お師匠さまが帰ってきた?
今日も私は情報屋アトリアを開店しました。
アトリアの仕事は情報屋といっても表向きは便利屋のようなものです。普段は店の一角を解放し、街の皆様の憩いの場として提供しています。そして依頼があれば、その時々に応じて医者や探偵の真似事まで、幅広く対応をしているのです。
このやり方はお師匠さまのいた頃から変わりありません。
ちなみに、お師匠さまが行方不明になった例の事件以降も、この店を続けるのには理由があります。
一つ目は、アトリアが街に必要な存在だからです。既に様々な貢献をしていたので無くす必要がありません。
二つ目は、情報屋の活動により、お師匠さまの消息を掴める可能性があるからです。情報屋の能力を駆使できる環境は容易に手放せません。
ちなみに、情報屋の活動は多岐に渡ります。主な業務内容は情報収集と知識による貢献ですが、情報収集の方法は様々で……言えるものと言えないものがありますので、ここでは割愛させていただきましょう。
私がアトリアのドアを開けると、今日も開店と同時にお客様達がやって来ます。
「やあ、フィリー。……いや、フィリー先生。今日もいつもの薬をお願いするよ」
「おはようございます。ふふっ、先生なんてまだ呼ばれる立場ではありませんよ」
「いいや、もう一人前に仕事もしているし、立派なもんだよ」
「あ、ありがとうございます」
少し頬が火照りました。これは褒められて照れているのでしょう。嬉しいですね。
なんて他愛もない話をしていると……ふと後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきました。
「やぁ、君が噂の情報屋かい?」
「はい……?」
私の背後に誰かいるようです。私はふと振り向きました。
そして……声の主を見て、息を飲みました。
だって、信じられない光景を目にしたからです。
「お師匠さ……ま?」
そこには、美しい金の瞳に銀髪の青年が立っていました。私がずっと待っていた姿。いつも一緒にいた、大好きな人。私にとって必要不可欠な人の姿があったのです。
やっと会えた……?
不意に何かが込み上げてきます。私は思わず近づこうとしました。
しかし、……一歩踏み出そうとしたところで、こんな反応が返ってきました。
「ん? どうしたの? 師匠がなんだって?」
「え……」
はたと、私は足を止めました。師匠がなんだって? ですって?
思わず目の前の人物を注意深く見ます。よく見ると少し違和感を感じました。長髪ではなく短髪。それに、笑い皴もなく年相応。いえ、私と同世代のようにも見受けられます。
お師匠さまはこんな見た目だったでしょうか?
いえ。違います。お師匠さまはもっと知的な返事をされますし、もっと穏やかな雰囲気もされています。寝癖も沢山あって、いつも私が髪をまとめて差し上げてました。こんなキッチリと服も着こなしません。それに、声も違う。
だから、だから……この人は私の最愛の師匠クラートにそっくりなだけで……
そこまで違いを見つけたところで、私は何か非常に力が抜けたような感覚に襲われました。
ーーこの人はお師匠さまじゃない。
少し希望が出たのに突き落とされたみたいです。落胆するとはこういうことを言うのでしょう。師匠さまは帰ってきていない。そのことをまた再認識してしまいました。
では、お師匠とそっくりなこの方はどなたなのでしょうか?
残念でなりませんが、この酷似したお顔の人については気になります。初対面の方に失礼な態度を取ってはいけませんから、恐る恐る問いかけました。
「……どなたでしょうか?」
私が困ったような顔をしたからでしょうか、青年は安心させるようにニコリと微笑んでこう言いました。
「初めまして、私はしがない商人です」
初対面の挨拶。これは、やはりお師匠さまとは人違いだったようです。確実に別人と分かり、私の胸がチクリと痛むのが分かりました。
青年が私に対し礼儀正しくお辞儀をすると、近所の商店の会長が失念していたとばかりやってきました。
「あぁすまない! フィリー先生に紹介するよ。新しい旅商人が来たんだ」
「え……旅商人の方なのですか?」
この方が? 私は急に青年を見る目に力がこもりました。旅商人という言葉につい興味を持ってしまいます。何故なら、旅商人は情報通と名高い存在で、情報屋の私としては興味深い存在だと常々思っていたからです。人違いをしてショックを受けていたにも関わらず、私はなんと単純なことでしょう。急に興味を掻き立てられました。
私の目がキラリと光ったのでしょうか。私が好意的だと認識したらしく、青年は少し嬉しそうに自己紹介をしました。
「俺は旅商人のレイバーです。以後お見知りおきを」
私も慌てて、自己紹介をします。
「私は情報屋アトリアのフィリーです」
「情報屋……僕は初めてお目にかかるね」
初めて聞いたであろう職業で、レイバーと名乗る青年は不思議そうに私を見ました。確かに初めて街に来た人には新鮮かもしれませんね。
「情報屋は人々の意見に耳を貸し、豊富な知識で生活の手助けをします。収入源は薬や物品の販売が主ですが、相応の報酬で個人的な依頼にも対応します。でもほとんどは皆さんの親切で生活は成り立っていますけれどね」
私はふふっと笑って見せました。実際、皆さんから親切で食べ物を分けていただくこともありますからね。
「なるほど、とても特殊だね。知識を商品とする方法もあるのか……」
納得したようにレイバーは頷きました。
すると、レイバーはさらに何か言いげにしばし私を見つめると、続いてこう聞いてきました。
「……つかぬことを聞くけれど、以前お会いしてないかい?」
ーー突然何を言い出すのでしょうか。
「いえ? 初めてかと思いますが……」
少しドキリとしましたが、お師匠さまとは別人であるレイバーとは、今回が初対面のはずです。会っているはずがありません。その顔で言われると、お師匠さまと勘違いしてしまいそうなので、すぐに否定しました。
「あ、そうだよね。ごめんなさい、以前夜にお会いした方に声が似ていたので……つい気になってしまって」
レイバーは私の返事を聞いて、少し茶目っ気のある言い方で誤りました。横の会長は「初対面で何言ってんだ」とレイバーの発言に笑っています。
夜……?
なんのことを……と思った所で気づきました。別の姿のこと……でしょうか。それならお師匠さまとは別の意味。つまり、私の情報屋に関係している方かもしれません。この話の流れは、まずいですね。
私は少しお腹の辺りがひやりとしましたが、気にしない素振りで「面白い方ですね」と穏やかに笑って見せました。
「似ている方はいらっしゃいますものね。そういえば……」
私はやんわりと別の話を持ち出そうとしました。
しかし、幸か不幸か会話はすぐに中断することになります。1人の少年が切迫した様子で走ってくるのが見えたからです。