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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第一節『これは月が導く宿命の標』
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91.憎悪を抱く八番目


 意を決したように告げたカグラの言葉は、その場にいる面々に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。


「過去の……記憶がないって。……え?」

「私たちが二人でセリスさんを探してる時、ブラッドさんに出会いました」

「ブラッドと言うのは、スキアの探していた仲間のことか?」


 その名前に心当たりは一人しかいない。

 リアンがまさか、といった表情を浮かべて問いかけると、返って来た言葉はやはり想像通りのものだった。


「はい。その人はロウさんを知っているようで、ロウさんに記憶を取り戻さないと世界は救えないと、そう言ってきたんです。でも、その過去は決していいものではない。そうも言っていました。だからロウさんは、この先私たちが四人で進む危険性と、ロウさんの過去に付き合った時の危険性を天秤にかけたんですよね? そんな中で、スキアさんからの誘いがあったんです」


 カグラの推測は正しかった。

 ロウが最後まで悩み続けた二択。天秤にかけたのは仲間に生じる危険度リスクだ。


 ブラッドたちの言葉が真実なら、ロウの記憶は決して良いものとはいえないものだ。ならば、その記憶を求めることは仲間を危険に晒す可能性もついて回る。

 誰かに恨まれているかもしれない。

 殺したいほど憎んでいる人がいるかもしれない。

 そんな自分事で、仲間を危険に晒すのはどうしても考えたくないことだった。


 さらに、ロウの名前はカグラの導きの札(カード)にあがっていない。

 それは裏を返せば、これまでだってロウがいなくても、なんとかなった可能性があったということだ。ロウがいなければいないで、何か他の要因が働くことで、なんとかなったのかもしれない。ロウがいなくて窮地に陥ることで、リアンやセリスの魔憑まつきへの目覚めが早く訪れていたのかもしれない。

