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ココロに心を読まれる時のトキ  作者: しぐれのりゅうじ


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2/2

チョコチップメロンパン事件

 隣の部屋に越してきたのは心が読める転校生だった。

「まじか」

 出来るだけ時間を共有したくて、途中まででいいから一緒に帰ろうと頼み込み、渋々承諾してくれた彼女と共に二人で下校していた。そんな中、俺の住むマンションが見えてきてそろそろかと別れを告げようと立ち止まった瞬間、ココロもまた立ち止まったのだ。

 まさかと思い尋ねると、ここに越してきたと言うのだから驚いてしまう。

「まさか、あなたもだなんて」

 面倒な事になった、そういう表情を露骨に見せてくるが、俺としては最高過ぎる展開で。ドーパミン溢れる脳は、さらにそれを得られそうなひらめきを与えてくれた。

「もしかしてだけど、七階の端の部屋だったりしない?」

「……ええ」

 その答えを聞いた途端、まるで宝くじでも当てたように脳内物質が爆発した。

「おおっ! 俺、その隣なんだよ!」

「冗談でしょ? そんな事、ありえるの?」

「もう、こんなの完全に運命でしょ」

 喜びに心が跳ねて体もそれに同期しそうだ。

「はぁ。あなたに苦労させられそうっていう予感は当たってしまったみたいね」

 ココロは難しい顔をして、憂いを表に出すように頭を押さえる。

「そんな、迷惑はかけないよ。お隣さんとしてもこれからよろしくね」

 色々と想像してしまう。毎日一緒に登下校して、スーパーで買い物したり、互いに隣人としめ助け合う、そんな光景を。

「そんな事しないから。ただの隣人。そういう事で、よろしくね」

 そんなこんなで、隣人としての挨拶が済んだ。ずっとここで話しているわけにもいかず、俺達は一緒にマンションの中に入って行った。


 ♢


 ココロが隣人だと発覚してから数日経ったある日。購買である事件が起きた。

「メロンパンが……ない」

 昼休みとなり、俺は学食を食べるべく食堂に行った。食券の券売機に向かう途中に購買があり、俺はたまにそこに寄ってチョコチップメロンパンを買っている。

 そのメロンパンは、美味しいだけでなく、限定スタンプカードがあった。一つ買うごとに一つ溜まり、十個貯めれば一つ無料で引き換えられる。

 そして今九つのスタンプが押されたカードを持って、最後の空欄を埋めるべく来たのだが、商品棚の方が空白になっていたのだった。

 元々人気があったので、なくなることはたまにあった。だが、それが三日連続で続いているのだ。流石にこれは異常で、同じメロンパン目的の人も何人かいて、皆動揺している。

 俺はいてもたってもいられずレジにいる男性店員さんに聞き出すことにした。

「もうメロンパン売り切れたんですか?」

「はい、今日の分はもう」

「えっと、在庫が少ないとかですか?」

「いえ、そうではなく。元々昼前に買われる方は沢山いらっしゃるのですが、最近はある生徒さんが一人で何十個も購入されているんです」

 耳を疑う答えだった。確かに美味しいが一日に何十個も食べるようなものじゃない気がするし、消費期限も次の日までくらいだ。もはや食事以外に利用している方が現実的で。

「まさか、メロンパンの転売……?」

「いえ、私も気になって尋ねたのですが、全部食べているそうです。何なら買ってすぐに一つ食べていましたから。あんなに小柄な体によく入るなと」

「小柄……? もしかしてその子って一見すると小学生みたいな感じで、こげ茶色のふんわりとしたショートカットの女の子でした?」

「はい」

「……ありがとうございます。どうやら俺の友達だったようで」

「はは、そうなんですね。でしたら、もう少し購入数を減らして欲しいとお伝えしてもらっても良いですか? 場合によっては一人一個にしようかと話になっているので」

「わかりました。強く言っておきます」

