百合は蒼穹を仰ぐ 03
明朝、顔を会わせた家中の者が口々に良縁を祝う。
既に私の縁談、婚儀の噂は城内に流れているのか……。
私の姿を見つけ近付き礼儀とばかりに祝辞なのだ。
早速と昨日の内に、美津と喜助にも勿論言われた。
夢ではなく冗談でもない。
流石に辟易、朝から鬱だ。
八房を相手に愚痴れば、小首を傾げて見つめ返す。
うん、可愛いから許す。
「ねぇ、雛姫様。黄昏るのは夕方にして下さいませんか。
時間がございませんよ、早々に御支度をして下さいませ」
「……美津は嬉しそうだね」
苦笑いをされた。
最愛の息子と任地米沢へ行けるのである。
彼女は非常に喜んでいた。
乳母の美津以外の米沢行きを希望した者達。
歳若い女性から既婚者と数多く、公平にクジで決めたが未だに争っていると聞く。
さすが御当主の御座所、人気がある。
「母上の御機嫌はどうだろう?
気分が悪いと、昨晩早くに部屋に下がってしまったから」
「……奥方様でしたら、朝早く仲睦まじく殿と散策にお出になられましたよ」
「父上は母上を宥めるのが上手い。
此れからの事もある、夫婦円満の秘訣を伝授して欲しいくらいだ」
すっかり懐柔されてしまったか、母上は。
成実様との縁談はこの上ない良縁だと、納得してしまったか。
参ったな……。
私が知る史実では、そう良縁だとは言い切れない。
史実では、伊達成実は奥方に先立たれ授かった嫡子も夭折している。
後添えとは子宝に恵まれずして、後に政宗公の九男を養嗣子とたハズだ。
しかし、昨晩の話もある。
ここの歴史がどう違いどう流れるか予想出来ない。
元から父上が決定した事、コレに異を唱える心算など私には無いが……。
ただ残念で心寂しい、慈しみ育ててくれた政景様と母上の下から離れる事が。
* *
早朝から母上は号泣している。
私と政景様がなだめ賺せようにも止まらなかった……。
出立の挨拶を交わすも、私にピタリと抱きつき離れない。
政景様が痺れを切らしてしまい、私を馬上に担ぎ乗せる。
久々に子供扱いされ本当に驚いた。
肩に止まっていた八房は、不満の声を上げ飛び立って。
私にも不意の事であった。
思わず政景様の首にしがみ付いてしまったのだから。
旅装束姿に編笠、広い肩幅と日焼けした項が目の前に迫る。
「父上、正直驚きました。不意打ちは駄目です」
「ほれ雛姫、早く離せ。でないと、乙竹殿がヤキモチを妬くぞ……」
成り行き会話に唖然とする母上等を尻目に準備が進められた。
集った皆は、政景様の出立の号令で皆一斉に歩みだす。
馬上から母上に別れの言葉を送り、遅れまいと私も列に加わった。
政景様の愛馬、青墨に並んで馬を歩ませる。
馬上から見える空と水田の緑、風にそよぐ稲。
穏やかに流れる時間。
「輿に乗らずに馬で米沢入りしでは、政景の娘はお転婆じゃじゃ馬と言われる。
雛姫の姿はとても目立つ故、悪い噂が流れぬと良いのだが……ね」
「必死に乗馬を覚えたのですよ。
じゃじゃ馬とは、今更の言葉で御座います」
馬を操る私は日除けに被った編笠、束ねた髪に男物の小袖と袴。
先ずは女に見えないだろう、体躯も加わって……。
まあ、元服前の子供か小姓の風体であり。
これでは、御転婆だと心配なさるも当然か。
じゃじゃ馬の言葉に納得し、私は深く頷いた。
「父上のお側で働ける事が嬉しいです。
此から少しでもお役に立てるよう、私は励みますね」
「肩肘を張らなくても良いのだよ。
雛姫は私の自慢の娘だ、自信を持って仕えなさい」
上空を旋回する八房の影が道に落ちる。
峠越えを急がずとも夏至を過ぎたばかり、日は長く日没には時間がある。
徒歩の供に合せてユックリと進む。
隣を歩む政景様に目線を移す。
憧れ真似しようと、私が必死に練習を重ねた御手本の姿。
背筋を伸ばし騎乗する様は美しい。
書も筆も、乗馬も人柄も尊敬する御方。
父親を早くに亡くした私は、憧れ求めていた父親像を政景様に見ている。
「約束を破った事を乙竹は根に持っているだろうな。
しかし、私は一門の補佐役とし伊達家の繁栄を第一に考えねばならない。
それが今の立場、役目なのだ……」
「伊達の双璧、武の成実様に嫁げるなど私は三国一の幸せ者です」
「そう言ってくれるか……。
嬉しいよ、一門の繁栄と安泰を考えれば尚更に。
雛姫が成実に嫁してくれるのならば、一門心から喜ばしい吉事となろう」
常に多忙を極める政景様。
今の時間を共有している事実に、私は喜色を浮べて笑顔となる。
他愛の無い会話が弾む。
戦場での政宗様の武勇を家臣の功績を。
政景様の穏やかな口調に耳を傾け会話に夢中となる。
母上と梅や梅桃を摘みに出たかけた事、文に書かれていない日々を話して。
和やかに微笑み、会話に相槌を打ってくださり。
「政宗様は繊細な御気性故、片倉殿や鬼庭殿も苦労なさなる。
仕える家臣もまた大変なのだよ、予め理解しなさい」
伊達三傑の名前が次々と上る。
しかし、片倉殿と鬼庭殿の両名が頭悩ます事とは一体?
女の身で状勢や政治に質問に口出しなど出来もしない。
前もって諭された……と、釘打つ内容に得たりと私は頷いた。
「心に留め置きます、上に立たれる御方の苦労は計り知れません。
少しでも御力に為れます様に努力する心算です」
「雛姫は優しく気立ての良い子に育ってくれた。
本当に嬉しい事だよ。
於東の方様や田村の愛姫は気性が激しくてね、私は苦手なんだ」
嗚呼そうか、唐突に思い出した。
政宗様の御生母は通称、奥羽の鬼姫。
男勝りの武芸と才知の人物だと。
兄の最上義光と息子政宗が刃を交えた際に、自ら戦場に割って入り仲裁をした女傑。
様々な武勇伝が知られる、義姫様なのだ。
愛姫さまは愛らしいお姿故の御名前と記憶していた……が。
噂と真実、性格は見た目に反するのだろうか。
お会いした事は無いのだから、あくまでの予想だ。
ただ、政景様は気性の激しい女性は苦手なのか……と、嗜好を垣間見た気分になった。
「繊細故に父上は気苦労が絶えないと、そう言う事でしょう?」
「その気遣い、雛姫は可愛いな」
「甥と叔父の間柄でございましょうから」
そう、この時の私は全く知らなかった。
穏やかで温和な政景様の背後にあるもう一つの日常。
仕えている伊達家の所業、それを今想像できただろうか。
隠された真実。
いや、あえて御言葉を控えたのだろう……。