 だからこそ、ロウは一人で失った記憶を探そうとしていたのだ。


 カグラの話を聞き、シンカは納得するように深く頷きながら言葉を口にする。


「なるほど。ブラッドって人がロウの過去を知っていたのなら、その仲間だったスキアさんと行動すれば、ロウの過去も何かわかるかもしれないってわけね」

「……うん。あのっ、ロウさん。勝手に話してしまってごめんなさい。でも、あのときのロウさん……」


 カグラはブラッドたちと会話していた時のロウの姿を思い出していた。

 いつも強かったロウが体が、震えていたことを。

 どんな強敵を前にしても退くことはなく、どんな危険な状況下でも立ち向かっていたロウの手に、まるで力が籠っていなかったことを。

 何があっても諦めなかったロウの瞳が、微かに揺れていたことを。

 そして二人が去った後、少女がそっと握ったロウの手の感触を。

 そのとき、自分を安心させるために向けてくれた、不器用な微笑みを。


「すごく……震えてました。なのに……なのに一人で行ってしまうのは、やっぱり違うって思ったから、だから……だから、私っ!」


 申し訳なさそうに悲痛の表情を浮かべるカグラに、ロウは小さく微笑み返した。


「カグラが謝ることじゃない」

「で、でもっ!」

「そうよ、カグラが謝ることじゃないわ。カグラも少し落ち着きなさい」


 シンカはカグラの肩に優しく触れながら、椅子に座らせた。

 カグラは椅子に座ると膝の上に握った拳を置きながら、小さな顔を伏せた。


「それで……今の話を聞いて、リアンはどうなの?」

「……」


 そんな話を聞いて、これ以上言えることなんてないとでもいうかのようにリアンは瞑目し、何も答えずに沈黙で返した。

 結局のところ、ロウの根底にあったものは何も変わらない。

 少女たちのために……ただ、それだけだったのだから。


「セリスは?」

「なんもねぇよ。ただ、シンカちゃんはどうするつもりなんだ? 導きはもう次の地点を指してるんだろ? こっからはやっぱ別々で行くのか?」


 そんな問いかけに、カグラは不安そうにシンカを見つめた。

 だが、さも当たり前のように返って来た言葉は、カグラの不安など消し飛ばしてしまうもので……


「どうして別々なのよ。私たちもロウについて行くに決まってるでしょ」

「決まってんのかよ」


 呆れた様子で苦笑するセリスとは裏腹に、カグラは満面の笑みを漏らし、逆にロウは困惑した表情を浮かべている。

 二人の少女の中で、絶対的に信じるものは互いの事と導きだ。それがロウの認識だった。

 導きが次の目的地を指示したのであれば、間違いなくそれを優先するものだと思っていたのだ。


「ま、待て、シンカ。導きは君の芯にあったものだろ? なのに……」

「うるさいわね。勝手な行動をしようとした被告人は黙ってなさい」

「ひ、被告人……」


 ぎろりと強く睨まれ、ロウは思わずたじろいだ。

 今までの口調も態度も冷静ではあったものの、かなりお怒りのご様子だ。

 理由は二つ。

 一つ目は、頼ることなく一人で決断したこと。

 二つ目は、大切な妹を悲しませたこと。

 彼女が怒る理由としては、あまりに十分すぎるだろう。 


「確かに導きは私たちの支えで、中心だった。でもね、ロウは嘘を吐かないんでしょ? ロウは私たちに世界を救うって約束してくれたわ。それを信じてるだけよ。導きもロウもどっちだって信じてる。なら、ロウの失った記憶を探し出して、それから導きの場所へ行けばいい。ロウがそれで強くなってくれるなら、より目的に近づくことができるってことよね。違う?」

「お姉ちゃん!」


 勢いよく抱き着き、身体全体で喜びを表す妹の姿に、彼女は優しく微笑んだ。

 その姿に自分の出した決断は間違っていないと確信し、


「何か言いたいことがあるなら、聞くわよ」


 ロウに視線を向けると、彼は丸くしていた目を少し細めるながら静かに答えた。


「あぁ……ありがとう」


 柔らかく微笑むロウに、シンカは頬を薄っすらと赤くしながら視線を逸らした。


「それで、ロウ。スキアにはいつ答えをだすと言ったんだ?」

「明日までには出すと伝えた」

「それならとりあえず、今日はもう休むか? ゆっくり休んで気持ちを切――」


 セリスの声を遮るように、部屋の窓が突然勢いよく開け放たれた。

 ここは二階だ。普通の人間は二階の窓に手は届かない。

 つまり、窓を開けて転がり込んで来た何者かの正体は……


「邪魔するぜ。ロウ、答えは出たか?」

 

