第四十二話『絶対に当選したくない選挙戦と、完璧すぎる落選マニュアル』
「絶対に嫌だ!
なぜ軍の指揮官から逃げ回っていただけの俺が、
学園の全雑務を背負う『生徒会長』に推薦されなきゃならんのだ!」
王立アカデミーの部室に、俺の悲痛な叫びが響き渡っていた。
デスクの上に置かれているのは、次期生徒会長選挙の立候補届出書。
そこにはすでに、全校生徒の過半数を超える「推薦人の署名」がびっしりと書かれている。
「あきらめろ、アルベルト。
お前が国軍総司令官のオファーを『学業に専念するため』と謙虚に辞退したせいで、
『これほど私欲がなく、学園を愛しているお方はいない!』と、
生徒たちの間でアルベルト待望論が爆発してしまったんだ」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、選挙の対立候補のデータを叩いた。
「現時点でお前の支持率は驚異の98%。
対立候補は、お前をライバル視している真面目な上級生の一人だけだが、
すでに戦意を喪失して『アルベルト様が会長になるなら、私は副会長で支えます』と泣いているぞ」
「最悪の事態じゃないか!
いいかマルク、生徒会長なんてポジションを舐めるなよ。
前世のサラリーマン時代、俺が最も恐れていたのは『労働組合の執行委員』や『社内イベントの幹事』だ。
予算の調整、生徒たちのクレーム処理、教員との板挟み……。
どれもこれも、一円のインセンティブも出ない完全なサービス残業の塊じゃないか!
定時退社を愛する俺が、そんな雑務の奴隷になるわけにはいかない!」
平穏なスローライフと、毎日の放課後の睡眠時間を守るため、
俺の脳細胞は、前世のビジネスで学んだ「あえて自社の評価を下げて顧客を遠ざける技術(逆マーケティング)」をフル稼働させた。
And then, I arrived at one ultimate survival strategy.
「よし、マルク。
こういう絶対に勝ちたくない選挙戦に巻き込まれた時は、
前世の政治家や企業が炎上を避けるために(あるいはワザと)使っていた最強の防衛策……
『無能の自己アピール(逆プロモーション)』を執行する!」
「……今度はわざと嫌われにいこうというのか?」
「その通り! いいか、ただ辞退するとまた『謙虚な美徳』と超解釈される。
だから、選挙演説の場で、全校生徒の前で【徹底的に無能で傲慢な公約】をぶちまけるんだ。
この『落選マニュアル』に従って、
『俺が会長になったら、全校生徒の提出課題を倍にする』
『予算はすべて俺の部室のお菓子代に流用する』
『校則を厳格化して、毎朝の遅刻チェックを徹底する』
という、生徒全員のヘイトを買う最悪の演説原稿を作成した!」
これなら、どれほど熱狂的なファンであっても「こいつはヤバい」と引くはずだ。
支持率は一桁まで急降下し、俺はめでたく落選。
普通のモブ生徒として、定時退社ライフに戻れるという完璧な算段だった。
マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、もはや哀れみの目で俺を見た。
「お前、その『嫌われるための全力の努力』を、
なぜ最初から普通の学生生活を送るために使わなかったんだ……」
そして迎えた、生徒会長選挙の演説当日。
学園の大講堂には、全校生徒が集結し、熱気で溢れかえっていた。
壇上に立った俺は、あえて尊大な態度で腕を組み、冷徹な声でマイクの魔道具に向かって演説を開始した。
「全校生徒の諸君。俺が会長になった暁には、以下の改革を行う。
まず、全員の課題の量を従来の二倍にする。怠惰な学生生活など認めない。
次に、学園の予算は俺の部室の『魔導研究費(という名のお菓子代)』として最優先で徴収する。
最後に、校則を極限まで厳格化し、一切の遅刻やサボりを厳罰に処す。以上だ。嫌なら別の候補に投票しろ」
よし、完璧だ。
前世のブラック企業のトップのような、最悪の圧政公約。
これで講堂はブーイングの嵐に包まれ、俺の落選は確定する――。
そう思った瞬間。
最前列にいたエレノアが、ハッと激しく目を見開いて立ち上がった。
その瞳には、感動の涙がたまっている。
「な、何という……何という気高くも厳しい、愛に満ちた教育的指導かしら……!」
エレノアの声が講堂に響き渡る。
「アルベルト様は……あえて自らが『悪役』となることで、我々生徒の【甘え】を根絶しようと仰っているのですわ!
