れた東京都F区、賑やかな繁華街からそれた場所にある暗い路地裏、その中にある寂れた露店の前で俺は足を止める。 


「ご無沙汰してます。先生」


 古ぼけた茶色の浴衣に黒い袴、白髪を後ろで束ねて簪を刺しており顎に無精髭をたくわえた細身の男がかぶっていたかさをずらしてこちらに目をやる。


「やぁ掌。一服どうだい?」

「…お言葉に甘えて、失礼します」


 店前に設置された円柱型の灰皿、その両側の塗装が剥げかけたベンチに腰掛ける。

 口にくわえた紙たばこにライターの火を近づけ、一つ吸い込む。


「まだその銘柄吸ってるのかい」

「…そう簡単に変えられないですよ」

「………そうかい」


 お互い少しの沈黙の後、先生が口を開いた。


「ラングトンちゃんの話は聞いたよ。良く頑張ったね掌ちゃん」

「…そんな話をするために俺を呼んだんじゃないでしょう」

「…あぁ、私にそれを言う資格はなかったね。ふむ、本題に入ろうか」


 ぐりぐりと落ちかけの灰ごとたばこの火を消すと先生は懐から小さなUSBメモリを取り出し俺に手渡した。


「これは…?」

「時に掌。君、()()に興味はないかい?」


 のろい。古今東西、日本だけでなく、世界中で広く認知されている超常の一つ。

 

「…虚人ですか?」

「うーーん、少し違うんだなこれが」

「まさか、本当に呪いが実在するとでも?」

「だったら、どうする?」


 虚人による異能であれば信じるが、一般人が信じる心やら何やらで超常的な異能を行使するとでも?そんなこと、あって良い訳がないだろう。


「馬鹿馬鹿しい…そんな話が…」

「死人が、出ているんだよ」


 空気が凍った。

 俺を見つめる先生の眼は先程まで以上に鋭く、冷たかった。

 

「…とりあえず調べるかどうかは任せるよ。私には最早関係のない世界の話さ」


 浅く煙を吐き出し、少し遠い目をしながら先生は笑った。

 やめてくれ。その目は、もう見たくない。


「…わかりました。ただあまり期待はしないで下さいよ。虚人が関わっていない以上、これを大っぴらに捜査するのは立派な規律違反だ、調べるとしたら俺が個人的に趣味の範囲でやることになる」

「あーいやいや、そうはならないと思うから安心しなさい」

「どういうことです?」

「ま、詳しいことは私じゃなくて阿波木あばきに聞いてくれよ」


 まぁまぁと手をひらひらと振りながら笑う先生に、疑問と安堵を覚えてしまう。

 そんな自分が嫌になりそうだ。  


「もう一本、吸ってから帰ります。あと、この駄菓子も買っていきます」

「ははは、毎度」


 吸い殻を捨て購入した駄菓子の袋を受け取り帰ろうと背を向けた時、先生が呟いた。


「あぁそうだ、炎次さんによろしく伝えておいてくれよ」

「……言えるわけないでしょう」



――――――――――――


 関東基地、シミュレータールーム。

 その床で僕は今、無様に倒れ込んでいた。


(実戦を想定した組み手をお願いしたのは確かに僕だが、それでもこれは…)


「おいコラ、誰が寝ていいなんて言った?」


 目の前に立ち、こちらを見下げるのは両腕から燃えるような朱色のマナを滾らせた逆上機将。


「まだ始めてから10分も経ってねぇぞ!その程度かよ、あ゛ぁん?」

「っ…押忍!!まだいけます!」


 僕は現在、抜拳の使い方を逆上機将に指南してもらっていた。

 前回のチュパカブラ戦で僕は先輩達が戻るまでの時間稼ぎをした。

 ぶっつけ本番でのラングトン准機将の義手装具、技の模倣『疑似装具装填イマジナリ』。

 結論、時間稼ぎ自体は出来た。だがそこまでだった。僕が目覚めた時、作戦は全て終わっていた。

 僕は最後まで戦闘に参加できなかったのだ。


「もう一回ぶっ飛ばす、死にたくなかったらガードしろ」


 腰だめに構えた逆上機将の右拳に収束したマナが光を帯びながら螺旋状に回転する。


参番クルセイオ抜闘…ちゃーんと受けろよ!」 

(来る…先程から何度も何度もやられた超速の槍拳そうけん!)