 そう、まさに今話に上がっていたスキアだった。


「おいスキア。お前、明日に来るんじゃなかったのか?」


 静かに問いかけたのはリアンだ。

 表面上は冷静さを保っているが、僅かに見え隠れする怒りの色。


「お? 時計見てみろよ。もう日付変わってんじゃん」


 悪びれもなく言ったスキアに、シンカとカグラはポカンとした間抜けな表情を浮かべている。

 そんな少女たちをよそに、努めて冷静に振る舞っていたリアンの堪忍袋の緒が切れた。


「貴様! こちらの都合も少しは考えたらどうなんだ!」


 スキアの胸倉を掴み、声を荒げる。

 それはまるで、ロウの事情を知り、何も言えずにいたうっ憤を晴らすかのようでもあった。明日なら冷静になっていただろうが、最悪のタイミングだ。


「な、何怒ってんだよ。どうせ答えは決まってんだし、少しでも早いほうがいいと思ってよ。こんな夜分に来たのはその……わ、悪かったよ」


 リアンの怒りが理解できないスキアは、訳のわからないまま地雷を踏んだ。

 信頼した仲間を第一に考えるリアンにとって、それは決して言ってはいけないことだった。

 シンカたちへのロウの想いの深さを否定するような、その言葉だけは。


「どうせ答えは決まってるだと!? こいつらより、お前を選ぶのが当たり前だという言い草だな! よくもぬけぬけと――」

「おおお、落ち着けリアン!」


 慌てたセリスが止めにかかる。


「お前は引っ込んでろ、セリス! 今の発言だけは許せん!」

「ま、待て待て待てっ! 俺はそんなつもりで言ったんじゃねぇよ!」

「ならどういうつもりだ!?」


 言い訳をするスキアをリアンは問い詰める。

 そんなスキアを擁護したのはロウだ。


「リアン。こんな時間に来たスキアはどうかと思うが、どうせ答えが決まってると言ったのは仕方ないと思うぞ」

「なに? ……どういうことだ?」


 ロウの言葉に少し冷静さを取り戻すと、リアンはスキアを解放した。

 その真意を問うようにロウへ視線を送るが、それに答えたのはセリスだ。


「だってスキアには、俺たちの事情を説明してないだろ? 俺たち全員が一緒に、スキアについて来ると思ってたんじゃねぇのか?」

「そうね。私もこんな時間に来たスキアさんはどうかと思うけど、事情を知らなければ一緒に来ると思っても仕方ないと思うわ」

「た、確かにそうですよね。こんな時間に来たスキアさんはわ、私もどうかと思いますけど」

「わ、悪かったよ……」


 擁護しているのかしていないのか、まるでわからないような発言にスキアが萎れていく傍らで、リアンは納得した様子だった。

 そんな彼にほっとした声を漏らすスキアとセリスの二人。


「じゃあ改めて聞くが、答えは出たのか?」

「あぁ、スキアについて行こうと思う」

「そうこなくっちゃな」


 スキアは嬉しそうに、にっと笑顔を見せた。


「しかし、俺たちには俺たちの目的もある。お前の住む場所はどこだ? ここからは遠いのか?」


 リアンが椅子に座り直し、手にした湯呑を傾けて喉を潤す。

 と、スキアはきょとんと首を傾げてみせた。


「どこもなにも……ロウ、お前まだ言ってなかったのか?」

「いや、俺も正確には聞いてなかったはずだぞ」

「なははっ、そうだったか?」


 スキアは惚ける様に笑ってみせた。なんともマイペースな男だ。

 そして、そんなスキアの次に出た言葉は、ロウとセリス以外の三人を驚かせた。


「俺の住む町は――迷花を救いし都だ」


 言って、親指を立てた拳を突き出す。


「それって……」

「う、うん。そうだよ、お姉ちゃん」

「知っているのか?」


 少し興奮気味に顔を見合わせる少女たちに、話についていけないロウが問いかけると……


「導きの次の目的地だ」

「ま、まじかよ!」


 湯呑を置きながら言ったリアンの答えに、導きが先を示した時、気絶していたセリスもまた目を丸くして驚きを表した。


「ん? よ、よくわからねぇが、よかったってことか?」

「えぇ!」


 シンカが笑顔で答えると、つられてスキアも顔を綻ばせた。


「やっぱ俺たちは、どっかで繋がってるのかもしれねぇな。運命ってやつもたまには粋なことするじゃねぇか」


 そう言ったスキアの言葉は、この場の全員を和ませた。

 それは最初から悩む必要もなかったということだが、ここでのやり取りが無意味だったとは決して言えないだろう。むしろ、より一層絆が深まったと言える。


