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File 6 : 立石恵 5


 それから1年近くが経った。


 もし、私が賢い女であるならなんらかの手段を取るはずなのに、私はメソメソと立山親子の言いなりになっていたのだから、2人とも私がただのバカな男好きだとでも思っていたはずね。


 でも私は和美から離婚されない様にしてただけ。だって、復讐もしないうちに離婚なんてされたらたまったもんじゃないでしょう?


 だから、私は2人が絶対に帰ってこない時間を見計らって、時々お義父さまや和美の書斎に入ってた。2人の弱みを探すためにね。


 たぶん、2人とも私が書斎に入っている事を知っていたでしょうけど、私がバカだと思っていたから無防備だったわ。




 そんなある日、和美のデスクの上に面白いものを見つけた。


 全日本弁護士組合の会長、伊丹健四郎弁護士事務所の決算書。しかも、かなり古い同じ年度のものが2種類ずつで何年分もあったの。間違いなく、公表している帳簿と裏帳簿だったわ。


 私には中身は読めないと思ったんだろうなあ。でも、私は会計士ぐらいの知識は持ってたのよ。学生の頃から勉強してたからね。

 

 和美があんな物をどこからか探し出してきた理由は何なのか、その時は分からなかったわ。


 私は持ち歩いているプリペイド携帯電話でその決算書を全部写真に撮った。凄い量だったけど、かろうじて保存できた。


 それからはママに頼んで写真を撮った携帯電話を預かってもらい、代わりをたくさん買っておいてもらったわ。だって、これから何があるかわからないし、普通のカメラだと持ち歩いてるなんて、変でしょう?



 別の日にはお義父さまのお部屋の中で楽しい物を見つけた。


 古い古い写真。

 かなり若いお義父さまと伊丹健四郎、そして何人かの大学生。真ん中で笑っている女性は国際指名手配犯として見た事がある顔、山城風子だった。


 他の写真の中にはお義父さまと伊丹さんが山城風子とヤッてる写真や、山城風子にムチ打たれて喜んでいるものなど、見ただけで笑えるものばかりだった。


 その写真もしっかりプリペイド携帯電話で、パチリ!


 他にもいくつか使えそうな書類や写真をたくさん見つけたわ。


 遺跡っぽい所でお義父さまが伊丹健四郎と肩を組んでる写真とか、気持ち悪い死体の写真とか…。

 

 定期的に誰かにお金を振り込んでる銀行の通帳もあった。通帳はパパがいたの銀行のモノだったから、和美と私を結婚させたのは隠し口座のためだった、って分かったの。


 立石誠と伊丹健四郎は、国際指名手配犯の山城風子の元仲間、今は支援者…ってことかしら?


 ふふ、面白いわぁ…!


 ふっと、和美はそんな立石家と山城風子との関係を消し去り、断ち切りたいんじゃないかしらって思ったの。だって、立石誠はいつかは死んでいくでしょう?後を継ぐ自分や息子には山城なんて関係ないもの。


 収支決算書なんて引っ張り出してきたのは、そのためね。過去の事を自分なりに調べてたって事だわ。




 和美に外に女がいて子供を認知している事も分かった。机の引き出しに親子4人で笑っている写真が隠してあったから、あとは調べればわかるわ。


 バカにしてるわよね。

 私と結婚する前から愛人がいて子供がいたのよ。それに結婚してからも1人生まれてる。


 あまり腹も立たなかったけど、少しだけ悔しい気がした。


 和美の不貞の証拠もしっかり写真に撮っておいた。愛人親子と楽しそうにしているところをパチリって。


 いくら子供を認知してるって言ったってさ、後援会のおじさま達は知ってるのかしら、なんて考えたらおかしくって…。



 さあ、この証拠達、どうしましょう…って随分考えていたある日。


 学生時代のお友達とランチをしていた時だった。隣のテーブルにいた男性達の声がかすかに耳に入ったの。


 …伊丹健四郎先生


 …もう無理

 …辞めたい


「日下部、もう少し頑張ろうよ。もう少しここで頑張ったら独立した時に箔がつくんだからさ」


「そうなんだけど…」


 ああ、そう言えばこのレストランのすぐそばに伊丹健四郎法律事務所があったっけ。


「僕はもうこれ以上は耐えられそうもないよ」


 日下部という男が微かな声でそう言ったのを私は聞き逃さなかった。


 これって、つかえるんじゃないかしら?

 どうにかして日下部という名前のこの人と連絡を取りたい。そう思った。





 偶然って、あるものね。

 その後すぐに、ママから遊びに帰っていらっしゃいと連絡が来たの。


 その日は珍しくママのお友達の貴子おばさまが遊びにいらしてた。貴子おばさまの旦那様は弁護士だったから色々な事をお尋ねできたの。弁護士会には名簿があって誰でも閲覧できるんですって。


 おばさまが帰った後で、私はママに弁護士会名簿が欲しいのって頼んだら、ママはくすっと笑ったけど理由なんて聞かなかった。


 どうにか日下部さんと連絡が取れたのは、私がお友達とランチ会をしてから1ヶ月ぐらいしてからだった。


 もちろんママに頼んで、神尾家でよく使っている探偵事務所に日下部さんの調査をしてもらったわ。変なやつじゃないって確かめたかったの。


 日下部さんは民事担当の弁護士だったから、離婚についての相談だとアポイントを取った。もちろん、偽名でね。

 

