痛覚
空から伸びた紐に吊り上げられるかのように、ゆっくりと体がまどろみを抜ける。ずきずきと頭が痛み、脳みそが悲鳴を上げた。もっと寝たいのに、もう寝られはしない。直感的に体がそれを理解する。そんなプロセスが一瞬で体を駆け抜けて、夏希の目が開く。暗い部屋が見えた。
久しぶりにベッドで眠りに入ったからか、首に変な痛みが走った。
体中の苦痛から逃れようと無理やり頭を持ち上げ、夏希は身体を起こす。するとすっと嘘のように首の痛みが薄れ、それなのに次は吐き気が込み上げた。
唐突な吐き気に飲まれるように、夏希はベッドの足元に置いた小さなゴミ箱に手を伸ばし、顔を突っ込む。これで大丈夫だと思ったからか、すぐに吐瀉物が口内に鼻腔に流れ込んだ。熱い痛みを覚え、眼に涙が滲んだ。その涙が本当に生理現象によるものなのか、夏希にはまるで分からない。ただ無様な自分が哀れに思えた。
口をティッシュで拭い、それをゴミ箱へと入れた頃には目は完全に覚めていた。気付けば気持ち悪さは遠のき、頭の痛みも和らいでいる。それでもやっぱりもう寝られなさそうだ。まるであらかじめ知っていたかのようにそう思いながら、ティッシュを取る。それでもう一度だけ口周りを拭くと、夏希はゆっくり立ち上がった。
本とゴミと、あれこれとが散乱したままの部屋の小さな隙間に足を移して進む。素足に埃がまとわりつき、いやにざらつく。そのまま椅子へ腰掛けると、足裏を掌で払った。
今何時なのだろうか。そんなことがふと気になり、卓上ライトへ手を伸ばす。薄いボタンを手探りで押す。視界が白色に染まり眩い。一度深く目を瞑って、デジタル時計に目を向ける。だがそこには時間の表記は無く、空白の画面だけがあった。あっ、とその時になってようやく時計が電池切れであったことを思い出す。
7月で止まったままの小さなカレンダー、埃を被ってしまった教科書。それに電池切れの時計。
全てが自分に関係のない世界。自分はもう死んだのかもしれないと、最近やけに冷静にそう思う。
もっとも、そうなるのも時間の問題なのだが。
にわかに苛立ちを覚え、鬱陶しい電気を乱暴に消す。わずかに光に慣れた視界が再び暗転し、夏希は部屋に埋もれた。