「スキア、せっかく来てもらったのに悪いが、出発は明日の昼過ぎでもいいか? セリスはまだ目覚めたばかりだ。今日はゆっくりと休ませたい。それに陛下への挨拶もある」

「ロウ~! ――ぐへっ!」


 ロウのセリスを心配する言葉に感極まったセリスが飛びつくものの、ロウはそれをひょいと躱し、そのままセリスは部屋の壁に熱い接吻キスをした。


「セリスは相変わらずだな。了解だ」


 呆れた視線をセリスへと向け、スキアは頷いた。


「スキアはどこで寝るんだ? よかったら、ここの宿を使わないか?」

「いや、俺にはイケイケ君があるから大丈夫だ」

「そ、そうか……」

「イケイケ君はみんなを降ろした場所に止めてあるから、準備ができたらそこまで来てくれ」


 面々が頷くと、就寝の挨拶を交わし、スキアは颯爽と窓から帰って行った。


「……どうして窓なのかしら。まぁいいいわ、私たちも休みましょ」

「うん、私も少し眠いかも」


 一気に緊張の糸が切れたのだろう。

 シンカの服の裾を軽く掴みつつ、カグラは眠そうに軽く目を擦った。


「そうだな」

「それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさいです」

「おやすみ」


 そうして部屋を出る直前、シンカは振り返りながら……


「ロウ、勝手に行ったら絶対に許さないわよ。――約束して」


 その真面目な声に、カグラがシンカの後ろから心配そうに覗いているのを見れば、ロウも二人を安心させるため、きちんと約束せざるを得ないというものだ。

 とはいえ、もう勝手な行動をするつもりもないのだが。


「もちろん、勝手に行ったりはしない。約束するよ」

「……そ、ならいいの。また明日ね」


 そう言い残し、二人は自分たちの部屋へと戻って行った。







 屋敷の大広間のような場所に、ルインの面々は集まっていた。

 椅子や大きな長椅子ソファー長机テーブル。他にもいろいろな物が、ただ無造作に置かれている。

 それぞれの趣味を集めたような統一感のない部屋は、各々の性格を現しているかのように整頓された場所もあれば、散らかった場所と様々だ。


「一昨日の報告書見たぜ、テッセラ」


 大きな長椅子ソファーにゆったりと体を沈め、小さく笑いを零しながら口にしたのはエクスィだった。

 一昨日とはテッセラがロウたちと鉢合わせになり、スキアと戦った日のことだ。


「煩いよ。まったく……本当に災難だった」


 眉を八の字に垂らしながら、やれやれといった様子でテッセラは肩を竦めた。


「はははっ、そうかよ。しかしあのときの美形がねぇ。やっぱ素質はあったか」

「まっ、美形といっても僕の美しさには到底及ば――」

「そんなことよりも、月が介入したことが気になりますね」


 テッセラの言葉を遮りながら言ったのは、丸机テーブルでお茶を飲んでいる、膝上まで切れ込み(スリット)の入った黒いタイトなドレスに身を包む女性だった。

 艶を帯びた髪は限りない黒に、光の加減で薄っすらとした金色が滲むような媚茶色。長い髪を後ろで一つに括り、目に少しかかる程度の前髪を少し揺らしながら、手元の本に向けていた薄桜色の瞳を持ち上げる。


「だがよ、エナ。昨日はクレイオに魔扉リムが開いたんだ。管轄の月が来てもおかしくはねぇだろ」

「わかってないなぁ、エクスィは。エナ姉は、シンカって子たちと月が触れ合ったことを気にしてるんだよ」


 屈託のない笑顔でそういった少女は、ぶかぶかなパーカーのような上着を羽織り、兎耳のついた紺色の帽子を被っている。髪は鮮やかな牡丹色で、首の左右から垂れる髪は胸元まで伸びていた。

 薄花桜色をした瞳は、クリンと大きく可愛らしい。


「ペンデに突っ込まれるとは……」


 呆れたようにそう言ったのはズィオだ。

 彼はエプタに棒付き飴(キャンディー)をあげているところだった。


「うるせぇな」

「あっ! ズィオ兄、エプタだけズルイ! ペンデにもちょうだい!」

「わかったわかった」


 ふりふりと、短いスカートの裾を揺らしながらペンデがズィオに駆け寄ると、彼女は貰った棒付き飴(キャンディー)口に含み、満足げに顔を綻ばせた。


「貴方はいつも甘いですわね」


 と、手元の資料を眺めている女性が冷たく言い放つ。

 両側で束ねた淡いマリンブルーの色をした髪は、綺麗に巻かれている。長いもみあげを手を払いながら、ズィオを見る秋桜色をしたその瞳は、実に気の強そうな印象を与えるものだった。

