魔法使いが適当にブッパした獄炎魔法が事件の真相です。 ※お役人さん!こっちです!! あ、後半回想シーンはいりまーす。
迷宮に眠るといわれているお宝はガセネタだったことが判明した。確かに迷宮は存在したが、迷宮の中は荒れ放題荒れており唯の魔物の巣窟と化していた。グルルルと襲い掛かろうとする魔物に適当に獄炎魔法をぶっ放すとキャインキャインと言いながら逃げていく。魔物たちを追い払うなんて朝食前。あっさりと最奥まで到達し、何も残されていないことが分かると、私はガッカリしながら迷宮を後にした。
獄炎魔法で追い払ったせいか、帰り道は魔物にも遭遇せず何とも肩の力が抜けた冒険となってしまった。
――― ブッ!
肩の力が抜けた途端、あの風景が不意に甦り、思わず吹き出してしまった。
最近私の笑いのツボが可笑しなことになっている。
あのミツヤという同じ年位の黒髪黒目の少年がとった謎の踊りのようなしぐさが原因だ。
あんな風に謝られたら、もう笑って許すしかない。
本当に人を傷つけて平気な顔をしている最低のクズなら絶対に許せないが、彼らは彼らで線引きをした上で、貴族たちにバレない様に細々と小銭を稼いで、『生きている』のだから。
帰りも少しだけ顔を出していこうと思いながら、私は秘宝が眠ると言われた奥地の迷宮を抜け、辺境の集落へと向かった。
『綺麗ごとだけじゃこの世界では生きていけないから』
私に義賊を続ける理由をそう答えたあの黒髪の少年の真っすぐな瞳と、何者であろうとも絶対に譲らないであろう強い信念を秘めた目に私の心は少しだけ動かされていた。
☆
二日後、集落に行くと出発した時の長閑で美しいあの集落が見るも無残な姿になっていた。
「なっ...」
私は絶句し、あの少年たちが住んでいる家に足早に向かった。
ドアをノックすると、中から先日バインド魔法で返り討ちにしたオッサンが出て来た。
ヒッ!っと一瞬悲鳴を上げたが、私は構わずオッサンに話しかけた。
「あのっ!み、ミツヤは!? 黒い髪の男の子は?」
「ああ、ミツか。あいつなら中に居るよ。見舞ってやってくれ。」
オッサンの言葉尻が気になり、押しのけるようにして中に入ると、そこには全身酷い傷を負い、呻きながら意識を失っている黒髪黒目の少年とそれを泣きながら見守る子供たちの姿があった。
「フィオラ...ちゃんだったか?」
「はい...」
「この前は済まなかった。魔物の気配が漂ってたから、本当は力になって欲しかったんだ...」
ガイと名乗ったおじさんは頭を下げると、詳しい事情を小さな、力ない声でポツリポツリと話してくれた。
義賊として孤児を見ながら日銭をくすねて来た事。
ミツヤと言う少年が時空の旅人である事。
仲間が欲しかったからミツヤを攫ったら仲間になってくれた事。
二人でガイチャンズという義賊をしている事。
そして彼はちょっとしたお茶目心で私にちょっかいを出して返り討ちにあった。
その後、私が迷宮に入ってすぐに魔狼たちの大群がこの村を襲った。
――― その数、凡そ五十。―――
その内の七頭を素人同然のミツヤが最前線で討ち取った。
その中に魔狼のボスが居り、残りの魔狼が統率を失った隙に集落の衆で十頭をを討ち取った。
司令塔を失った残りの魔狼を何とか追い出すことに成功したが、当のミツヤはボロボロにやられて意識を失って倒れたらしい。
そして襲撃から既に一週間が過ぎた今も、未だに昏睡状態が続いている。
彼ら住民を悩ましていたのは、どうして急にあんな数の魔狼が来たのか、原因が分からない事だった。
原因が分からなければ、いつまた同じような大規模な襲撃を受けるか分からず、集落の一部では町に移住する事を考えている人達もいるそうだ。
この集落の周りの森にも極少数ではあるが魔狼が存在する。しかし大群で押し寄せてくるほど数は居ないはずだとおじさんがぼやいていた瞬間、私はあの迷宮で魔物を追い払うために自ら放った獄炎魔法の事を思い出した。