 「アガートラム」自身と大気中に散らばったマナを拳に槍状に収束させ、対象を貫く拳技。


(生身に喰らえば風穴空けられる…!とにかく両腕にマナを集めて、固める!!)


 抜拳の基礎は、収束させたマナの硬質化。

 面ではなく点として考えること、硬質化したマナの強度は面積によって変わる。固めたマナの面積が広ければ広い程脆くなる。つまり、いか小さく圧縮出来るか。


(義手装具で生成したマナを感じ取り、そのまま凝縮…!)

「抜闘!」


 逆上機将のアガートラムが迫るその瞬間、眼前に構えた僕の両腕が白く輝く。

 目の前が爆発したのかと思う程の衝撃、火花を散らせながら吹き飛ばされ、シミュレータールームの壁に激突する。

 背中の痛みと肺への圧迫から目の前がチカチカする。


「やっと形になってきたな新人。それが抜拳の基本、マナの盾「シールド」だ」

「けほっけほっ…手合わせ…あ、ありがとうございます」


 息も絶え絶えに技の会得と手応えに安堵しながら礼を告げる。

 …だが、逆上機将は眉を吊り上げ先程以上に鋭い目付きで僕を睨みつけて言った。


「あ?何言ってんだお前。まぐれで一撃防げたからっていい気になってんじゃねぇよ!まだアタシに触れられてすらいねぇだろうが。オラッ次やんぞ!!」

「えっ…!」

 

 抗議の声を出す暇もなく僕はまた壁へと叩きつけられていた。

 ズンズンとうずくまる僕へ構わずに拳を振り上げる逆上機将…と、その時カシャッとシミュレータールームのドアが開き、呆れた顔の拳藤支部長が頭をポリポリとかきながら割って入った。


「お前ら外まで聞こえてるぞ…うちの設備も結構ボロいんだからあんまり無茶してくれるなよ?」

「おう拳藤じぃさん。仕事入ったか?」


 ふかふかのタオルを僕へと投げながら拳藤支部長が告げた。


「場所は島根の孤島、そこで未確認の霊脈が発見されてな、そこの点検と周辺調査だ」

「随分と遠くだな、ってかそれ関西基地むこうの管轄じゃねぇか?」

「…まぁ、そうなんだが…潜入班の方から少し気になる報告が入っていてな…詳しくは作戦室で伝えるんだが関西基地との共同での調査となる」


――――――――――――


 関東基地の自室、俺は先程先生から受け取ったメモリをノートパソコンへと差し込み、内部データに目を通していた。


「…呪い、ねぇ」


 正直、ありえない、あってはならないと、思う。

 人の祈りやら思念やら気持ち程度で人を害するなんて事が可能ならば、とうの昔に人は共倒れして絶滅している筈だ。

 呪殺することが出来るなら俺は既に何人も殺している。


「…場所は島根県G区のはずれにある孤島。

区画IDは…G-201。ド田舎なんてもんじゃないな…限界集落ってやつか」


 人口はおよそ80人程度、その多くが65歳以上の高齢者。

 農業と漁業でほとんど自給自足の生活、そして次の行の文字を読み始めたところで俺の手は止まった。

『2021 5/21 旅行客3名、内女性1名が行方不明

2023 9/10 雑誌記者女性が行方不明…』


(他にもだいたい一年おきに行方不明…それにどちらも女性、さすがに不自然だな…ん?)


「…御神箱おみはこ信仰しんこう……?」


 添付された画質の荒い画像の端に小さく映っていた謎の箱に、俺は…言いしれぬ恐怖と気味悪さを感じていた。



用語解説⑪

・区画と区画ID

この世界は主に国とその国内区画、区画内の小区画で構成されている。

 日本であれば47の都道府県と都道府県内の小区画IDで識別しており、それぞれ関東基地と関西基地が分担している。

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