 胸元が開き、スカートがふわりと開いた白のドレス。箇所には黒いレースがあしらわれ、膝下の白いヒールブーツを履いた姿からもそれは窺える。


「トゥリアだってエプタには甘いだろ」


 呆れた様子でズィオが反論すると、エプタがトゥリアに駆け寄った。

 椅子に座った彼女の傍までくると、そっと顔を覗き込む。


「トゥリアも欲しかった? 食べる?」


 言ってエプタが棒付き飴(キャンディー)を差し出すと、途端、トゥリアの顔が柔らかく綻んだ。

 気の強そう瞳は優しいものへと変わり、小さな少女の頭をそっと撫でる。


「わたくしはいいですから、エプタがお食べなさい」


 そう微笑む彼女を見て、ズィオが深い溜息を漏らす。


「はぁ……ほらな」

「そんなことより、話を戻すべきじゃないのかい?」


 テッセラはなぜかポーズを取りながら、エナに話を振った。

 いちいちポーズを取る必要があるのかはなはだ疑問ではあるが、そこに突っ込む者はこの場に誰もいない。それはもう慣れた、というよりも諦めに近いだろう。


「そうですね。次の目的地はまさにその月です」


 エナの言葉に、この場にいる全員の表情が変わった。


「準備ができて早々か。年末の闘技祭典(ユースティア)まで後三ヶ月くらいだからな。まぁ、予想はしてたけどよ」


 長椅子ソファーに深く座り込んだエクスィが、高い天井を見上げた。

 その瞳に、ロウたちの前で見せたような熱はない。瞑目し、ゆっくりと肺の中の酸素を入れ替えていく。


「エナ。この話、オクトの耳には入れまして?」

「……いえ、まだ言っていません」

「それはそうだろうね。オクトの耳に入ったら、絶対面倒なことになるって――」

「私がどうした?」


 コツコツと静かに響く足音と共に、女の声がテッセラの言葉を遮る。

 たまたま部屋の前を通りかかったその声の主は、赤で縁取られた白の軍装を纏う少女だった。

 前から見たら短い髪型にも見えるがその後ろ髪は長く、細い二本に束ねられている。左側を耳へとかけるように後ろへ流し、右側の前髪は目に少しかかっていた。

 少女が黒のタイツに包まれた健康的な足を止めると、くすんだ珊瑚色の髪がその動作に合わせるように揺れ動く。


「オ、オクトちゃん」


 少女の名を零し、ペンデが引きつった笑みを漏らした。

 それでは不味いことを聞かれたと、そう言っているようなものだ。

 するとすかさず右手の指先を額にかざし、左手を差し出すようにオクトへと向けたテッセラが、彼にとって渾身の誤魔化しを入れるものの……


「なんでもないさ。君が美しいと皆で話していたところだ」


 その言葉に、周囲の視線が一斉に集まる。

 集まったどの瞳も告げていた。そんなので誤魔化せるわけないだろう、と。

 そしてそれは案の定、その通りであり……


「ふざけるな、四の字。私は貴様らアリスモスが何を考えているか、そんなのは関係ないしどうでもいい。だが、復讐は果たさせてもらうと約束したはずだ」

「待てオクト、今回はただの偵察だ。まだ行動に移すわけじゃない、はやるな」


 眼鏡を少し上げながら、ズィオはオクトの気持ちを落ちつかせる。

 彼女は訝し気に両眼を細め、少し睨むように周囲を見渡した。

 そして瞳を閉じ、小さな溜息を漏らしながら言葉を口にする。


「……月へ行く時は必ず声をかけろ……必ずだ。あと、私をオクトと呼ぶな。貴様らアリスモスと慣れ合うつもりはない」


 言い放ち、彼女は魔弾を高い天井に向けて放った。

 激しい音が部屋中に響き渡り、ぱらぱらと極小さな破片が舞い落ちる。


