第二十話 街に行ゆかん!
今日も肌寒くて目が覚めた。
でも、いつもと違って私が先に起きられた。
カイは早起きだから、いつも寝顔を見られる側。こうして先に起きたのは少し嬉しい。
ツンツン。
頬をつついてみても起きない。
ちゅ。
軽くキスをしてみても、やっぱり起きない。今日は眠りが深いみたい。
普段は昼寝ならどこでもすぐできるのに、ちゃんとした睡眠になると少し慣れるまで時間がかかる。そんな欠点が可愛くて、愛おしくて仕方ない。
勉強や要領は完璧なだけに、そういう不器用さがたまらなく好きだ。
ずっと一緒。子どもの頃からずっと。
これからも、ずっとずっと支え合って生きていこう。
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「んん……? ソフィア……?」
あ、起きちゃった。
もう一回、唇を合わせる。
「おはよう。目、覚めた?」
「ああ、目は覚めたが……ずいぶん積極的だな」
「今日はカイより先に起きられたからね」
なんだか気分がいい。これから早起きの習慣を頑張ろう。
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一方の俺は、朝からソフィアの機嫌が良くて少し困惑するが、悪いよりかはずっといいし、気にせず過ごすことにする。
何はともあれ朝食を食べたら準備だ。
昨日仕留めたカリブー二頭を皮を剥いで凍らせていたから、そのまま売りに出すつもり。
「久しぶりの街、ちょっと楽しみ」
「まあ、普通は冬に街には行かないからな。移動が大変だし危ないし」
それでも、今回はわりと近くまで来てるから足を伸ばそうという話になった。
「そういえば今年は町に行ってなかったね」
「行く用事がなかったから。村だと大抵の生活が完結するし、出稼ぎ以外だと出る機会がないんだよ。買うものといえばガソリンと弾薬、金属製品とか、あとは綿や麻の布地くらい」
「そんなもんよな。……よし、それじゃ載せようか」
皮を剥いで凍らせた二頭のカリブーを橇に積み、固定していく。
「いち、に、さん! よっと!」
二人で息を合わせ、カリブーを載せてしっかり縛る。
「この二匹でいくらになるかな?」
「そうだな。販売価格は肉1kgあたり10~20キャットくらいだけど、我々は買い取りなら半分ぐらいになるかもしれない。仮に1匹120kgだとしても、一匹800キャット行くか行かないか。二匹で1600キャットくらいじゃない?」
冬の初めは家畜を潰したりして肉が安くなるけど、もう年が明けてるし値段もある程度落ち着いてる——多分。
少なくとも1000キャットくらいにはなるだろう。そうじゃなきゃガソリン代で赤字だ。
いまスノーモービルに18Lのガソリン入れて、それだけで900キャットは飛ぶんだから、いくら稼いでも足りない。
「ふーん。けっこうお金になるんだね」
「そうじゃなきゃ、こんなスノーモービルなんて買えなかったろ。100%自腹でクッソ高かったんだぞ。まあ冬は時間を持て余すし、俺にはちょうどいいんだが」
「よし。何にせよ準備ができたし、行こっか」
「うん」
ソフィアを後ろに乗せ、橇を牽引したスノーモービルで川を遡上していく。ずっと進むと橋が見えるはずだ。
そこで平地に上がり、今度は道——といってもこの時期は杭だけ立った“道”——を東へ行けば目的地だ。
遠く感じるけど、時間にして2時間ほど。それほど無茶な距離でもない。
道なき道を進む。
いや、道はないが、未知の場所じゃなく既知のルート。
鼻歌でも歌いながら行くのは気分がいい。
空がどんよりしてるのは気になるが、ルーロー市には着くだろう。
やがて木造の頼りない橋が見え、凍った川の上から陸に上がって、誰かが何度か通った轍をたどる。
何もない雪原を走るが、事前に踏まれた跡があるだけ楽になる。
あたり一面のフロンティアみたいな場所を見て、いろいろ考える。
生産性のない略奪なんかするなら、開拓民にでもなればいいのにな、と思わずにいられない。でも、それには相応の資本が必要だし、行政が支援すればいいのに……とも思う。
そうぼんやりしているうち、スノーモービルは黙々と進んで、遠くの景色が流れていく。さて、まだ先は長い。
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結局、ひたすら轍を追い続けると目的の街が見えてきた。
正確にはまず「テラー塔」と呼ばれる環境改変装置の塔が視界に入る。
どういう仕組みか知らないが、この惑星の主要都市にあの塔があって、気候を少しずつ温暖化し、何十年かかけて住みやすくしてるらしい。
しかもメインは重力操作とかで、この星は母星よりずっと大きいのを、表面だけ地球レベルの重力に調整しているとか。
あの、エスコンか何かに出てきそうな軌道エレベーターみたいに太く巨大な塔を見ると、「星間国家ってこういうのなんだな」と改めて思う。
「ほら、見えてきたぞ」