 俺は店員さんに頭を下げて、昼飯も置き去りにして犯人の元へ向かった。

「ココロ……っていない」

 教室にはその姿はなかった。思えば、この時間の彼女がどこで何をしているのか知らない。何度か食堂で食べないか誘っていたが断られていた。

 いつも教室で弁当を食べているクラスメイトに尋ねてみると、ココロはこの時間はどこかに出ていっているらしい。ただその場所は不明である。

 手がかりがなくなった以上、ここまでだろう。後で本人に聞くとしてとりあえず俺は食堂に戻り昼食を済ませることにした。

 腹を満たして教室に戻ると俺の隣の席にはいつものココロの姿がある。相変わらず一人でいるが、顔つきはどこか満足げだ。

「何かいいことでもあった?」

「別にー? ただ美味しいご飯を食べただけよ」

「ご飯……か」

 良いチャンスだ。俺は早速本題に切り込むことにする。

「それってもしかしてチョコチップメロンパン?」

「な、何でそれを……?」

 ココロは目をまんまるにして俺を見る。そこからじっとその理由を俺の心から知ろうとしてきた。

「聞いたんだよ店員さんに。チョコチップメロンパン買い占めの犯人をね」

「犯人だなんて人聞きの悪い事を言わないでよ。ただ私は好きだから沢山買っただけで……あなたが買えなかったのは悪いと思っているけれど」

 俺の心から今の状況を理解してくれたようだ。話が早くて助かる。

「それでメロンパンは?」

「十個、食べた。もう半分は家に帰ってからかな」

「……マジ?」

 俺としては二個くらいで満足してしまうのだが。それにもっと気になる事がある。

「そんなに食べたら昼ご飯食べられなくない?」

「え、これがお昼だけれど」

「は?」

「だから、メロンパン十個が今日のお昼よ」

 聞き間違いじゃなかった。当然の事のように言っているけど、メロンパンが昼食の一部じゃなく、それがメインでしかも全て同じ物とか、普通じゃない。

「……何だかあなたにドン引きされると、他の人にされるより傷つくわね」

「それはどういう意味で?」

「より変な人って言われているみたいでショックというか」

「いや、絶対俺より変だからね。というかまさかと思うけど、夕食もメロンパンとか言わないよね」

「その通りだけど」

「……」

 あまりにも信じられなさ過ぎて心の中までも絶句してしまった。

「えっと、それは今日だけという事でよろしいんですよね」

「急に敬語になるわね。私の昼食や夕食は基本的に菓子パンとかお菓子とかだけよ」

「あははっ、面白い冗談」

「スイート本気だけど」

「……」

 この子は一体何を言っているんだ。俺の脳はすでに理解を拒絶していた。

「あのぉ、肉とか野菜とかお食べにならない?」

「一人暮らしを始めてからそうね。実家にいた時はお菓子を食べ過ぎないよう監視されていたから、今は食べ放題でスイート最高よ」

 きっと親の目があっても相当食べていたのだろう。彼女が小さい理由もわかった気がする。

「と、とりあえずあれだ。大量に買うのは控えて欲しい。人気商品だし、これが続くと一人一個にするかもって店員さんが言ってたから」

「むぅ。スイート残念だけれど、それなら仕方ないわね」

「意外とすぐに諦めるんだ」

 それだけ好きならかなり執着すると思ったが、あっさりとした反応だ。

「しょうがないでしょ、迷惑をかけてまでする事じゃないわ。それに一つは食べられるし、購買には他にも色々あるから」

「……ついでに、そのやばい食生活も改善しない?」

「いやよ。お菓子食べ放題で幸せなのに、他のを胃に入れたら食べられなくなるじゃない」

 流石に心配になる。他人の食生活に口出しすべきではないのだけど、あんまりにも健康に悪い。

「大丈夫よ。体に異常とか感じないから」

「まだ日が浅いからでしょ。絶対いつかまずい事になるよ」

「そうかもしれない……けど。それでも私は食べたいの」

 どうやら説得は難しそうだ。痛い目を見てから、というのも良くない。とすれば、俺の取る行動は一つしかなかった。

