俺、再び地下に行く
俺達はエリーを仲間に加え、滅んだエルフ族の都、今は廃墟となった『ディア・ドゥナン』に来ていた。
『ディア・ドゥナン』は広大で、一日では全てを探検する事は出来ない、日が暮れ始めて時刻が夕方になった時、俺達は帰宅する事に決めた。
丘の上でエリーは名残惜しそうに、崩れかけたかって美しかったエルフ族が造った廃墟を見続ける。
風になびく銀髪は夕方のオレンジの光を反射し、エリーをかって世界中の全ての場所に存在していたエルフ族そのものでは無いのか?と錯覚する程に、
彼女を美しく浮かび上がらせていた。
メリーが嬉しそうに俺の方に向きながら、「今日は楽しかったね、ねぇねぇ、明日はさぁ、エリーに天空の都、メルコダを見せてあげようよ!」
俺は首を横に振りながら、「ダメだ、明日はまた『ハイドル霊廟』に潜る。」
メリーは嫌な顔をして、「えええっ、まだ潜るの!お金入ったんだよ!もういいじゃん!」
俺はメリーに言い聞かせるように、「ダメだ、俺達の契約は金の支払いじゃ無い、一日に『渦霊の宝石』を二百個、合計六千個を『運営堂』に納品する事であり、此は納品依頼だ、それを放棄する事は出来ない。」
メリーは両頬を膨らませて俺に文句を言った。
「ぶぅぅぅ、だったら、またバザーから買えばいいじゃん。」
それは無理だ、俺はメリーにどう説明しようかと考えていたら、マリーが助け舟を出してくれた。
「メリー、バザーは冒険者同士の自由市場だから市場にルールが無いの、だから今日、私達がバザーから二百個の『渦霊の宝石』を調達した事により、冒険者達は明日も需要が有ると思って宝石に倍の値段を提示して来る筈よ。」
メリーは驚いて、「えっ!倍の値段!って一個、4000G!」
俺は頷きながら、「そうだメリー、此のまま俺達がバザーから宝石を大量に買ったら、更に明後日には一個8000Gになる、だからバザーでの大量購入は危険なんだ、『運営堂』や商人達はバザーを使わない、彼等は商人組合の市場から購入するか、俺達、冒険者に直接納品依頼を依頼する、そしてそれは俺達、冒険者にとっては重要な収入源でもある。」
メリーは肩を落として、「そうなんだぁ、ガッカリ、でも、本当に彼処は厭きた!」 と我儘を言って駄々を捏ねる。
それを聞いていたエリーは、「私の事で気を使っているのでしたら、大丈夫です、私は皆さんが冒険に行く所なら何処にでも着いて行きます!」
冒険って、俺とマリーは顔を見合わせた、地下洞窟での石拾いは冒険者の冒険と言うより、工場労働者の単純作業と同じだ、毎日同じ事の繰り返しでノルマを達成する迄は止める事は出来ない。
エリーが夕日に向かって大声で叫ぶ、「あんなの冒険じゃないなよぉぉぉぉぉ!もうやりたくないよぅぅぅ!!」
こうして、『ディア・ドゥナン』の楽しい一日は終った。
エリーは神殿に豪邸を持っているのだが、冒険者の貧相な生活を体験したいと、契約期間中は俺達の家に泊まる事になった。
マリーとメリーとエリーで我が家の南にある、スーパーキングサイズの天蓋付きベッドを使い、俺はダイニングキッチンにあるダイニングテーブルのベンチで寝る事にした。
俺は自分に二週間の我慢と言い聞かせて、おやすみなさいした。
翌朝、俺達は朝メシの後に其々の役割を決めた。
納品依頼である地下洞窟での宝石集めでは大型魔物は殆どいないので、魔物の注意を引き付ける盾職や錬金術師は要らない。
雑魚の小型魔物が希に落とす宝石をいかに早く集めるかが重要だから、高速移動、高速攻撃が得意な探索者に俺とマリー、メリーは職種変更した。
但し、高速移動高速攻撃は大量のスタミナを消費するので、スタミナ回復役の僧侶か魔法弓師が必要になる。
僧侶のスタミナ回復魔法は固定した場所にスタミナ回復範囲を作るので我々がその場所に行くか、行く場所に前以て範囲を設置する必要が有る、しかし魔法弓師の場合はスタミナ回復の魔法矢を相手に打ち込むだけなので、我々の行動を阻害しない。
俺はエリーの職種を魔法弓師に変更した。
「えっ!」、エリーは驚いて俺の顔を直視し、そんなエリーに俺は語った、
「まぁ、分かったろ、エリー、俺は特別でね、複数の職種が使える、だから、俺のビショップも複数の職種に変更出来る。」
メリーが嬉しそうにマリーに説明する、「エリー、一般には知られていないけど、複数仕事人は珍しく無いんだよ、貴族の子弟に時たま生まれるんだけど、うちの旦那様のように九つの職種を持つ人は私も始めて。」
エリーはビックリした表情で、「レイ様は、貴族の家系の方だったのですか!」
俺は慌てて否定した。
「違う!違う!俺は異国の放浪者で貴族じゃない、だいたい俺の国では普通に皆、複数仕事人で一仕事人のほうが珍しいんだよ。」、ゲームの中だけどね。
エリーは感動して、「そんな国も有るんですか!・・・私も何時かその国に行ってみたいと思います。」
有る事はあるけど、其処が何処に在るのか、どうやったら行けるのか俺には分からないんだよ、エリー。
だから、俺は帰る事が出来ない。
