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これは君のパラミシア  作者: 御乃咲 司
第三節『これは英雄と呼ばれた咎の花』
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127.私はオトネ


「ほわぁ~……リアンちゃんのお茶っておいしいよねぇ~……じゃなかった。それでは永遠の十七歳オトネ、語ります」


 頬を赤らめながらふんわりとしていた表情をキリッと引き締めると、オトネは今にも歌いそうな前振りをし、軽やかな口調で語りだした。


「私の生まれはアフティちゃんと同じでニュクスじゃないんだぁ。ここよりもっと北のほう。町っていうほどの大きさでもなくて、うん、村だね村。その村の領主の娘だったの。ソバリー家って言ってね、何一つ不自由のない暮らしをしてた。毎日綺麗な服を着て、おいしい物を食べて、それが当たり前だったの。厳しい家だったからお稽古は辛かったけど、音楽は好きだった。ピアノや笛、楽器を演奏するのが私の趣味。どう? お嬢様っぽいでしょ?」

「あ、あぁ」


 目を輝かせながら言うオトネに、セリスとリアンは半ば引きつった笑みで相づちを打った。

 いきなりそんなことを言われても、今のオトネはどう見てもお嬢様の雰囲気がまるで感じられないのだが。


「そんなお嬢様の私でしたが、村が栄えていたわけじゃない。私の生活は、村の人たちに支えれてただけ。村の人たちがたくさんの事を我慢してる中、私の家族だけは裕福だった。その意味はわかるでしょ? つまり、私の家族は村の人たちみんなに恨まれてた。全然いい領主じゃなかったんだよね。そんなことに知りもしなかった私は、あるきっかけでそれに気付くことができたの」


 両手で持った湯呑へ視線を落とすと、小さな溜息を吐きながら瞑目した。

 そして瞼の裏に焼き付いた、過去の自分つみをゆっくりと見つめるように言葉を重ねていく。


「近所の子供たちと遊んでる時にね、言われたの。きっと我慢の限界だったんだろうね。お前の生活は俺たちの犠牲の上にあるんだぞ、って。でもその子はハッとしたように蒼ざめた表情で何度も謝ってきた。でもさ、私にはその理由がわからなかったから、親に聞いちゃったんだよ。そしたら血相を変えたお父さんが家を飛び出してね。次の日、その子の家族は村を出て行った。その時の恨むような目は忘れられないなぁ」


 自嘲するような笑みを浮かべ、オトネはその男の子の顔を思い返した。

 今はどこでどうしているのかもわからず、生きているのかもわからない。

 ただ、初めて向けられた恨みの籠った瞳だけは、ずっと忘れることができなかった。


「でも、そんなことを続けてる私たち家族に天罰が下らないわけないよね? だからきっとこれは必然だったんだよ。ある日、開いた魔門ゲートから現れた降魔にね、私たちの村が襲われたの」


 オトネは話を切り、ゆっくりとお茶で乾いた喉を潤すと、ふっと一息ついた。


降魔こうまに魔力の高い者を襲う習性があるの、知ってるよね? 私の家系の魔力基準値は高かったみたいでね。真っ先に襲われたのが私の家だった。金ならやる、いくらでもやる、だから誰か助けろ。お父さんはそう叫んでたけど、誰が助けてくれるだろうね? むしろ、私たちには死んでくれと思ってたんじゃないかな。それで誰も助けが来ないのを悟ると、お父さんは私を地下室に押し込んでこう言ったの。お前はここに隠れてろ。大丈夫、必ず助けを呼んでくるから、ってね」


 今でも鮮明に思い出せる。そのときの父の顔も、母の顔も、その声も。

 どれだけ忘れたくても、忘れることなんてできなかった。

 親を愛していたからじゃない……いや、当時は確かに愛していた。

 しかし、忘れたくても忘れられないのは、そのときの表情と声音が、オトネの心に深い傷を刻み込んだからだ。


「でも、お父さんもお母さんも戻って来なかった。私もね、それを期待してなかったの。だってね、そう言った時のお父さんとお母さん……必死だったもん。私を助けることにじゃなくて、自分たちが生き残ることに。魔力基準値が一番高い私を囮にして、自分たちだけ助かろうと思ったんだろうね。……降魔はさ、それを許さなかったみたいだけど。あっ、それ、食べないならもらっていい?」

