後編
泣くまいと思っていたのですけど…
最後の所で泣きながら書いてしまいました。
太桂屋さんの事務所は店舗棟では無く倉庫棟の3階にある。
「失礼します」と中へ入るとパソコンのモニターを見つめていた専務がこちらを振り返った。
しかし、その目に、いつもの刺す様な色は無く、まるでガラス玉の様に無表情で……却って私をゾッとさせた。
「来たか!唐変木!」
社長は、ジャケットを羽織りながらこちらへ歩いて来る途中で、入力作業を再開している専務に声を掛ける。
「『カキタ』さんと出かけて来る」
しかし専務のキーボードを叩く音は硬い棒の様に一本調子のままだ。
私は、色んな事が頭の中を駆け巡って、思わずゴクリ!としてしまう。
社長の半歩後ろを付いて歩いていた私だが、太桂屋さんの敷地を出ると少しくぐもった声で申し出た。
「あの、“ひだ清”で接待させていただきます」
すると、社長はどんよりと睨みながら私を振り返った。
「“乾”のお膳立てか?」
一瞬言い淀んだ私が発しようとした言葉を社長はかき消した。
「そんな半端な接待は受けねえ!! 来い!!」
そう言われて私は頭をグルグル回転させる
社長はどこへ行くつもりだろう?
私をどうするつもりなんだろう??
程なく私達は駅に着き、社長は切符の自販機の前に立った。
「あの、どこまで……」
慌てて小銭入れを取り出そうとした私に社長は切符を押し付けた。
券面の金額で料金表を見る。
どうやら私は歓楽街へ連れて行かれるらしい。
電車の中でも二人、ずっと無言だったが席が空いたので社長に声を掛けた。
「社長! 席、空きました」
「人をジジイ扱いするな! しかしまあ、座らせてもらおう」
社長を座らせ私はその前のつり革に掴まる。
社長の視線が“さして面白くも無い”私の胸に行っている様にも思えたが、スーツのボタンを掛ける事も敢えてしなかった。
やがて駅名を告げるアナウンスが流れ、私はギュッ!とつり革を握った。
そんな私を社長は一瞥する。
「あいにくと次では下りねえよ!あと二つ先だ」
てっきり歓楽街へ連れて行かれると思ったが、いったいどこへ向かっているのだろうか??
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「てっぽー、れば、こぶくろ、なんこつ、がつ、かしら……お前“ほや酢”は食えるか?」
注文途中で話を振られた私は急ぎ首を振る。
「じゃあ“ほや酢”は1、こいつには“にこみ”を貰おうか」
表には黄色いビールケースを2段重ねした“イス”が並ぶもつ焼き屋に私は連れて行かれた。
「社長、焼き物に七味は使われますか? 確か『焼き鳥は七味たっぷり』でしたよね」
「おうよ!だけどここのもつは練りカラシで食うんだ」
「この七味は使わないんですか?」
こう尋ねると社長は呆れ顔で
「七味で食いたきゃ食えばいいけどよぅ! 普通はにこみに使うもんだ!」
物を知らない私にこうやって教えてくれる社長は“昼間”とまったく違ってフレンドリーだ。
これも店内が活気に溢れているせいなのだろうか?
社長は2杯目の“大ジョッキ”のオーダーを入れながら話を続ける。
「ここはもう20年通ってるが、誰かと飲むのは今日が初めてだ。もちろん“知った顔”にも会わない」
「そんなところへ連れて来ていただいて光栄です」
「いや、そんな話じゃねえんだ、ちょっと物騒な話をしなきゃいけねえからな」
「えっ?! どういう事です?」
社長は目の前にドン!と置かれた新しいジョッキをグイッ!と飲んだ。
「ウチは来週あたり倒産するからよ!」
「!!!???!!!」
ドラマか何かの様に喧騒が耳に入らなくなり、私は目を見開いて社長を見つめた。
「お前の驚いた顔もなかなかにイイな」
ニヤリと笑う社長に尋ねてしまう。
「ひょっとして……冗談ですか?!」
「だといいんだがな……マジだ。オレも事の次第を知ったのが今朝で……さすがに驚いた」
「いったいどうして??!!」
社長は手に持っていたジョッキを置いて一瞬、遠くを見やった。
「世の中、通販が全盛で先行き楽ではない商売なのは自明だったが……“副業”をやっていた“身内”がドジを踏んでな、ふたを開けてみれば二進も三進も行かず手も足も出ない、もはや何をやっても“焼け石に水”のお手上げ状態!! オレが甘かったんだ。身内の不始末を見抜けなかったんだからな。」
「社長がお知りになったのが今朝でしたら……この事はまだ、どなたもご存知ないんですか?」
「ドジ踏んだ本人とオレ、そしてお前の三人きりだ。 今朝は悪かったな!お前には何の落ち度もねえよ。 オレが身内を怒鳴りつける身代わりにしただけだ。 “当の本人”はオレの怒鳴り声を聞いて震えあがっただろうよ」
「……そうだったんですか……」
「但し、オレは謝んねえよ! 今日の返品分、いくらだ?」
「1,246万です」
