プロローグ 木の下で出会った少女
まだ、ひよりが生まれるよりも、ずっとずっと昔。
食堂のそばには、その頃から一本の木が立っていた。
今ほど大きくはなかったけれど、幼い芳乃にとっては、見上げなければてっぺんが見えないほどの大きな木だった。
五歳くらいだった芳乃は、その日も一人で木のそばにいた。
何をして遊んでいたのかは、もう誰にも分からない。
ただ、その日。
いつもと同じはずの木の下に、見たことのない少女が立っていた。
「……だれ?」
芳乃が尋ねると、少女も驚いたようにこちらを見た。
少し変わった服を着ていた。
この辺りでは見たことのない服だった。
けれど、不思議と怖くはなかった。
少女は辺りを見回して、それから芳乃に尋ねた。
「ここ……どこ?」
芳乃は首をかしげた。
少女の方こそ、どこから来たのだろう。
家の人とはぐれたのかもしれない。
「お名前は?」
幼い芳乃が尋ねる。
少女は少し迷ってから答えた。
「芳乃」
「……え?」
「私、芳乃っていうの」
芳乃は目を丸くした。
そして、自分を指さした。
「わたしも、よしの」
今度は少女の方が驚いた。
二人はしばらく顔を見合わせ――やがて、どちらからともなく笑った。
同じ名前。
ただ、それだけだった。
それなのに、ずっと前から知っていたような、不思議な感じがした。
二人は木の下で話した。
何を話したのか。
どれくらい一緒にいたのか。
そのすべてを、後の芳乃が覚えていたわけではない。
けれど、一つだけ。
別れ際に交わした言葉だけは、いつまでも忘れなかった。
「また会えるかな」
少女が言った。
幼い芳乃は、大きくうなずいた。
「うん。また会おうね」
その直後だった。
風が吹いた。
木の葉が大きく揺れた。
芳乃は思わず目を閉じた。
そして、もう一度目を開けたとき――
少女はいなくなっていた。
「……芳乃ちゃん?」
呼んでも返事はない。
残っていたのは、いつもの木だけだった。
幼い芳乃は、その木を見上げた。
また会おう。
たった一度出会った、自分と同じ名前の少女との約束。
それから長い年月が流れた。
少女との再会が叶ったのか。
あの日、何が起きたのか。
その答えを知る者はいない。
ただ――
あの日二人の芳乃を見ていた一本の木は、
今も、食堂のそばに立っている。




