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エミリーちゃんは腐りかける

「エミリー氏! 先日勧めた例の動画、見て頂けましたか!?」

「え? え、ええ……まあ」

「あれには続きがあるんだけどねー」


 先日のコミケの一件で、すっかりオタク女子に同族だと思われてしまった可哀想なエミリーちゃん。Noと言えない日本人精神を彼女も半分くらいは受け継いでいるからか、半ば無理矢理オタク知識を深める羽目に。面白いから読んでみてと言われて持たされた漫画を帰りの電車の中で投げ捨てたい衝動にかられているのかピッチャーのような挙動を繰り返してはため息をつく彼女に、彼氏としてもどう反応すればいいのかわからない。


「エミリーちゃん、今は空いているとはいえ電車では大人しくしようよ」

「それが彼氏の反応ですか!? 可哀想な私を慰めるべきじゃないんですか!?」

「クラスメイトとの付き合いって難しいよねえ」


 学校におけるオタクの地位というものは決して高いものではないし、最底辺に位置することも珍しくない。どちらかと言えば、スクールカースト最底辺の人間がオタクになるのかもしれないけれど。しかし昔に比べるとオタクの数も随分増えてきたらしく、おいそれと無碍にはできない存在なのだ。俺みたいなヤンキー、チンピラが現実世界の暴れ者なら、連中はネット世界の暴れ者というわけだ。ネット世界の暴れ者に人生を壊されかけたエミリーちゃんからすれば、オタクは嫌いな相手であると共に、顔色を伺わないといけない相手でもある……そのくらいのトラウマがあるのだろう、何だかいじめっ子といじめられっ子の関係みたいで悲しい。向こうに現状悪意がないのが不幸中の幸いだけど。俺としても、彼女にオタクになって欲しくはないし現に当初はオタクグループを毛嫌いしていたけれど、最近では社会に反抗するなんて趣味よりはオタク趣味の方がずっとマシだろうなんていう考えになってきて、複雑な感じだ。


「はぁ……ストレス解消に漫画でも読みますか」

「ストレスの原因から借りたものだけどね」


 今日だけで何度幸せを逃がしたことだろうか、せめて漫画がエミリーちゃん好みのものならいいのだけど……と一緒に漫画を開く。表紙はカッコいい男が二人楽しそうに会話している、青春っぽい感じで面白そうな気はするのだが。


「……」

「……」


 無言で黙々と読みながらページをめくるエミリーちゃん。そんな彼女のペースに合わせて漫画を読む俺。男同士なのにやけにべたべたしてるなあなんて軽く拒否反応を起こしながら読み進める。段々と男同士のスキンシップが過激になってきて、このままいけばまずいことになるんじゃないかと危惧していたのだが、どうやらその予想は当たったようで。


「……!? な、ななな?」

「うわ……」


 男同士がほとんど全裸でベッドに横たわり、くすぐりあっているなんて光景は、例え漫画だとしても男の俺には見るに堪えがたい。女のエミリーちゃんからすればどうなのかと様子を伺うと、手で顔を隠しながらもチラチラと見ているようだった。


「な、なんてものを見せるんですかあのキモオタは!!!」

「……女の子って、そういうのが好きなんだっけ? ホモが嫌いな女の子はうんぬんかんぬんって聞いたことあるよ」

「私は違います! 同性愛なんて気持ち悪い! マイノリティの癖に声だけはでかい、まるで喫煙者ですね、差別されて当然です。吉和さんも気を付けてくださいね、税金多く払ってるからって喫煙者は迫害される存在ですからね」

「同性愛者と喫煙者を一緒にするのは失礼では……いや、どっちに失礼なんだろう?」


 すぐに漫画をバタンと閉じてカバンにしまい込むエミリーちゃん。恋人としては勿論彼女が同性愛に興味を持つのは望ましくないし、いわゆるところの『腐女子』ってのはオタクの中でも最高にアレな存在だと思っているけれど、この反応の仕方は嫌よ嫌よも好きのうち、というやつではないだろうか。



「な、なんて漫画を読ませるんですかこのゴミクズナード!」

「む? お気に召しませんでしたか?」


 翌日。らしくもない暴言を吐きながら、漫画を彼女に貸し出したオタク女に詰め寄るエミリーちゃん。


「私には恋人がいるんですよ!? 私はノンケなんです!? 男と女のラブが好きなんです!」

「いやいや、最近は恋人持ちの腐女子も多いですぞ」

「そういう問題じゃない!」


 エミリーちゃんの口から恋人がいるという発言が飛び出したのはとても嬉しいが、どうしてオタクってのは人の話を聞かないのか、遠巻きに聞いているだけで頭が痛くなるようなエミリーちゃんとの言葉のドッジボール。エミリーちゃんも『私には合いませんでした』って普通に漫画を返せばいいものを、あんな反応したら照れ隠しと取られても仕方がないと思うけどね。



「はぁ……オタクだと思われることすら嫌なのに、ゾンビ女と思われるなんてもう生きていけません。あ、ゾンビならもう死んでますね。はぁ……」

「よしよし、エミリーちゃんは男と女のラブが好きなんだよね、俺といっぱい愛を確かめようね」

「ちょっとキモイですよ」

「……」



 そしてその日の帰り道、なんだかんだ言って夏休みのあの日以来エミリーちゃんを抱くことができていなかった俺は人のいない電車の中でエミリーちゃんに自分がノーマルであることを確認させるためにキスをせがんだのだが、発言の意図が伝わらなかったばかりかキモいと言われて凹むのだった。

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