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13. 日米合同異形執行戦線 其の三

 (何がどうなってるんだ…)


 ひどい耳鳴りと霧がかったような意識。

 揺れる視界のその端にくすんだ銀色の塊が映る。その瞬間気が狂いそうなほどの両腕の激痛と共に僕の意識は覚醒した。


(対象は…)


 思うように動かない身体を無理矢理引きずりながら即座に辺りを見渡す。


「っ…!」


 真っ直ぐ抉られた地面のその中央、距離にしておよそ100メートル。深緑の異形、対象チュパカブラは今だ健在だった。

 右半身を失いながらもこちらを睨みつける爛々としたその眼からは怒りや憎しみではなく恐怖による動揺が見て取れた。

 対象がなにやら口を開きながら吠えている。鼓膜をやられたせいか何も聞こえないが、必死にこちらを威嚇しているのが何故かわかった。

 

(時間はどうなっているんだ、先輩達はまだか)


 ズキズキと頭が痛い。鼓動も速まっている。

 ふと、対象が身体を捻り傷ついた身体を庇いながら、後ず去っていく…。


(逃げる…??)


 逃げる、本能にのみ従う獣ならば至極当然の生存戦略。このまま逃がせば対象は姿をくらまし、傷ついた身体を治した後再び人を喰い始めるだろう。

 そんなことがあってたまるか。許していいわけがない。ラングトン准機将が死に、街も崩れ、こんなにも追い詰めたのだ。あと一歩なんだ。すぐにでも先輩達がやってくる、止めなくては。


「待て、おい、止まれ…」


 対象は止まらない。這いずりながら無いはずの腕を伸ばし、自分にすら聴こえない声を出す。

 ふざけるな、やっとここまで来たんだ。逃げるな、止まれ、こっちを向いて戦え、腹が減っているんだろ僕を食えよ、おい待て、待ってくれよ、こんな事があっていい訳あるか、ふざけるな、ふざけるなよ。

 止まれ、止まれ止まれ…止まれ止まれ止まれ止まれ……。

 思考が歪む。頭が痛い。吐き気が止まらない、気持ち悪い、脳内を黒い何かが蠢いている。

 堪らず閉じた瞼の裏で()()と目が合った。

 それはどす黒い大きな蜘蛛だった。

 暗闇の世界で六つの紅い眼がギラギラとこちらを見据える。

 僕はこれを知っている。忘れるはずもない…何故、何故今ここにいる?

 だめだ、見ちゃいけない…なのに目が離せない。だがそれを見つめると不思議と頭痛が和らいでいく。それどころか心地良さすら覚える。

 キリキリと内側のはさみを打ち鳴らすその奥でうぞうぞと無数の何かが這いずり回っている。

 頭の先から徐々にどろどろとした黒に呑まれる、融ける、崩れる。

 最早、何も見えず自分が何なのかもわからない。


 (う、あ…)


 シュルシュルと聴こえるこれは幻聴か?いやどうでもいい。瞳を開いた僕は、衝動の赴くそのままに言葉を紡いだ。

 

虚呼ぶ黒槍(キリセラ)


 瞬間、虚空から現れた無数の黒い、黒い槍がチュパカブラの身体を地面ごと貫き、縛り付ける。

 意図せず僕の口元は緩んでいた。



――――――――――――


 何が起きている…、繋木は無事なのか?


「剥也!現場はどうなっている!?」


 耳元のインカム越しに現場で待機している剥也へと怒鳴る。

 俺と鋼は境界深化の調整を終え、基地を飛び出し現場へと駆け出していた。

 そこで指令室から聞いた報告。現場での爆発、そして繋木の反応が消えたこと。 


『掌ちゃ……つな…が……早く来…!』


 だめだ、ノイズが酷く声が聞き取れない。

 

(間に合わなかったのか?…いやまだ分からない)


 不安が顔に出ていたのだろう。隣を走る鋼が背中をバシッと叩いてきた。


「余計なこと考えんなよ掌。とにかく急ごうぜ」

「あぁ、そうだよな…」


 ビルからビルへと飛び移りそして、見えたのは…


「っ…!」


 崩れたビルの瓦礫と真っ直ぐに抉られたアスファルト、地面に転がるすすけた銀腕。

 そして血に塗れ、涎を滴らせながら目の前の繋木えものへ食らいつかんと手を伸ばすチュパカブラだった。

 その光景に重なるいつかの後悔。

 無意識の慟哭。気付けばこの身体はその深緑の獣の懐へと飛び込んでいた。

 