マリーが気を効かして口を挟む、「でも、御主人様、なんだかエリーの魔法弓師の強さが始めての職種にしてはかなり強く感じられますが?私の気のせいですか?」
確かにエリーの魔法弓師の職種レベルは70を越えていた、マリー、もメリーも始めての職種は10レベル代からスタートして、あっと言う間に俺を抜いてしまうそれが普通だった。
「否、マリー、君は正しい、エリーは始めての魔法弓師でレベルが76、僧侶と代わらない強さだ、たぶん彼女の持つエルフの血が関係していると思うんだけど」
エリーは驚いて、「強さのレベルですか?」
今度はメリーが俺をフォローして、「それさぁ、レベルって僕達の旦那様だけが見える、強さを数字で表した表現なんだよね、旦那様は魔物の強さも分かるんだよ。」
エリーは更に俺を見ながら、「もしかしてレイ様は、とんでもない方なんですか!」
俺は首を振りながら、「残念だが、俺は君が小説に書くような主人公じゃない、英雄は狂気のディアマンドを倒した神殿勇者レオンハルトのような奴だ。」
エリーは、「知っています、レオ様は有名ですから、でも、」、「エリー、此が君の使用する武器だ。」
俺は彼女の話しを遮りながら、収納カードから店売りでは一番レベルの高い魔法の弓クリフォプロセウケーを取りだし、彼女に渡した。
「此は、魔導弓ですね。」
俺は感心しながら、「流石、作家さんだ、武器の事を理解しているようだな、使い方は分かるかい?」
エリーは手に持った魔導弓を見ながら、「何となく分かります、手にした瞬間、スキルが浮かんで来ました。」
俺は頷いて、「オケー、其で良い、じゃ実戦でスキルを試してみよう、今日行く地下洞窟は『ハイドル霊廟』だ、彼処の一層は初心者向きだから新職種の慣らしには調度良い。」
エリーは嬉しそうに、俺に頷き返し、
俺達は今日のノルマを達成する為に『ハイドル霊廟』に向かった。
魔法弓師になったエリーは、最初はスキルの使い方に戸惑っていたが直ぐに慣れて、また僧侶で鍛えた支援のセンスとタイミングは素晴らしく、また支援系魔法矢の追尾能力、その魔法矢の届く距離は俺達の誰よりも格段に優れていた。
エリーのお陰で俺達はスタミナの消費を気にする事無く高速に移動攻撃しながら『渦霊の宝石』を集めていたが、此処で一つの問題点が分かってきた。
「つまり、魔法弓師では探索者の移動速度には着いてこれないって分けで、さてどうしたもんか。」
「ハァ、ハァ、ハァ、だ、ハァ、だいじょ、ハァ、大丈夫、ハァ、大丈夫です、ハァ」
エリーは全力疾走で俺達を追い掛けてきた後、床に跪いて肩で息を切らしながら必死で俺達に迷惑を掛けまいと、大丈夫を繰り返していた。
メリーが苦しそうなエリーを見て俺に、「此れじゃ無理だよ、やっぱり、エリーも探索者に成ってもらったほうが良いんじゃないかなぁ。」
俺は首を振りながら、「四人が探索者じゃもったいないし、だいたい低レベルの一層だから俺達は全力疾走してるんで、中層、最下層はもっと時間がかかる、この一層を何とか成れば良い。」
マリーは不思議そうに、「何か考えが有るんですか?」と俺に聞いてきたので、
「一層、中層は俺がエリーを背負って疾走する。」
マリー、メリーも驚いて、「ええええええ!」
メリーは更に、「狡い!狡い!私もおぶって!おぶって!」と駄々を捏ねたので、五月蝿いから適当に、
「あぁ、分かった、分かった、六千個納品が終ったらな。」とあしらった。
結局、俺はエリーを背負って一層から深部の三層を疾走する事になった、最初は速さに怖がっていたエリーも慣れると、俺に背負われた状態から上手に回復系の魔法矢を射てるようになった。
エリーが俺達と一緒に宝石の採集に参加しても、一回の地下洞窟から採集出来る『渦霊の宝石』の数は二十五個前後で数は変わらない。
俺達が疾走する時間も早くなる分けでは無いので地下洞窟を周回する回数も多くはならない。
変わったのは、スタミナの回復に高価な『高級ガラナエキス』を使わなくてすむようになった事だ。
経済的に俺達は少しユトリが出たので、例えば二百個に後十個足りなかったらバザーから買う事も出来るし、二百以上は貯金としてキープして、一日を休暇に当てる事も出来た。
そして、休日はメリーの故郷の天空の黄金都市メルコダに行き、エリーはその美しさに凄く感動していた。
エリーにとっては、つまらない『渦霊の宝石』の採集も、冒険者の立派な仕事だと考えているようで楽しくてたまらないそうだ、そんなエリーに影響を受けて、マリーもメリーも楽しく仕事をするようになり、会話は何時しかガールズトークとなり、休憩は地下洞窟内での御茶会で盛り上がった。
こうして、あっと言う間に宝石は明日で六千個納品すると分かった時、俺に背負われたエリーは始めて俺に自分の気持ちを伝えてきた、それは必死に俺にしがみつきながら、
「此のままずうっと、一緒にいてはいけないのですか!」
声が震えていた、たぶん泣いていたと思う。
俺は彼女に返す言葉を思い付かなかった。
やがてその日の『ハイドル霊廟』の周回も終わり、
『運営堂』との契約、『渦霊の宝石』の五千八百個の納品も終わり、
そして、エリーとの契約も明日で終わる日の、
夜を迎えた。