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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
壱章
12/51

百合は蒼穹を仰ぐ 04

 一行が到着したのは夕暮れ前の時刻。

城下に建てられた留守家の邸宅は、真新しい木の香りに包まれていた。

新たに向えた家臣の事もあり、手狭に為った屋敷を増築したらしい。

 主の帰宅を待ち構えていた在住の家臣らが出迎える。

屋敷奥からは政景様の重臣・余目氏が駆け寄り急な来客を告げた。

休まる暇も無い、政景様は本当に多忙である。

帰還を待ちきれず自宅まで訪ねくるとは。


「私は急ぎ着替えてお会いする、雛姫も身支度を整えなさい」


 家臣が客人の相手をするのも限度があるだろうに。

全くと、慌てる様子の見られない政景様。

随分と親しくお付き合いのある人物なのだろうか…。


「…私も御挨拶すべきお方でなのでしょうか?」


「来訪の目的は、雛姫と逢うためだろう」


 …とすると、成実様か。

私の婚約者、許婚と決められた御方。

急がずとも城へ上がれば間近に接する事も多々在るだろうに。

それとも先に顔を合せる計らいなのだろうか。

政景様の指示に従う他無いが。

 部屋へと案内され、待ち構えていた数人の侍女等に湯を使い体の汚れを落とされた。

荷物も解いていない状況、息つく暇もない。

着替えと支度は、美津と馴染みの侍女二人が行ってくれる。

涼やかな色合いの小袖を選び腕を通し、ほつれた髪を梳き直す。

身支度を整えれば、在住の侍女が先導で急がされた。

板敷きの新しい廊下と部屋、広く長い屋敷内を右に左に。


「雛姫です。遅れまして申し訳ございません」


名前を告げ廊下口で指を付き、遅れた事を陳謝する。


「雛姫、顔を上げて政宗様にご挨拶なさい」


 予想だにしていなかった名前に、驚きで焦りを覚えた。

伊達家十七代当主、伊達藤次郎政宗様との面会だと。

大河ドラマに歴史上の有名人。

隻眼の武将、伊達政宗。

成実様と思い込んだ私が悪いのだろうか。

政景様はお人が悪い、知らさず私をお引き合わせになるとは。


「お初にお目にかかります、政宗様。

 雛姫に御座います、お目通り叶いまして大変嬉しく思います。

 父上の名に恥じぬよう行儀見習いとして努力する心算、どうぞ宜しく御願いいたします」


「…成実には勿体無いな」


「さすが、留守殿の愛娘です。

 実に上品な物腰に口振、手中の珠と窺った通り」


 久しぶりの長旅で疲れていたのは事実だ。

横から横に言葉が流れ、返答に戸惑ってしまう。

恐縮、いや…面映ゆいやら、羞恥して。


「鬼庭殿にも褒めていただけるとは、嬉しいかぎり。我が自慢の娘なのです」


「留守殿が縁談を渋っていた理由が判ります。

 この御器量では、親として子を手放すのが惜しくなるもの」


「成実殿から、先に面会してしまった事を恨まれそうですね…。

 政宗様もそう思われませんか?」


「……そう、だな」


 恐縮して頭を振った政景様。

政宗様が伴った家臣、男性は片倉殿と鬼庭殿らしい。

私は、面を半分上げたまま眼を見開く。

上座に居る御方の側、控える男性が御二人方。

政景様以外の男性陣に、私は眼を奪われた。

それは、随分と冷淡な面差しの男性だったからだ。

怜悧な鋭い眼光、体格に面差に威圧感が漂う。

知将、片倉景綱様に重鎮の鬼庭綱元様…?

 

 *   *


 政景様に向けていた視線と体を正面に向かせた。

一段高い上座から突き刺さる御当主の視線が、大変気になる。

低く頭を下げ私は次の言葉を待った。


「…しかし、歳の割には随分と落ち着いている女だ、外見と内面の相違が面白い。

 烈婦にしろ良妻にしろ、成実は尻に敷かれそうだな」


「政宗様、初対面の女性を怖がらせるものではございませんよ」


「この俺を“隻眼の登り竜”と譬えた奴だ…。

 虎哉禅師が煽てるにしても、小癪で度胸が据わった娘なのだろう」


 随分と粗雑な言葉使いだ。

此が御当主の素なのだろうか?