――― もしかして...間接的に私のせい ? ―――
右手で口を押えながら、私は吹き出す汗と口から飛び出しそうな心臓を必死に抑え込んで罪悪感と必死になって戦った。
でも...多分、私があの迷宮の魔物を殺さずに追い払ったせいだ。
適当に獄炎魔法をぶっ放してそのまま放置した事で、魔狼達は行き場を無くして迷宮の外に出たのだろう。―――
呆然とする私の耳に、子ども達の泣き声が届いてくる。
「ミツ兄ちゃーーん...」「兄ちゃん...」「お兄ちゃーーん」
力なく、彼の名前を呼び続ける子どもたち。
皆、彼がこの集落を守ってくれたことを分かっている。
こんな状態になっている彼の無事だけを願って、無垢な気持ちで真っすぐに彼の為に祈り、涙を流している。
私はそんな彼らを前に、正直に愚行を告白する事が出来なかった。
――― 償うしかない ―――
彼が回復するよう、私も子供たちと共に祈り、そしてこの家族を支えよう。
そう決意して、ガイさんに私の胸の内を打ち明けた。
「彼が元気になるまでの間、私がこの集落を守りましょう。」
こうして魔法学園始まって以来の天才と呼ばれた私、フィオラはガイチャンズの家に居候する事になった。
☆
――― 夢を見ていた。いや、これは僕の記憶の回想シーンだろうか ―――
「あいつって何か気持ち悪くないぃ?」
「だよねえーー。マジでキモすぎー!きゃはハハハ!!」
中学の頃、僕はイジメられていた。と言っても机が無くなったり、私物が無くなったりした訳じゃなかったけど、学年の女王と呼ばれていた茂木絵里香という女の子を中心とするスクールカースト上位の女の子たちのグループから、毎日のようにキモイだのクサいだのウザいだの言われ続け、その空気はクラス中に感染するかのように広がり、僕はいつも孤立していた。
僕は孤児院の出身で、幼い頃に子どもが出来なかった両親と養子縁組により引き取られ、育てられた。
産みの親は僕という人間を放棄した。
充哉という名前は孤児院の院長先生が授けてくれたものだ。
両親は僕に溢れ出すほどの沢山の愛情を注いでくれた。産みの親以上に、もしかしたら普通の家庭のお父さんとお母さんよりも深い愛情をもってくれていたと思えるほどに僕の事を愛してくれていた。
いつも優しい両親は、僕が間違ったことをしたり、言ったりすると涙を流しながら僕を叱ってくれた。
『正しく、真っすぐに、優しい男になりなさい。』
父親は口癖のように僕の頭を撫でながら、そう言い続けていた。
『力なんて無くても良いのよ。でも力に負けて、自分を曲げてはダメよ。』
母はそう言いながら僕をその腕の中で優しく抱きしめてくれた。
両親に育てられ、僕はあの思い出したくもない暗い時期を乗り越えた。決して感情が無かった訳ではなかった。
茂木絵里香の事を憎んだ事もあった。でも、決して卑屈になることなく、僕はただ台風が過ぎ去るのを待った。
そんな風に一人やり過ごす日々を送っていた中二の僕はある時、駅前にある本屋に向かう途中で、僕に対するイジメを指揮していたあの茂木絵里香が危なそうな連中に連れ去られそうになっている所に偶々出くわした。
あんな危なそうな連中に僕が勝てる訳がない。
かと言って見て見ぬふりなんてできなかった。
力で負けたってかまわないし、体を痛めつけられたってかまわない。
ただ両親が望んだ様に、正しく、真っすぐに生きられる男になりたかった。
誰かが困っていたら、誰かが悲しむのなら、それは無条件に自分が出来る範囲で関わるべきだと思っていた。それが僕の生きるポリシーであり、両親の期待に応えることなんだと当時は思っていた。
だから僕は一時期は憎んでいた茂木絵里香の窮地ですら救いたいと思った。
例え自己満足だと言われようが、助けて欲しいなんて頼んでいないと言われようと、僕は、自分の信念に基づいて動いた。
