エミリーちゃんは泣ける映画で笑う
『映画見に行かない? あの泣けるって評判の』
『ああ、あれですか。いいですよ。いつですか?』
『明日の9時なんだけど、アルティで』
『わかりました』
エミリーちゃんのおかげでテストでいい成績がとれなかった俺。責任をとって夏休みは遊んでくれるというので、だったら彼女のように扱ってやろうじゃないかと早速映画に誘う。中途半端な関係ではあるがデートはデート、しかもこちらから誘ったのだ。全力で彼女にぶつかろうと翌日、朝早く起きてお風呂に入って歯を磨いて、服もきちんと選んでまるで俺が女の子の方みたいだなと苦笑いしながら待ち合わせ場所へ向かう。
「なんか、こう、ドキドキするな……」
待ち合わせ場所には早く行けばいいのか遅く行けばいいのかぴったりに行けばいいのか悩んでネットで情報収集しながら考えた結果、早く行って隠れて相手が来るのを待ち、1分後くらいに申し訳なさそうな顔をしながら待ち合わせ場所に向かい、誠意をこめて謝る。本気すぎて若干自分でも気持ち悪いとは思っているが、俺にとっては予行演習的な意味も兼ねているのでこのくらいやらないと意味がない。
「……遅いなエミリーちゃん」
ところが約束の時間を10分過ぎても、エミリーちゃんはやってこない。ひょっとしてエミリーちゃんも俺と同じ考えでどこかに隠れているのだろうかと、痺れを切らして待ち合わせ場所に立つが、そこから5分経っても彼女は姿を現さない。映画の時間には割と余裕を持って待ち合わせ時間を指定したとはいえ、これでは映画を一本逃してしまう。すっぽかされたのではと不安になった俺がエミリーちゃんにLUNEを送ると、
『え、夜9時じゃなかったんですか?』
なんて返答が返ってきた。朝の9時ときちんと言わなかった俺が悪いのか、午前午後どっちなのか聞かなかったエミリーちゃんが悪いのか、コミュニケーションというのはかくも難しい。
「お待たせしました、朝に映画を見ようだなんて健全な人間なんですね」
「高校生の分際で夜に映画を見ようだなんて不健全な人間だね。もうチケットとポップコーンとコーラは買ってるよ」
「ありがとうございます。一つ提案なんですが、今日は笑いませんか」
二人分のチケットと食べ物を買って待っていると、急いできたのかちょっと髪がはねているエミリーちゃんがやってくる。そのままシアターに向かう途中、エミリーちゃんはそんな事を言い出した。
「今日見るのは感動する映画だよ?」
「だから、ですよ。ほら、映画って笑うシーンでシアターの皆が笑ったり、泣くシーンですすり泣く音が聞こえてきたり、一体感あるじゃないですか。その一体感をムードにそぐわない笑い声でぶち壊す、素晴らしいと思いませんか? 更に言えば、周囲の人に『ここって笑うシーンなのかな?』と思わせてつられ笑いさせることができたら、勝ったも同然だと思いませんか?」
「まあ、他人を誘導するってのは、やってやったぜ感があるけど、程々にしてね……?」
平日ではあるが夏休みということもあり、シアターは結構な埋まり具合だ。別の映画の宣伝やら映画が盗まれているやらのお決まりの映像を見た後に本編が始まる。知的障碍者の少女と年の割には大人びている少年の恋愛物で、恋愛物にしては珍しく小学校時代のみを描いている。開始早々、ヒロインの少女が周囲の人間に馬鹿にされ、気味悪がれ、更には家族からも見放され、それでもヒロインは頭が弱いのでそれを理解できないという悲しみを見せつけられる。
「んふ、ふふふふふっ」
宣言通り、ヒロインが叩かれる場面で笑い始めるエミリーちゃん。わざと笑っているからかちょっと笑い声が気持ち悪い。周りの人は『うわ、この人何しに映画見に来てるんだろう……』と不快な気持ちになったことだろう、エミリーちゃんの思う壺である。映画は中盤に入り、ヒロインを擁護する主人公もまた、同族として扱われてしまうようになる。年の割には大人びているとはいえ主人公は所詮小学生、激昂して同級生を憎み、教師を憎み、親を憎み、そうして孤立して行く。
「うひ、う、うううっ、ううっ」
そんな場面でも笑おうとするエミリーちゃんだが、途中から泣き声に変わっていく。映画の内容がトラウマとでも合致したのだろうか、喘息の患者のように嗚咽を漏らし始め、これはこれで周囲に『大丈夫なんだろうかあの客……』と不安にさせたことだろう。そして終盤、この手の話にしては珍しく、結局ヒロインと主人公が周囲に受け入れられることはなく、それでも少年少女は戦っていくという展開になった。単純なハッピーエンドとはいかないのが、この映画監督の持ち味らしい。
「お、おえぅ、ひぐっ、うえええっ」
結局最終的にはシアターにいる人の中で一番泣きじゃくり、周囲の人間をもらい泣きさせるエミリーちゃん。映画を見終えた後、真っ赤にした目をぬぐいながら、
「わ、私は、違う、もう、そんな、心は、捨て……」
なんてよくわからない事を言いながら、恥ずかしかったのか俺が軽くお茶しようと言う暇も与えず走り去るのだった。