私の聞き間違い、勘違いではないらしい。

しかし、虎哉禅師との交流と例え話までも御存知とは、参ったな…。

俄師弟との会話まで、政宗様へ筒抜けとは痛い問題だ。


「雛姫殿には三日後より城へ上がってもらいたい。

 主立っては、私か鬼庭殿の側で祐筆として仕えて頂く心算です」


 父上、政景様の手前もある。

迂闊な物言いや、行動は自粛せねばなるまい。

親族故の馴れ合いに軽率な言動は、醜聞を招く。

今し方、等々と片倉殿より伝えられた今後の要務。

その要職を聞かされ、私の肩に新たと力が掛かる。

重臣の側に仕えるならば尚更だ、当たり障りの無い返答を考え逡巡する。


「何分世間知らずの小娘で御座います。

 どうぞ御指導御鞭撻下さいます様、御願い申し上げます」


「…後は下がっていいよ。疲れただろう、奥で休みなさい」


 退出の許しを得て席を下がれば、待ち構えていた侍女が近寄ってきた。

先導され歩き出す。

 私の思考は囚われる。

今知り得た情報と史実、政宗様の隻眼の御姿を拝見して。

 右目に眼帯をする印象深い細面の美男子。

流石は本姓が藤原だと頷く、奥州に住まうも雅やかな佇まいの御方だ。

粗雑、いや飾らぬ言葉使いに驚かされはしたが…。

それより、何よりも家臣の片倉殿と鬼庭殿である。

大河ドラマでの配役と違い過ぎて、現実かと我が眼を疑った。

人を容姿や見た目で判断するのは大変に失礼だが、あの御方々が伊達三傑勢のお二人。

覇気に飲まれぬよう、心して仕えなくては。

 政景様は普段通り、既に見慣れた御方なのだろうが…。

私が過した日常とは異なる、と…言うべきか。

穏やかで上品な物腰の政景様や母上。

家風か土地柄か、家臣も侍女も同様に和やかで柔らかいのが、居城高森の風体。

気構えに人相、風体が違いすぎて大いに戸惑う。

郷に入っては郷に従うのが理だが…。

早く家風に馴染まなくては。


「おい…」


 呼び止めるのは、聞き覚えのある声。

振向いて姿を確認し跪く、侍女が慌てて其れに倣った。

赤みを帯びた茶色の髪を掻き揚げ、近場の柱に寄り掛かる御姿。

藍色の袖から覘く組んだ腕先が忙しなく動いていた。


「いかがなさいましたか、政宗様?」


「祝いの品を贈ってやろう。

 遠慮はするな、明日までに何が欲しいか決めておけ」


 私と侍女は鋭い視線を頭上に受けている。

祝いの品とは…?

就任祝い、婚約祝い…の、どれに当たるのだろう?

それは、願えば何でも下さるのだろうか。


「何でも宜しいのでございますか?

 私の欲しい物は、長らく心に願ったモノなのですが…」


「構わない、言ってみるが良い」

 

「馬です。父上の愛馬が欲しいのです…」


 低い声音で笑い出した政宗様。

肩を振るわせ、薄い口辺を片手で隠す。

含む笑いは、さも愉快と。


「留守のじゃじゃ馬が、父の愛馬を強請るか?!」


 柱から背を離し、添えた片手をヒラヒラと振り踵を返した。

緩やかに歩き出した人影が、私に言葉を残す。


「慶祝と父親に駿馬を与える口実、それを咄嗟に考えるとはな…。

 その思惑、生意気で最高に愉快だ。

 よし、良いだろう…青墨以上の馬を探し、我が叔父上殿に贈ろう。楽しみに待つがいい」


 廊下に響き渡る楽しげな声音。

気になったのか、部屋から覗き歩み出てくる面々。

傅く私に注目が集まってしまった。


「政宗様、いかが為さいました?」


「娘が何か失礼を申したのでしょうか…」

 

 笑う政宗様に片倉殿が戸惑う。

視線の先に見えるのは、未だに膝を付いて頭を下げる私達。

立ち去ろうとする御当主を見上げる。


「…何卒、父上には御内密にして下さいませ」


 後手に了解の合図を送ってくれた。

鬼庭殿が小首を傾げ、政景様同様に視線を私に向ける。

顔を上げて微笑を返す、此処は一つ父上を驚かせたかった。

 父上の愛馬を欲した理由は二つ。

先ずは、戦場で活躍するに青墨はそろそろ高齢の域に入る。

もう一つは…単に父上の愛馬、名馬そのものが欲しいからだ。

他愛のない私の我が儘を、御当主は了解下された。

その裏の思惑をも汲み取り、快諾と返答を即に。

ならばきっと、彼の御方は素晴らしい駿馬を御探し下さるに違いない。







米沢城と高森城の距離、車はともかく、馬での移動は一日では到底無理です。

月岡城(上山城)と資福寺なら問題ない距離なのですが…。 


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