――― そして僕は沢山の人が行きかう市中のど真ん中で、涙ながらに大声でジャンピング土下座を決めた。―――
「色々とーーー!すみませんでしたーーー!!!」
余りに大きな声と、悲壮感漂う僕の演技に、通りすがりの人達の注目が僕と、正面に居る連中たちと、僕の後ろに立っているであろう茂木絵里香に集まった。
「な、なんだよおめえ! い、いきなり何なんだよっ!! 次は気を付けろよ!てめえ!!」
捨て台詞のテンプレをズラズラと並べながらガラの悪い危ない連中は逃げるように去っていった。
当然涙ながらに謝ったのは全て演技だ。
僕は彼らが雑踏の中に消えるのを見計らってスックと立ち上がり膝を軽くパンパンと払うと、彼女の方を一瞥する事すらせず、そのまま本屋に向かった。
それから程なくして、彼女たちのイジメはピタリと止まった。
でも僕は相変わらず日陰のモブキャラだった。毎日毎日学校と自宅を唯往復している様な日々だった。三年になって友人も出来たし、茂木絵里香とは三年生でも同じクラスだったけどお互い関わりあう事はなかった。
僕の中学時代で、最も驚くべき事件が起きたのは中学生最後の日だった。
僕は中学の卒業式の日に、茂木絵里香から告白された。
「今まで本当にごめんなさい。許して欲しいなんて言えない位、酷い事一杯したけど...私、織羽君の事がずっと好きでした。」
開いた口が塞がらないどころか、あごが外れるかと思った。
咄嗟に出た僕の返事、と言うか質問は 「冗談だよね?」 だった。
でもそうじゃなかった。
彼女は頭を下げ、涙を流しながらあの時助けてもらった御礼を述べ、自分の想いを綴った長い長いラブレターをくれた。
手紙の中に入っていた連絡先をスマホに登録すると、僕はすぐにLINKのメッセージを送った。
『手紙ありがとう。こんな僕で良かったら、飽きるまでで良いから付き合ってください。』
一時期は憎しみまで抱いた女の子と、どうして付き合おうと思ったのか自分でもよく分からなかったけど、こうして僕と絵里香の交際は始まった。
美人で何でも出来る完全無欠の女の子は、付き合ってみると意外に普通の女の子だった。
もっともそれまで女子と関わり合う事が無かった僕は何が普通なのかはっきり分からなかったけど、母親と同じく甘いものが好きで、
可愛らしい犬が好きで、ピーマンが嫌いで。
そして、いつも僕の事を好きだと言ってくれた。
最初はすぐに飽きられて、さっさと別れてくれと言われるだろうと冷めた気持ちで距離をおいていたけど、いつの間にか僕も彼女の事ばかりいつも考えるようになっていた。彼女に逢えないと胸が苦しくて。彼女に逢えると胸が高鳴った。
彼女の、絵里香の声が聞きたい。
――― ミツ。
―――― ミツ君。
――――――― 大好きだよ。ミツ君。
ああ...僕も、大好きだ、絵里香。
一度だけでいい。もう一度だけでいいから、彼女にそう伝えたい。逢いたい。逢いたいよ。絵里香。
「 ...ツ ...ミツ...」
誰かの、泣きそうな声が聞こえてくる。
「ぃちゃん...ミツ兄ちゃん...」
少女の、泣いている声が聞こえる。
少年の、泣き声が聞こえる。
僕を呼ぶ声に、夢から意識を取り戻した僕は、ゆっくりと目を開ける。
「ミツ...ミツ兄ちゃん...エグッ...グッ...」
シリウス君がボロボロと涙を流していた。その横にはスピカちゃんもいる。アイちゃん、ジェーンちゃんも。
皆が僕が寝ている周りをぐるっと囲んでいる。皆が僕を見て、僕を心配して泣いてくれていた。
「おはよう...みんな。」
僕は小さな声で挨拶をする。
「み、ミツ兄ちゃんがっ!!」
ガバッ!っとシリウス君が横たわる僕の胸に飛び込んでくる。
――― あ痛いっ ―――――
「いーーててててててててててててて――――あいったァああ―――い!!」
僕の絶叫は集落中に響き渡ったとかいないとか。
とにかくその夜の僕はめっちゃ痛がってた。