「なら、無理やりでもちゃんとしたものを食べてもらうから」

 ココロだからというのもあるけど、こんな生活をしていると知ってほっとけるわけなかった。

「……どうするつもり」

「俺がココロのご飯を作る」

「……へ?」


 ♢


「という事で肉じゃが作ってきたよ」

「……やっぱり本気だったのね」

 夕方七時半、俺は隣のココロの部屋の前に来ていた。肉じゃがを含む夕食の入ったタッパーを三つ重ねて持ちながら。

「もちろん。って心を読めばわかるでしょ」

「その時はそうでも心変わりする場合もあるじゃない。まぁ、あなたに限ってそれは無さそうだとは思っていたけれど」

「俺の事をわかってくれて嬉しいよ」

「あっそ」

 俺の笑顔は軽く受け流される。

「……一応食べないでおいたわ」

「何だかんだ言いながらココロって、色々と受け入れてくれるよな」

「勘違いしないでちょうだい。ただ、作ってもらったのを無駄にするのは気が引けただけよ」

「はいはい。そういう事にしとこっか」

「この私に心を見透かしたような反応するなんて、良い度胸ね」

 文字面では怖さが出るが、むっと尖らした口や低い背で威圧的な態度をしてくる姿で、中和される。

「まぁまぁそんなに怒らないで。じゃあこれをどうぞ」

「これが今の状況の要因なのだけど。全く、クラスメイトのためにこんな事するなんてスイート変」

「ただのクラスメイトじゃないからね。それに、誰だってあんなの聞かされたら心配するし、何かしないとヤバイって思うでしょ」

 そこで行動までしてしまうのは、ココロと関わりが増えるのも期待してのものでもあって。

「……心を読めるだけでここまで好意を持たれると逆に怖いのだけど。嫌われる事ばかりだったから」

「じゃあ俺で慣れよう。その始まりの一歩って事で、これをどうぞ」

 嫌われてばかり、改めてそう聞かせられて、もっとほっとけないと思った。

「あーあ、あなたのせいでお菓子を食べる量が減っちゃうわ」

 ココロは言葉とは裏腹に夕食を俺から受け取る。少し頬が赤くなっているように見えた。

「そのための夕食だからね」

「変なものだったら承知しないから」

「他人に食べてもらう物でもあるから、普段より慎重に作ったから大丈夫だと思う。好みの味かはわかんないけどさ」

 味付けなんかもココロの口に合うか推測しなながら、時間をかけた。俺の手料理で喜ぶ反応を想像しながら。

「そういう反応を期待されても困る。どんな感想を持っても恨まないでよ」

「もちろん。それに、駄目でもまたココロに合うように作るだけだからさ」

「……まさかと思うけど、あなたこれからも作ってくるの?」

「当たり前じゃん、一回だけとか意味ないし。ココロの食生活が終わってる限りは出来るだけ持っていくから」

 心の中でも宣言しておく、これからも続けると。ココロが自ら食生活を改善しようと改めるまでは。

「……ま、それがどれだけ続くかしらね。言っておくけど、私、変わる気はないから」

「面白いじゃん。絶対負けない」

「ならどっちの意志が強いか勝負よ」

 どうやら俺達は互いに負けず嫌いのようだった。明らかに俺の負担の方がデカいような気もするが、やるしかない。

 また一つ戦いの火蓋が切られてから、俺達は部屋に戻った。


 ♢


「あ……おはよう」

「お、奇遇だね。おはようココロ」

 朝、部屋を出るとエレベーターを待っているココロと出くわした。

「今日は珍しく早いわね」

「何か起きちゃったんだよ、たまたま」

「……ふふ。私に隠し事とか無意味よ」

 片目を閉じてお見通しだという微笑みを浮かべる。

「なるほど、料理が私の口にあったか気になって不安だったと。あんなに自信満々にしてたのに。それと――」

「そうだよ。人のために作るとか初めてで緊張してたんだ」

 上がってきていたエレベーターが真っ直ぐこの階で止まり開く。中に人はおらず、乗り込みそのまま一階に降りるまで二人きりの空間となる。

「……美味しかったわ」

「ほ、本当?」