「えっ? あっ、おう。いいぜ」


 セリスの近くにあるチョコレートを受け取ると、オトネはその包みを開いて口に含んだ。


「降魔はね、ある程度の魔力を食べると満足して中界に引き返すんだよ。お父さんやお母さんを追いかけることもできず、地下でぶるぶる震えてただけだけど、幸い私は生き残ることができた。このリボンなんだけど、ここ見て、ここ。小さな魔石がついてるでしょ? これね、自然と外に流れる魔力を抑える効果があったみたいなの。だから降魔は私のところに来なかったんだろうね。ちなみに、このリボンは隊長からの贈り物で、魔石は昔行商のおじさんから買ったリボンについてたのを付け替えたの。このリボンと魔石は、私の大切なお守りなんだよ」


 リボンを外し、オトネは両手に掴んだそれを愛おしそうに見つめた。

 自分の命を守ってくれた魔石もそうだが、そのリボンがオトネにとって、初めて本当の愛のある贈り物だったから。


「しばらく時間が経ってね、外が静かになった頃、私は地下室から外に出た。するとね、外はとても悲惨な光景だったよ。瓦礫となった建物に荒れた土地。泣き叫ぶ大人に子供。多くの人が死んじゃったんだって、すぐにわかった。それでね、目の前をお母さんって泣きながら歩く子供を見かけて、急いで駆け寄ったの。するといきなり石が飛んできてね。私は最初、何が起こったのかわからなかった。驚いて周りを見渡すと、みんな憎しみのこもった目で私を見てるんだよ。なんでお前が生きてるんだ。なんで私の子供が。なんで僕の親が。なんでお前が死ななかったんだ、ってね」


 そのときオトネは、自分たち家族がいかに恨まれていたのかを深く理解した。

 親は死に、一人で何もできない少女にもう遠慮なんてする必要がない。

 村人のたまったうっ憤も憎悪も、このとき遂にはち切れたのだ。


「石を投げられて、棒でぶたれて、殴られて、蹴られて、髪をひっぱられては叩き付けられて……でもいざ死ぬ、って思ったときの力ってすごいんだよね。なんとか逃げて振り切って、私はコソコソ隠れるように過ごしたんだぁ」

「……村からでることは考えなかったのか?」

「無理だよ。リアンちゃんはもう忘れちゃったの? 言ったでしょ? 私はお嬢様だったんだよ? えっへん」


 なぜか胸を張りながらそう言ったものの、周囲の瞳は哀切なものだった。

 お道化るようなそういった空気でないことを悟ると、オトネはぎこちない表情で苦笑しながら……


「って違うか~、えへへっ。まぁでも箱入りだったからね。村から出たことなんてないし、近くの町までの距離もわからない。どっちに進めばいいかもわからない。初めての土地に一人で踏み出すのがね、怖かったんだよ。隠れながらの生活の中、やっと気付いたことはね、私の毎日がどれだけありがたいものだったかってこと。本当の空腹なんて知らなかったし、ふかふかじゃない布団以外で寝るなんて考えられなかった。でもそんな生活もたった一日で終わり。世間知らずの私が丸一日も隠れれたのが、逆に奇跡だよね? 村の人たちに見つかっちゃった」


 俯けた顔。その表情は分からないが、湯呑を握る両手は小さく震えている。

 どんなときでも笑顔を絶やすことのない少女。

 小さい身体にたくさんの元気を宿す少女。

 そんな彼女の怯えるような今の姿を見たのは、初めてのことだった。


「……怖かった。殺されると、思った。もう……死んじゃうんだって、そう思った。でもそんなとき、村へやってきたのが隊長だったんだよ」



 ……――――――――――


「お前たち、何をやってるんだ!」

「ッ!? し、使徒様……これは……」


 男は群がる人を掻き分け、地面に這いつくばる少女を抱き起した。


「大丈夫か?」

「……」


 苦痛と恐怖の涙で顔を歪め、小さな体を震わせ、いたるところに青痣を作り血を流し、ぼろぼろに汚れた少女が小さく頷くと、男は立ち上がって皆を見渡した。

 

