六、
教室のドアを開ける。
今日はなかなか寒い。
昨日の晩、雪美の家までの途中の道で、
雪美が言った言葉に驚いて、その後も眠れなかった。
なんや、あの子。
正直ようわからん。
「美也ちゃんが好き。」
その言葉がエンドレスに頭の中を木霊する。
そして、初めて、私は教室の空気がいつもと違うことに気がついた。
まだ授業も始まっていないというのに、全員席に着いてこっちを見ている。
にやけた顔つき。
ひそひそと話す声。
もしかして・・・。
黒板を見ると、大江と篠原の相合傘が。
やっぱりな。
「大人しそうな顔して、大江さん、体育館の裏で篠原さんとイチャイチャしててんて?」
サヤカが卑しいものでも見るような目つきで言った。
そやから、人と関わるんは嫌やねん。いらんことに巻き込まれる。
別に人に何を言われようと、知ったこっちゃない。
そんな嘘っぱち、言いたいだけ言わせといたる。
「浅野が言うてたよ?気持ち悪いもん見てしもたって。」
ブチンと何かが切れる音がした。
顔の筋肉がひくひくと痙攣しているのが分かる。
かあっと頭が熱くなって、気がついたらサヤカの襟首を掴んでいた。
「きゃああっ。」
「何も知らんくせに!ええ加減にしいや!」
騒ぎに驚いて、他のクラスの野次馬が集まってきた。
拳を振り上げた瞬間、クラスの子がそれを止めに入る。
数人に押さえつけられながら、その隙間から、ちらりと浅野の姿が目に入ってくる。
掴まれた腕を無理やり払うと、私は浅野に突進していった。
「あんた!!」
思い切り平手で浅野の頬を打つ。
手の平がじんじん痛い。
浅野が頬を押さえたまましゃがみ込む。
「昨日はな、雪美はあんたに貰ったキーホルダーを体育館の裏で探してたんや。
別に私とイチャイチャしてた訳やないわ、阿呆!」
浅野がきっと睨み返してくる。唇が切れて少し血が出ている。
「気持ち悪いんや、完全なストーカーやん。
だいたい、好きや好きやいうて女に付き纏われるアタシの気持ちにもなってみいや、迷惑極まりないねん!」
ほんまに阿呆や、こいつ。
雪美が、どんな気持ちであのキーホルダーを探してたか。
「違うわ!雪美はな、確かにちょっと普通の人と違うかもしれん。
けどな、あんたとずっと友達や、そう思って必死に探してたんや。それでもあんたは気持ち悪いて言うんか!」
人に恨まれるのはご免や。
こんな騒動に巻き込まれるのもご免や。
けど、私の口は既に理性では止められへんかった。
「私はな、人を好きになったことも、好かれたこともないし、
好きになる気持ちも何も解らへんけどな、
別にええやんか、誰を好きでも。人を純粋に好きになって何が悪いん?
何が気持ち悪いん?
友達であれ、恋人であれ、家族であれ、何であれ、好きになる気持ちに間違いなんかあるん?なあ・・・。」
気がつくと、視界が滲んでいた。
熱い物が込み上げて、顔中を濡らしていた。
あ。
雪美。
いつからそこにおったんや。
何泣いてるねん・・・。
雪美が淡い桜色のハンカチで顔を拭ってくれた。
ああ、そうか。
泣いているのは私か。
「ごめん、アタシが間違ってた・・・。」
浅野がポツリと言った。
誰かが、黒板の落書きを消している。
「美也ちゃん、ありがとう。
うち、美也ちゃんが好きやで。優ちゃんと同じ位、好きやで。
そやから、いつも1人でおらんといて?
もっと皆で一緒に話そう?」
そうか、雪美は私のこと、解ってたんか・・・。
見回すと、皆も微笑んでる。
そうか、皆も私のこと、気付いてくれてたんか・・・。
私は、こくと頷いた。
人と関わるのって、そう悪くない。
人に好かれるのっても、そう悪くない。
そして、私はそのとき初めて、愛の存在に気付いたんや。