「ええ。だから、そんなに不安そうにしなくても」

「はー良かったぁ……」

 無理やり食べさせておきながらまともなものを出せなかったらと思うと気が気でなかった。

「ありがとうココロ」

「何であなたが感謝するの?」

「だって美味しくなかったとか、俺の心を読んで言われたくないことを言えたのに、欲しい言葉をくれたからさ」

 一階に着く。エレベーターが開いた。

「別にそういう事も考えたけどね。ただまぁ……逆にあなたの心を見てその気が失せただけよ」

 エントランスを出ると、眩いほどの快晴が待っていた。駅に近いため、通勤や通学の人が沢山おり、その流れに入りながら歩いて高校へと向う。

「今さらだけど、あなたって料理するのね」

「本当に今さらだね。得意ってほどじゃないけど、それなりにはするよ」

 一人暮らしを始めてからちゃんと自炊するようになった。作ると達成感があり、意外と飽きずに続いている。

「言っておくけど、私も自炊するから」

「へ?」

「ちゃんと材料を買って作ってるのよ……お菓子を」

「やっぱお菓子か! それは自炊じゃないでしょ」

「作ってるんだから自炊よ」

 それはそうなのかもしれないが、ほとんどの人にとって、自炊という言葉の中にお菓子作りは含まれていないだろう。

「ちなみにどんなの作るの?」

「色々よ。クッキーとか、ケーキとか、それこそメロンパンも」

「流石のお菓子好き」

 思えばお菓子とかを作るという発想そのものがなかった。手作りのお菓子、どんな感じなのだろうか。

「気になるなら今度作ったのを分けてあげるわ」

「いいの?」

「ええ。あなたをお菓子の沼に落としてあげるわ」

「別に食べないわけじゃないんだけど……楽しみにしておくよ」

 そうこうしている内に大きな通りから右に外れた道を進んだ先に高校が見えてくる。この辺りは家々が立ち並び少し閑散としていて、この時間は同じ制服だらけだ。

 校門をくぐり校舎に向かう途中食堂が見えてきてココロは残念そうなため息をつく。

「やっぱりあのメロンパンを大量に食べれないのは残念ね。今日はクリームパンとチョコパンと……」

「ココロ、何を言ってるの?」

「……な、何?」

 またそんな訳の分からない昼食の献立を考えているが、そんな事させる訳ない。

「俺、弁当作ってきたんだココロの分もね。見えてたでしょ?」

「……やっぱりそうよね」

 朝に早く起きてしまった片方の理由を言い当ててきたが、もう一つの理由も見えていたはずだ。

「気のせいだと思いたかったのだけど……本当にそこまでするのね。それも毎日」

「うん。ま、多めに作るだけだから何とかなるかなって」

 作るのが面倒で学食を利用していたが、理由が生まれたため、その壁を乗り越えれた。いとも簡単に。

「……言っておくけど、そこまでされても私から変わるつもりないからね」

「わかってるよ、全く世話が焼けるなぁ」

 ココロは、俺と関わると苦労しそうと言っていたが、結局どっちもどっちだったようだ。

「教室に行く前にメロンパン、買ってきてもいいかしら」

「あ、俺も行くよ」

 購買に行く。この時間はやはり人が少なく、商品も棚にぎっしりで、もちろんメロンパンも沢山。ココロと俺はそれぞれ一つ手に取る。

「ちょ、何を」

 レジ付近でココロからメロンパンをひったくられる。そして二つ分のお金を出して購入してから、返される。

「昨日、買えなかったお詫びと一応のお礼」

「……ありがとう。やっぱ、ココロって優しいよな」

「そんなんじゃないから、早く行くわよ」

「はいはい」

 照れているのか、顔を見せたいと早歩きに俺の前を歩く。

「……」

 だから今の内に俺はあと一つで貯まるメロンパンのスタンプカードを眺めて、決める。明日は俺が買おうと。彼女の喜ぶ顔を想像して。

 外に出てふと空を見上げる。雲一つない青と照りつける日差しは、次の季節に突入した事を教えてくれていた。

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