「どんな事情があるにせよ、小さな女の子を大人が囲んで暴力を振るうのは恥ずべき行為だ」

「そ、その子が悪いんだ! 俺たちは悪くねぇ! そいつ一人が犠牲になってりゃ、俺の息子が死ぬことはなかったんだ!」

「そうよ! 私の……私の娘を返しなさいよっ!」


 幾度も飛び交う言葉はどれもこれも無茶苦茶だった。

 しかし、親を失い、子を失った人たちのやり場のない怒りが、普段からもっとも恨みを向けていた少女へと集まってしまうのも無理のないことだろう。

 人は理性的な生き物だが、すぐに理性を失ってしまう動物だ。

 何が正しくて、何が間違っていているのか、正確な答えなどない方が多いこの不条理な世界で、理不尽にも大切な者を失った……それは人の理性というたがを外すにはあまりに十分すぎるものだろう。


 すると、男は騒ぎ立てる村人へと、大きな声を振り絞った。


「それは違う!」


 周囲の騒めきが一瞬にして掻き消え、村人たちは驚いたように見開いた瞳で男を見つめていた。

 そんな中、男はそっと瞼を下ろし、自分への怒りを抑え込む。

 こんなにも小さな少女に罪を背負わせてしまった自分への、多くの犠牲者を生み出してしまった自分への、沸騰するような激しい怒りを押し止めた。

 そして、ゆっくりと目を開き……


「降魔を倒すのは俺たちの役目だ。皆を守るのが俺たちの役目だ。それなのに、俺は己の役目を果たせなかった。お前たちの親を、子を奪ったのは降魔だが、それを許してしまったのは俺だ。断じて、この子のせいじゃない。だから、恨むなら俺を恨め。怒りをぶつけたというのなら、俺にぶつけろ。それでお前たちの気が少しだけでも……満たされるなら……」

「――ッ!? そ、そんなこと……言われても……」


 村人たちは困惑した表情で互いを見合った。

 当然だ。そう言った男は普通の人間とは違う、降魔と戦う力を持った月の使徒。それだけでその地位は一般兵よりも高く、多くの者たちから尊敬の眼差しで見られるような存在だ。……おいそれと手を出していい相手ではない。


 しかし当然、それは男もよく理解していることだ。だから……


「大丈夫だ、心配するな。俺は何もしない。上への報告もしない。お前たちが俺に手を出しても、誰もお前たちを責めはしない。誰もお前たちを咎めない。お前たちもこの子と同じく……犠牲者なんだから。……本当に……すまなかった」


 そう言って男が深く深く頭を下げると、困惑するような静寂がこの場を包み込み……弱々しい勢いで飛んできた石が、男の頭に当たった。

 それはまだ幼い少年の投げた石だった。

 そしてその石を皮切りに、何度も飛んでくる石や罵声。お前のせいだ。月の使徒がもっとしっかりしていたら。俺たちを守るのがお前の仕事だろ。娘を返せ、息子を貸せ、お父さんを返せ、お母さんを返せ。――お前が殺したんだ。


 何度も何度も飛んでくる石や声(ぞうお)を、頭から血を流しながら、心に血を流しながら、無念と後悔を味わいながら、男はじっと耐え続けた。

 そんな男を前に、少女はただ震えるばかりで何もすることができなかった。


 そうしてしばらくすると、途端に冷静さを取り戻した村人たちは気まずそうに困惑した表情を浮かべながら、中には顔を青ざめながら、その場を去っていった。

 

