大好きなお師匠さま2
私とお師匠さまは馬車に乗り込みました。
馬車に揺られながら、車内でお師匠と今回の依頼の打ち合わせをします。
「今回の依頼は、竜の調査だ」
「竜……ですか?」
「この近辺の崖の近くで不審な竜の目撃情報があるらしい。情報屋として、その竜を操る黒幕を探す必要があるんだ」
「竜がいるのですか? それに、捕獲ではなく、黒幕探しとは一体?」
「あぁ、竜は本来現世界において実在しないはずなんだ。しかし目撃情報がある時点で放っておくわけにいかない。事実確認と……仮に存在した場合の原因を追究する必要があるらしいんだ」
「なんだかファンタジーな話ですね。でもそれは情報屋ではなく領地の調査機関が担当すべきなのでは?」
「今回は情報屋に一任されている。それも領主直々の依頼だ。……こちらに拒否権は無いらしい」
だから、この依頼を最優先にしてここまで来たという訳なのですか。それにしても、情報屋に領主様が依頼されるなんて、珍しいこともあるのですね。私達が動くことですから、極秘事項なのでしょうが。
馬車を降りて、川沿いを歩くとゴツゴツとした岩場が見えてきました。
「目撃情報があったのはこの辺りだ。……妙に静かだね」
体感温度としては丁度良いはずの気温なのに、少し空気が冷たい感じがします。竜の噂を聞いて避けているのか、人も見当たりません。
ーーと、その時、上空に大きな影が通過しました。見上げると大きな翼を持つ銀色の巨体が見えます。
「……お見えなすったか」
ーー竜です。
20メートルはあろう巨体が勇壮に飛んでいます。
「聞いてはいたが、やけに大きいな」
どの様な生物でもあの大きさに育つまでには歳月がかかります。通常は成長過程で人々に見つかる可能性もあり、このサイズになる以前で噂になるでしょう。
しかし、この国で一度もそのような情報は入っていません。そのため、今回は突然成熟した状態で姿を現したと推測できます。いったいどこからやって来たのでしょか。
竜が飛んで行った方向に歩くと、崖の上に木材が乱雑に摘まれた籠が現れました。
「おや、あれは……巣をつくっているようだ」
お師匠さまが指差す方向を望遠鏡で覗くと、竜が巣の中に留まっているのが見えます。私は竜をさらに観察すべく、望遠鏡をズームさせました。すると、竜の首に金色の宝石のような物が見えました。首輪のような物を付けています。
「お師匠さま、首輪があります」
「ふむ、たしかに。ということは飼い慣らされた可能性が高いな」
「それに、装飾でしょうか。なにか模様が書いてあるようです」
「何かのマークだね。飼い主の証かもしれないが……ここからではよく見えない」
この竜は誰かの所有物の可能性が出てきました。手がかりとなる証を見るためには、さらに近付いて見る必要がありそうです。
そこで、私とお師匠さまは二手に分かれることにしました。
私は遠目で今日調整したての望遠鏡を使い、付近の情報を探ります。お師匠さまは竜に少し近づいて確認することになりました。
お師匠さまはそっと、竜に近づきます。さすが、お師匠さま。竜まで一気に近づいていきました。しかし、何ということでしょうか。気配に気付いたのか、竜がお師匠さまを見てしまったのです。
さすがのお師匠さまも焦ったのか、不自然に足を止めました。私も腹部に少しヒヤリとした感覚を覚えます。
このままでは、お師匠さまが危ない。思わず助けに行こうと思いましたが、体が動きません。私も緊張のあまり強張っているようです。
一方で、竜は動かず、じっとお師匠さまを見ています。
大丈夫でしょうか?
すると、竜は私達の緊迫感を気にともめないように、警戒や攻撃する様子も無く、お師匠さまに声をかけたのです。
「お前は誰だ」
どうやら人の言葉を話せるようです。知能があり、いきなり危害を与える様子は見受けられません。少し安心し、私はそのまま望遠鏡で見守ることにしました。お師匠さまは龍を刺激しないよう、にこりと微笑みます。
「私はしがない領民です。偶然ここを通りがかりまして」
しかし、竜はほんの数秒黙ってお師匠さまを見つめるとこう述べました。
「私はお前を知っている。情報屋と言ったか。身元を偽るなど小賢しい真似をしおって。いささか、私の調査をしに来たのだろう」
「いえ、そんなことは! 滅相もございません」
「小癪な。いいだろう、知りたければ教えてやる」
有無を言わさずそう言うと、竜はお師匠さまの前に立ち塞がりました。そして、あろうことかお師匠さまを掴むと飛び立ったのです。
ほんの数秒のことでした。
私はあまりの急な展開に何も出来ず、ただ呆然とその光景を望遠鏡から覗き見ることしか出来ませんでした。
なぜ、安心などしたのでしょう。
最愛のお師匠さまを連れた竜が目の前を通り過ぎます。咄嗟に首輪を見れたのは、私の危機対応能力の賜物でしょうか。星の紋章が確認できました。今朝調整したての望遠鏡が役に立った瞬間です。でも何も誇らしくありません。
望遠鏡から目を離すと、既にお師匠さまと龍は視界にもほとんど映らない程小さくなっていました。
ーーその後、いくら待ってもお師匠さまは帰って来ませんでした。
私はボーッとしているのに、何故かドキドキとしています。これは、このドキドキは嫌な感覚です。ショックを受けているのでしょう。私の優しいお師匠さまはどこにいったのでしょうか。大好きなお師匠さまはどうなったのでしょうか。お師匠さまの顔が何度も頭の中に出てきます。
フラフラとしながらも私は1人、アトリアのある街に向かって馬車を走らせました。
ーーそれからというもの、私は大好きなお師匠さまの帰りをずっと待ち続けています。
お師匠さまのいない情報屋アトリアで、私はいつしか一人で店を切り盛りできるようになっていました。いつかお師匠さまを連れて行った龍の正体を暴き、お師匠さまを助けに行く。そう心に誓い、日々精進を重ねた結果です。
「お師匠さま。私、あなたを継いで立派な情報屋になります。そして貴方を助けます」
◇◇◇
場所は変わり、薄暗い部屋の中。
無数の光る塊の一角に声がかけられた。
「やぁ、クラート。フィリーの調子はどうだい?」
「……万事恙無く進んでおります」