「…境界深化(インサイド)!!」


 その声に呼応するように右腕の義手装具が邪悪な気配を放ちボコボコと黒く泡立ちながら溶解する。

 液状化した義手装具は腕を伝い、肩へ到達すると禍々しい異形の魔手へと変容した。


擬似魔典(グリモワール)・アンドラス!」


 黒泥が勢いよく飛び出し右腕を中心に膜のように広がると倒れ伏す繋木に触れる直前のチュパカブラの爪を受け止めた。

 膜の盾は爪をはじき飛ばす訳ではなく、ずぶりと沈み込むその爪を絡め取ると根を張るように瞬時にチュパカブラの肘先へと侵食した。


「ヴッ…?」


 少し遅れて獲物を捕らえられていないことに気付いたのだろう。だが遅い、この盾は防ぐだけの物ではない。


「喰えアンドラス!」


 黒泥の触手はその声に呼応するように蠢きながらどくどくと脈打ち始めた。

 チュパカブラがビクリと震えると同時に苦しそうにもがき始めた。

 境界深化インサイド擬似魔典グリモワール」は自身の身体の部位に擬似的な悪魔の肉体を置換、装填させることでその力を引き出す能力。

 そして今俺が右腕に装填したのは不和と恐怖を司る悪魔「アンドラス」。能力は恐慌の黒泥、この泥は俺の意思により盾にも触手にも刃にもなる。

 そして、触れた相手の生気を奪い取り、恐怖と絶望を植え付ける。


「ヴゥ…!!」

「ぐうぅっ!!」


 張り巡らされた泥の根に触れたチュパカブラの腕が

赤黒く変色していく。

 もがき苦しむチュパカブラからは先程までの生気を感じない。ダメージが蓄積しているのか?分からないが確実に弱体化している。


「どけオラァっ!!」


 後から駆けつけた鋼がチュパカブラを殴り飛ばした。

 

「大丈夫か掌」

「あぁ…まだいける」

「…オッケー速攻でいくぞ」


 骨の髄から焼け付くような痛みが右腕を襲う。

 境界深化は諸刃の剣だ。そもそも義手装具にはマナを取り込み過ぎることによる人体の虚人化を防ぐフィルタが存在する。だが、境界深化はその枷を解放しより人間離れした異能を発現させる荒技、使えてあと2回だろう。

 

 

「俺がもう一度動きを止める、その隙にお前が心臓部のマナ器官をやる、いいな?」

「……了解オーダー!」


 ズルリと崩れかけた身体を起こしながらこちらを睨みつけるチュパカブラ。

 俺の後ろにいる繋木を狙っているのだろう、だが片脚と片腕を失っているこいつならば止められるはず。

 …しかしチュパカブラのとったその行動はこちらの予想をあまりにも外れていた。 

 ぐちゃり、音を立てて腐りかけの腕を喰らった。こちらを睨みつけたまま、まるでその自傷ともいえる行為を俺達に見せつけるかのように。

 その瞬間、欠損していた右半身の傷口からぐじゅぐじゅと神経やら血管やら肉やらが根を張るように伸びゆく。

 

「グヴヴ…」


 獣が嗤っている。

 殺される…このままではその圧倒的な機動力と爪で喰らい尽くされる。まさに絶体絶命、繋木を守りながらでは到底耐えきれない。

 ―――俺達二人だけならばの話だが。


練撃れんげきばく!!」 


 背後からマントを脱ぎ捨てながら剥也が叫ぶ。義手装具から飛び出した縄状のマナがたった今再生したばかりの左腕をきつく縛り上げた。

 チュパカブラが驚き怯んだその一瞬、それは俺達が行動するには十分すぎる隙だった。

 俺は右腕を触手に変形させ、剥也の反対の腕に巻きつける。

 両腕を縛られ、チュパカブラは大の字に拘束された。つまり心臓部ががら空きである。


「フィルタ解放10%…境界深化(インサイド)!」


 鋼の義手装具がガシャンと音を立て、蒸気とともにその手は光り輝く。

 

天掌ゴッドハンドぉぉ!!!」


 バンッと地面を蹴り抉り、照準を定めた光の弾丸は真っ直ぐにチュパカブラの心臓へと吸い込まれ貫いた。


「剥也ぁぁっ!!」

「がぁぁあ!!…痛ってぇけどぉっ!!」


 バキバキと骨を折りながら全身で反動を殺し剥也がチュパカブラの腕をガチりと掴んだ。

 

調教サディスティック首枷シール!」


 能力発動、マナを断たれたチュパカブラがその深緑の身体を浅黒い細身へと変化させる。

 俺は最後の一手へと叫ぶ。


「刃!!」

「やめっ…!」

 

 もう遅い、こちらの意図に気付いたチュパカブラが声を発するが途中で止まる。


不壊の斬手(デュランダル)っ!!」


 一閃。刃の不壊の斬手(デュランダル)が発声するその声帯ごと切断した。

 ゴトリと驚愕に目を見開いたままに首が転がる。

 静寂の中、縛り上げた首下の身体が塵となり消えていく。


「…こちらα1。対象の崩壊を確認…執行完了だ…!」

『こちら作戦室。対象の執行を確認、すぐに回収班を向かわせる。本当に…ご苦労だったな』


 拳藤支部長のその言葉でここにいる全員がぐったりと地面に倒れ込む。


「あ゛〜〜おわった!」

「痛いよ鋼ちゃん折れてる腕叩かないで…」

「…繋木…ぐっ」  

 

 繋木の方へと向かおうとするも身体が言うことを聞かない。そこに、すっと刃が手を伸ばしてきた。


「おい、消耗してんだろ肩貸せよクソ兄貴」

「あぁ…助かるよ刃」


 こうして、大きな犠牲を払いながらも日米合同異形執行戦線は今、終結したのだった。

義手装具解説④

「不壊の斬手デュランダル


 義手装具に仕込んだ対怪刀を抜刀し攻撃する。納刀中、刀身へマナを溜め込むことで威力を上昇させることが出来る。

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