 再び周囲が静けさを取り戻すと、少女の口から涙混じりのか細い声が零れ落ちる。


「あっ……あの……わ、私……」

「すまなかった」


 そんな小さく震える少女を、男は震える手で強く優しく抱きしめた。


「……え?」

「本当にすまなかった。悪いのは俺だ。だからどうか、村の人たちを恨まないでくれ。憎しみに囚われないでくれ」

「で、でも……みんな……私が悪いって……」

「君は何も悪くない。何も悔いる必要はないんだ」


 途端、少女の顔がくしゃりと歪む。


「だったら……どうして……みんなは私をいじめたの?」

「っ……俺が、みんなを助けることができなかったからだ」

「お兄さんが……悪いの?」

「そうだ」

「でも……たすけてくれたよ?」


 その言葉に男の胸は痛んだ。


「助けたんじゃない。俺が背負うべき罪を、君が代わりに背負ってしまった。それを返してもらっただけだ」

「……わ、わかんない……わかんないよ」

「怖かったよな。辛くて、苦しくて、不安で……痛かったよな」

「うっ……うぅっ」

「……ごめんな」


 少女は泣いた。男の胸の中で、たくさん泣いた。

 家を失い、親に見捨てられ、人に憎まれ、たくさんの暴力を受け、たくさんの罵声を浴び……そして最後に得たのは、人の温かさだった。


 そのとき少女は、また新しいことに気付くことができた。

 振り返れば、最後に親に抱きしめられたのはどれほど昔のことだろうか。

 思い出すこともできないほど、それは遠い記憶だった。

 人の温もりに包まれることがこんなにも幸せだということを、少女は知った。


「落ち着いたか?」

「……うん」

「君の名前は?」

「フィニア・ソバリー」

「フィニア。俺が君に与えられる選択肢は限られている」

「なに?」


 両眼を赤く腫らしながらも落ち着きを取り戻した少女が、小さく首を傾げた。

 限られた選択……それはどちらも辛く苦しいことだろう。

 それでも男はきちんと伝えなければならない。この先、少女が生きていく為に。


「一つは新しい土地に移り住むこと。住む場所も働き先も、俺が責任をもって面倒みよう。希望通りにとはいかないし、不自由させるかもしれないが……少なくともここにいるよりはいいはずだ」

「二つ目は?」

「これはおすすめできないが、月の使徒への門をたたくことだ。月の使徒になれば国からの援助を受けることができる。だが、それは命を懸けるということだ。いつ死ぬかもわからないし、厳しい訓練が待ってる」

「お兄さんは月の使徒?」

「そうだ」

「じゃあ二つ目にする」


 一切の迷いもなく答えた少女を前に、男は目を丸くした。

 さっきの自分の姿を見て、どうして後者を選ぼうと思ったのか。


 誰かを守るという事は、誰かに憎まれるという事でもある。それは人という生き物のほとんどが、都合の良い素直な生き物であるからだ。

 護ることができれば多大なる感謝を、できなければ悍ましい憎悪を向ける。

 仮定など関係なく、皆が求めるのは結果だ。どれだけ命を賭けようと、どれだけ傷つこうと、結果として護れたか護れなかったか。


 当然、皆が皆そういう人ばかりではないし、たとえ護れなかったとしても感謝の思いを向けてくれる人も大勢いる。

 だが、前者のような人間も多くいるというのは、紛れもない事実だ。


「すぐに決める必要はない。もう少しゆっくり考えたほうがいいんじゃないか? 君の人生を左右する問題だ」

「考えても一緒だよ。お兄さんについていく。だめ?」

「だが……」

「ねぇ、お兄さん。一つお願いしてもいいかな?」

「なんだ?」

「私に……名前をください」


 そう言った少女の瞳は真剣だった。

 生まれた環境になんの疑問も持たず、親に見捨てられ、家を失い、人に憎まれた少女にとって、それは過去の自分との決別なのだろう。

 撫子色の瞳と力強いその声には、新しい自分へと生まれ変わるための、とても少女とは思えないような確かな決意が込められていた。


 初めての選択。初めての決意。初めての意志。

 小さな少女はこのとき、確かにしっかりと自分の目的と未来を見据えていた。

 死を感じ、生を諦め、それでも拾ったその命を、なんのために使うのかを。


「……そうか。君の決意を疑ってすまなかった。だが俺に名前のセンスはない。それでもいいのか? 自分で決めてもいいと思うが」

「お兄さんに決めて欲しいの」


 自分を救ってくれた人。人の温もりをくれた人。

 憎悪に満ちた闇の中、優しい光で照らしてれた人だから。


「そう、か……君の趣味はなんだ?」

「音楽が好き。楽器を弾くの」

「わかった。そうだな……だったら君は今日からオトネだ。少し安直な気もするが、そこは許してくれ」

「……オト、ネ……オトネ。……私は……オトネ」


 少女はその名前を噛み締めるように、何度か呟いた。


「どうだ?」

「うん――私はオトネ!」


 そう言って、オトネは嬉しそうに、初めて少女らしい笑顔を見せた。


 ……――――――――――



「そこから私の怒涛の快進撃が始まるの! 隊長と同じ隊に所属するために、頑張って頑張って頑張り過ぎてたまに倒れて、また頑張って頑張って。そう、私はオトネ! 実は頑張れる子だったのです! なのに隊長はいなくなっちゃって……私はスキアちゃんの下で働くために月の使徒になったんじゃないんだよぉ~」