「絶対に許さない……あの男だけは。――待っていろ、ロウ」


 静かに、しかし憎悪を宿した声でそう言い残し、オクトはその場から立ち去った。


「ありゃ、相当だな」


 小さな溜息を零したエクスィが、再び天井を見上げる。


 ミソロギアに現れた深域アヴィスの奥にあった古城。その周囲を覆う(リング)の中央にあったものと同じ大きな時計が、天井一面に広がっていた。

 時計から等間隔で突き出ているのは、七つの武器を模した彫刻。

 武器の彫刻が差す先には、それぞれ違う紋章が刻まれている。

 その内の一つ。

 弓の指し示す月と薔薇の紋章に、焦げたような跡が残っていた。







 朝を迎えると、準備を済ませたロウたちは宿の受付前ロビーに集まっていた。

 これから城へ行き、挨拶をすませた後はスキアと合流。新たな町へと向かうこととなる。


 王都クレイオでの滞在は実に短いものだったが、本当に濃い滞在だった。

 手に入れたものは多く、そして大きい。

 ケラスメリザと良き関係を結べたこと。パソスの語った話。セリスの目覚め。ロウの過去への手掛かり。そして、魔憑を多く抱えているであろうスキアの国への切符。

 これから何が待ち受けているのかは想像し得ないが、楽な道でないのは最初からわかっていたことだ。新たな地へ踏み出すことに、誰の目にも迷いはなかった。


 大抵の宿は先払いがほとんどだが、ここクレイオの宿は珍しく後払い制だった。

 それだけこの王都が平和だという証明だろう。

 つまり、最初にたまたま窃盗スリにあったのは、実に運が悪いことだったともいえる。実際、食い逃げや窃盗といったことがまったくないとはいえないが、この王都では頻繁に起こるようなことではない。


 そこで抱いた疑念はやはり、昨日のデュランタとの遭遇だった。男たちを使ってシンカたちを足止めしたりしてた以上、最初の窃盗スリも彼女の差し金か。

 ロウたちの歩む運命を阻止するにはカグラの導きの札(カード)を奪うのが一番だが、しかし、それをするにしてはあまりにも雑だ。自ら奪ったほうが間違いなく手っ取り早いだろう。が、昨日の彼女の狙いはロウだった。


 これまでのデュランタの行動に一貫性を見いだせず、まるで理解できないが、それを今考えても残念だが納得のいく答えはでないだろう。

 そう思いつつ、ロウが宿代を支払おうとすると……


「結構ですよ。宿代は昨日、鎧を着た二人組の方に頂いております」

「え?」


 受付の老人の言葉に、面々は顔を見合わせた。


「多めの宿代を置いて、皆様がゆっくり休めるようにと」


 王都での相場は知らないが、確かに今朝の朝食は宿の雰囲気の割に豪華だったように思える。

 温かいスープにサラダ、厚切りベーコンに目玉焼き。焼きたてのパンに果実の飲み物と、なかなかに食べ応えのあるものだった。

 さすが王都だと思いつつも皆は内心、いくら取られるのかとどぎまぎしていた。

 それぞれがそう思っていたのを隠していたのは、各々の中での秘密だが。

 

「そうだったのか、ありがとう。とてもゆっくりと休むことができた」

「それは何より。どうぞ、お気をつけて」


 人の良さそうな老人に見送られ、一行は宿を後にする。

 朝日を浴び、ぐっと体を伸ばしながら視線を向けた先には大きな王城。

 皆はスキアとの待ち合わせ場所を目指す前に、城のほうへと歩き出した。



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