「半額入帳として623万、『カキタ』さんへの買掛がざっくり600万ってとこだろ?!赤にはならねえよな」
そう言って社長はジョッキをグビリ!と飲る
「社長は……『カキタ』を?」
「“乾”が担当ならこんな事はやんねえよ」
「じゃあ、私の為に?!」
「どうかな……お前さん、この事を“乾”を通して会社に報告するだろ?」
「ええ」
「“乾”はペラ助だからな。1時間後にはオレの不始末を業界で知らないヤツは居なくなる……それは不都合だ。こちとらギリギリまで通常営業したいからな」
「私に……“片棒”を担げって事ですか?」
「まあ、そういう事だ。別に在庫を水増ししてドロンを決め込むつもりはねえからよ! 主に泣くのは取引高の大きい某社さんだな、『カキタ』さんはそれ以前に“切られた”訳だから、同業他社からの恨みは買わなねえよ」
「私の……いえ!“弊社”のメリットってそれだけですか?」
「“御社”のメリットはそれだけだが、お前さんのメリットは別にある」
「それって…… 一体、何ですか?」
「ここじゃうるさくて話もできねえ。“ご休憩”しようや」
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水音や……アノ声まで微かに聞こえる古ぼけたラブホの一室で、私はスマホのレコーダーを立ち上げ大判のカバーノートを広げて社長が系統立てて教えてくれる業界の裏情報をつぶさに書き取っていた。
「いいか、情報は力だが諸刃の剣だ!使い方を誤ると、お前さん、死ぬぞ!」
「ハイ!」
「特に現会長と前会長の綱引きの手綱を引くのは十分気を付けろ!!」
「そんな雲の上の事、私には……」
あまりにも大きな話に私が首を振ると
「バカヤロウ!オレでなくお前だからできるんだ! お前なら絶対使いこなせる! そして、そう思ってる輩はオレだけでは無い筈だ!」
そんな事を言われても私は“主任”にすら昇格できないただのペーペーだ……
俯いてしまう私の鼻を……社長は摘まんでウニウニした。
「シケた顔するんじゃねえよ! “乾”なんかさっさとすっ飛ばしてこの業界初の“女性取締役”を目指せ!!」
確かに……今、目の前に山積みされている“情報”を使いこなせればそれも可能かもしれない。
でもそれを使いこなすのは……やはりこれも実物を今日初めて見た……枕の向こう側に鎮座している大人のお●ちゃ並みに難易度が高さそうだ!!
思わずため息を付いてしまう私の目の前に缶ビールが置かれた。
「別れの杯だ!」
「えっ?!」
「オレはもう業界には居られねえからな。正直、悔いは山の様にあるが唯一の救いはお前にこうして会えた事だ」
社長は私の持っている缶に自分の缶をカツン!と当てて一気に飲み干した。
「オレを送って行くタクシー代は経費で落ちるか?」
「はい」
「そうか、もう終電も過ぎちまったから、お前はタクシーで帰れ!今、呼んでやる」
「社長は?」
「オレはこれから綺麗なおねーちゃんと“第二ラウンド”だ。」
「それって?!」
「オレも今朝、“煮え湯”を飲まされたからよ! オレがメーカーのオンナとしけ込んだと思いこませればいい意趣返しだよ」
そう言いながら社長は涙が出るほどゲラゲラと笑った。
私は!!
私は……
それを見て堪らなく切なくなった。
綺麗とはほど遠く“クモの巣”が張っている私だけど……
それでも……
「社長! ご不満かもしれませんが……私に“接待”させていただけませんか?」
言ってしまったものの顔から火が出そうだ!!
社長は笑って……手のひらで私の肩をコツン!とやった。
「ああ不満だね! お前なんか抱いた日にゃ本気になっちまう! オレ達の間じゃお前は“骨のある女”で通ってる! こんな事でなびくな!バカバカしい枕営業なんてもってのほかだ! いいか!! いつでも背筋を伸ばして生きろ! そして……今日みたいに、オトコになんか騙されんなよ!」
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泣くまいと思っていたのに……深夜ラジオが細々と流れるタクシーの中で思わず目頭を押さえた。
もし、私が……
カネで抱かれる女なら……
社長の事を抱いてあげられたのに!!
このガラ空きの
胸を……
カラダを使って……
もし私が男なら……
社長と一緒に
女を呼んで
バカ騒ぎすることができたのに……
『女で損する事』
心の中で、
私はまたひとつ
指を折った。
。。。。。。。。
ヒロイン“立石春香”さんのイラストです。
私が描いた“下画”をAIに読ませて
AIが描いて寄越した画に手を加えました。
目に力を込めて、唇に語らせるように……
ちょっと美人になり過ぎましたが……この方が社長は惚れるかな?(^_-)-☆
立石さんは、天使みたいに優しい女性です。
私にはとても真似できません(^^;)
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