「悪かったな……」


 ぷっくりと頬を膨らませるオトネに、スキアは苦笑した。


「って、セリスちゃん。なんで泣いてるの?」

「ぐずっ……だってよ……あんまりじゃねぇか。なぁ、リアン」

「うむ。お前たちがブラッドを慕う理由はよくわかった」


 涙と鼻水に濡れるセリスとは対照的に、平然と言ったリアンは収納石から取り出した水筒ボトルのお湯を急須へと注いだ。


「でめぇ、リアン! お前はなんども思ばねぇのがよ! ずずずっ」

「煩い奴だ。俺たちも親は知らんし、親代わりだったシスターも失った。だが、それを今更不幸だとは思わない。それは今の時間がそれだけ大切だと思えるからだ。お前たちもそう思えるから今笑っていられるし、大切な仲間を取り戻そうとしている。そうだろ?」

「そう! そうなんだよ、リアンちゃん! だから私たちには隊長が絶対に必要なの! これからの時間を笑って過ごすためにも、コホッコホッ。話し疲れたのでお替りください」


 むせたオトネが何度目かわからない空になった湯呑をそっと差し出すと、リアンは優しい笑みを浮かべながら、何も言わずに急須を傾けた。


「……すまなかったな」

「え?」


 初めて外界に来た時、名前を呼ばなかったリアンに対し、オトネがやけに食いついて来た理由を知ったことがあった。

 聞きとれないほど小さく述べた謝罪にオトネは首を傾げるも、リアンは小さく首を左右に振って答える。


「リアン。お前って前からわかってたことだけど、ほんといい奴だな。あらためて思ったぜ」

「なっ!?」

「えぇ、俺は少し勘違いをしていたようです」

「へっへ~! そうだぜ? リアンは不愛想だけど実はいい奴なんだ――ぶへっ!」


 まるで自分の事のように自慢気な笑顔を浮かべたセリスの声を遮ったのは、リアンの長剣の鞘から繰り出された鋭い刺突だった。

 大きく吹っ飛び、ゴロゴロと転がるセリスをよそに、リアンが低い声を漏らす。


「俺が……なんだって?」

「はははっ……なんでもねぇです」


 スキアが乾いた笑みを漏らすと、リアンは小さく溜息を吐いて、話題を逸らすようにアフティとオトネへ視線を送った。


「そういえばお前たちに聞きたいことがあったんだ。今、内界はどうなってる?」

「それはミソロギアとケラスメリザのことですか?」


 問い返したアフティにリアンが軽く頷き返すと、にこにこと笑顔を向けながら答えたのはオトネだ。


「それなら大丈夫だよ。ミソロギアとクレイオに、簡易的な駐屯施設を建てたからね」

「それはつまり、内界の人間に接触したということか?」

「えぇ、そうです。特にミソロギアの魔門おいては、魔扉リムがすでに深域アヴィスになった状態です。いつ中から降魔が現れるかわかりません。当然ミソロギアは注意を向けているでしょう。気付かれないように降魔を倒すのが不可能なら、事前に正体を明かしておいたほうが、事はスムーズに運びます」


 これまで外界の者が内界へ深く関わることをしなかったのは、時折開く小さな魔扉から現れた降魔を倒し、逸降魔に注意を向けているだけでよかったからだ。

 だが、内界に深域がある以上そうも言っていられない。


「ま、心配すんなよ。ゲヴィセン議長とパソス陛下に謁見したのはアルテミス派の奴だから、何も問題は起きてねぇし、駐屯施設を作るのにも快く応じてくれたしな」

「……そうか」


 一言漏らし、リアンは安堵したように口の端を少し持ち上げた。

 今頃、ミソロギアにいるはずの幼馴染みたちの顔を思い浮かべながら。

 



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