 私はファミレスでの待ち合わせを指定した。だってファミレスで待ち合わせって、なんだか健全な気がしたの。


 私は持ってる中で1番地味な服を着て、全くのノーメイク、アクセサリーもなし、っていう格好をして行ったの。あ、もちろん神尾の家に遊びに行くことにして、実家で着替えたのよ。私の格好を見て、ママが、似合うわよって大笑いしてた。


 ファミレスには小さな子供を連れたママ友のランチ会や、楽しげに話し込んでいるお年寄りのグループがいて、結構賑やかだった。こんなに賑やかなんだもの、誰も私達の事なんて気にもしない、って思った。


 現れた日下部さんは、あの日見た通りの実直そうな男性だった。


「初めまして。伊丹健四郎法律事務所の日下部慎二です。ご連絡いただきありがとうございました」


「田丸霞です。おせわになります」


 そう言って適当な話をして、1回目の面談は終えた。会って見て、日下部さんは信用できると直感した。なぜそう思ったのかはうまく言えないけど…。

 

 2回目の面談。

 1週間後に同じファミレスで日下部さんと会った。その日、私は挨拶もそこそこにして単刀直入に話を切り出してみた。


「伊丹健四郎事務所、お辞めになりたいんでしょ?私と手を組まない?」


 えっ?と言う顔をした日下部さんに、私の話だけでも聞いて下さらないかしら、と私の本当の話を聞いてもらった。


 私は目を泳がせている日下部さんに追い打ちをかける一言を放った。


「あなたは政界のドンと法曹界のキングをそろって奈落の底に落とし込むの」


 俯いて何も言わない日下部さんに最後の一言を言った。


「その気になったら連絡ください」


 そう言って用意した封筒を渡した。中身は立石家の秘密の写真の一部。それと、メモ。そこには日下部さんとの連絡だけに使おうと決めたプリペイド携帯電話の番号を書いた。

 

 あなた以外は誰も知らないプリペイド携帯電話の番号よ、って小さな字で書き加えておいた。

 


 2週間後、日下部さんから連絡が来た。


「資料をちゃんと見ました。

 一緒にやりましょう。覚悟は出来ました」


 いつものファミレスで日下部さんと会ったけれど、日下部さんは疲れているように見えた。


 きっと悩んだんだろうな。


 その日、私は多くは語らずに日下部さんに封筒を渡した。立山誠が受け取った賄賂の証拠と伊丹健四郎法律事務所の表と裏の帳簿、2人と山城風子の関係を示す写真が入っていたの。

 

 日下部さんはちょっと中を見て頷き、私にこう言った。


「これであなたは僕と一蓮托生。もう、戻れません。いいのですね?」


「ええ、もちろんよ」


 日下部さんはこれを白日の元に晒すと言った。


「私の大学時代の友人にテレビ局の政治部に勤務する者がいます。一緒に立石、伊丹の2人の過去を公にする手筈が整っています」


(これで勝てる。あの薄汚い親子に!)

 

 私は心の中で雄叫びを上げた。


(これから私は虐げられた立石和美の妻として週刊誌の標的になるの。可哀想な妻としてね。楽しいわ!)


 私は日下部さんに微笑んだ。日下部さんは私に頷いた。


 そして、なかなか来なかったコーヒーがやっと運ばれてきて、日下部さんは1口、二口と飲んだ。私はコーヒーを飲もうとカップに口をつけたけど、苦くて思わず顔を顰めてしまった。


 何かが変だと思った時には、私の体は動かなかった。声すらも出なかった。


 目の前の日下部さんは項垂れたまま眠ったように動かなくなっていて、私は目の前が霞み意識も遠くなってきた。


 だいぶ経ってから、誰かの騒ぐ声が微かに聞こえた。


「大丈夫ですか?

 もしもし…。あの、大丈夫ですか?」


 どうしよう…何が起きたの?

 どうすればいいかしら?


 日下部さんと何をしようとしてるのか、バレたのかしら?

 詰めが甘かった?


 でも。私はここで負けるわけにはいかない!

 このままでは終わらない。終われない!


 私があの2人に復讐するためのコマは私の手元にもちゃんとあるのだから。

 

 だから、ほんのしばらく…眠ることにするわ。

 負けたんじゃない。

 いつか目覚めて復讐するために、しばらく、眠るの…。

 

 そして、私の前に闇が広がった。





 ああ、何かを肌で感じるわ。

 私が何年眠っていたのかはわからない。

 

 この感覚。

 私の目覚める時が来たのかしら?


 もう、起きるわ。






     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 





 突然、取調室の機器がピピピという甲高い音を放ち、'インネル' のモニタが激しく波打つ様な波形を映し出した。


 感情のないデジタル音声が取調室に響いた。


 パルス上昇。呼吸数上昇。体温上昇。

 脳波、覚醒反応あり。


 ガラス張りの監視室で立山恵の様子を見ていた主任医務官の野沢が急いで取調室に行き、後ろから神尾清一郎が追いかけて行った。


 2人が取調室に入って恵の側に走り寄った時、恵はゆっくりと眼を開けた。





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