課題を二倍にするのは、迫り来る他国の脅威に対抗するための実力養成!
予算を部室に集約するのは、大陸最高峰の魔導開発へ集中投資するため!
そして校則の厳格化は、我々の気の緩みを正すための、真のリーダーとしての愛の鞭……!
ああ、これほど自分の嫌われるリスクを背負った、高潔な演説が他にあるかしら!?」
「な、なんだって……!?」
俺は冷や汗を流して絶句した。
すると、カレンも鋭く目を輝かせて拳を握りしめた。
「その通りです! アルベルト様は『私に甘えるな、全員が死に物狂いでついてこい』と、我々に激を飛ばしてくださったのです!
あえて嫌われ者を演じるその覚悟……やはり次期会長は、アルベルト様しかいません!」
「おおおおおおお!!!」
講堂全体から、割れんばかりの拍手と、「アルベルト様万歳!」の狂信的な怒号が沸き起こった。
対立候補の先輩すらも、「私の生ぬるい公約が恥ずかしい! 私は辞退し、アルベルト閣下の犬となります!」と壇上で土下座を始める始末。
結果、投票率は100%、得票率100%という、
前代未聞の「完全満場一致」で、俺の生徒会長就任が決定してしまったのだった。
その日の夕方、王立アカデミーの部室。
「どうしてだ……。どうして暴君の演説をしたのに、支持率が100%になるんだよ……」
俺は高級ブランケットにくるまり、ソファの隅でガタガタと震えていた。
前世のどんな炎上プロジェクトよりも恐ろしい現実がそこにあった。
「……なぁ、アルベルト」
生徒会執行部から届いた、山のような「会長承認書類」を持ってきたマルクが、
本日最高峰の、もはや人類の理解を超えた深淵の目で俺を見下ろした。
「何だよマルク。俺は完璧に最悪の公約を掲げただろ。
なんで全員が笑顔で残業(課題二倍)を受け入れてるんだよ」
「お前がただ、生徒会長の雑務が嫌で、
前世のブラック企業の社訓みたいな演説をして嫌われようとしただけなのに」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、
重いため息とともに、書類をデスクに置いた。
「お前の『自らが泥を被り、組織全体の意識を極限まで高める漆黒のカリスマ』が学園長や理事会にも大絶賛されて、
学園の全権を握る『終身名誉最高経営責任者(CEO)』のポストが新設されそうなんだけど、これどうするの?」
「なんでそうなるんだよおおお!!!」
前世の「逆マーケティング(炎上営業)」を
学園選挙に応用した結果、
なぜか組織を正す無敵の絶対君主として、さらに神格化されてしまった誠。
周囲からの評価は、
自らの評価を省みず、組織の未来のために厳しい道を示す、孤高の天才指導者。
しかし実態は、
「生徒会のサービス残業なんて絶対にやりたくない」という一心で、
必死に暴言を吐いて冷や汗を流していた、精神年齢だけがアラサーの十歳児二人組。
今日も今日とて、誠の全力のサボり術は、
周囲の超解釈によって、新たなる無敵の覇王伝説へと書き換えられていくのだった。
✍️ 次回予告(第四十三話)
生徒会長(兼CEO候補)に就任させられた結果、
最初の仕事として、学園の莫大な「予算編成会議」を取り仕切ることに!
「予算会議!? 前世の『期末の予算削り合いバトル』並みに、
各部署の利権が絡み合うドロドロの泥仕合じゃないか!」
各部活や派閥からの執拗な予算要求(とそれに伴う残業)をすべてシャットアウトしたい誠は、
前世の「ゼロベース予算」と「自動AI査定(ただのランダム却下)」を応用した、
最強の『予算スルーマニュアル』を作成するが――!?