「ふぁ……寝てた……もう着いたの?」
ソフィアは後ろで抱きつきながら寝ていたらしい。器用だな。落ちないのがすごい。
「ああ、もうすぐだ。目を覚ましておけ」
「わかった~」
この辺まで来ると、はっきりと“道路”と言えるような車の往来があり、履帯付きのニトン車やチェーンを履いた車などが見られる。
田舎だから道は広く、ちらほら人影もある程度。
雪に埋もれて一面真っ白な風景の先に、電柱の姿が並ぶ。
本来なら左右に畑が広がるはずだが、雪で覆われて輪郭すら曖昧だ。粉雪が風で舞い、起伏も飲み込んでいく。
ほどなく、敷地に三つほど建物が並ぶ一角が見えた。
広い敷地内には宿と家を兼ねた大きめの木造建物がある。二階建てで外壁は漆喰、屋根には雪が積もって煙突からうっすら煙が上がる。玄関脇には薪が積まれ、小さな看板が掛かっている。
「雪影庵」と書かれた看板は少し色あせている。
本館の隣に屋根付き車庫があり、古びたトラックと雪をかぶった小型車が停められている。ここにスノーモービルを入れられるのが嬉しい。
敷地の端には小さな倉庫があり、農具を仕舞っているらしく、鍬やスコップが立てかけてあった。脇には子どもの作った雪だるまが迎えてくれる。
俺たちはスノーモービルから降り、宿の二重扉をくぐり、まず防寒着を脱いでから中へ入る。
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「いらっしゃい。……あら、カイさんにソフィアちゃん? 今年はもう来ないかと思ってたわ」
「お久しぶりです、ナージャさん。お元気そうですね」
「ナージャさん、またお世話になります」
「今年の冬は誰も来ないと思ってたから助かるわ。何日ぐらい泊まる予定?」
「二日ぐらいです。カリブーを売って、それから雑貨を買って帰ろうと思ってて」
「そう。じゃあ家で買い取らせてくれない? 今年はお肉が高くて大変なのよ」
やはり治安の悪化や物不足が影響しているのか。
「この辺も治安が悪くなってるんですか?」
「ええ、家の鶏が何羽か盗まれちゃってね……それで私もできるだけ銃を携帯してるの。撃ち方は上手くないけど、やらないよりはマシでしょ」
そう言って、ナージャさんは無骨な自動拳銃をカウンター下から出す。やはりどこも物騒だな。
「やっぱり普段持ち歩ける拳銃があると違いますか……」
「そうね。あまり嬉しい話じゃないけど、必需品なのよ」
「まあ、積もる話は後にしてチェックインしよう。今回は……もう二人部屋でいいわね?」
今更言うまでもないか。
「はい! お願いします!」
俺が返事するより、ソフィアが嬉しそうに答えた。何となく外堀を埋められる気分。
「あら、やっと結婚の覚悟ができたの?」
「まあ……そうですね」
早い子は16歳ぐらいで結婚するから、俺たちは遅いほうかもしれないが、18歳ならそんなに遅くないと思うが……。
「ソフィアちゃん、よかったわねえ」
「えへへ、時間の問題でしたから」
ソフィアがどや顔している。少し複雑な気分だ。
「で、今日持ってきたのはカリブーが二匹まるごとあるが……どうします?」
「ああ、そうだった。ちょっと上着を取ってくるから、先に車庫入れして待っててちょうだい」
ナージャさんは小走りで奥へ行く。
俺たちはスノーモービルを車庫に入れてしまおう。
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「さて、面倒な作業はさっさと済ませるか」
「別に大した面倒でもないと思うけど。早く終わらせて、今日の残りはゆっくりしよ」
そう言って再び防寒着を着込み、スノーモービルへ戻る。
車庫の入口に直角に尻を向ける形で、ソフィアに少しバックしてもらい、俺は橇が傾かないよう誘導する。
今回はわりと真っすぐ入ってくれた。
「大きなカリブーねえ。うちで一匹1300キャットでいいかしら?」
予想より高い。
「宿代抜きでその価格?」
「宿代込みでいいわ。最近はお肉が高いのよ。物騒で流通も落ち込んでるから」
秋の刈り入れ直後なら1000キャット前後だったのに、数か月でこんなに上がるなんて……。
宿代込みなら、差し引きしてもだいぶ高値だ。
「色をつけてるわけじゃないですよね?」
「もちろん。今の相場だと宿二泊三日で300~400キャットくらいでしょ? それでも二匹合わせて1300×2なら十分お釣りが来るわよ」
「たまげたな……」
言葉が出ない。
「ナージャさん、後で詳しく相場を聞かせてください」
ソフィアが素早く情報収集に移行する。肝が据わってるな。
「いいわよ。私も最近退屈してたから話し相手がいて助かるわ」
女性陣は強いなあ。俺は頭が痛くなりそうだけど仕方ない。
普段の買い物のついでに情報収集するつもりだったけど、いつもの感覚とは違う予感がする……。
い。
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