令嬢の雲隠れ9
急に感謝を述べ始めたレイバーに驚いていると、レイバーは急に我に返ったように咳払いをしました。
「驚かしてごめんね。いや、このタイミングで君と出会えたことは本当に助かったよ。危なかった」
「危なかった……とは?」
「君はもう少しで被害者を増やすところだったんだ。依頼人の情報を流出して、罪の意識に際悩まされているようだけど、気にしなくていい。むしろ君は今僕に白状してくれたおかげで、一人の女性を犯罪から救ったことになるんだ」
「まってください。どういうことですか? 話が見えません」
「それもどうだね。では、話の続きをしよう」
再び席に着くと、レイバーは少し真面目な顔に戻り、一呼吸おいてから話し出しました。
「実は、オリバーはミラージュ様に強い恨みがあるんだ」
「え?! まってください! 恨みですか……!? 」
突然変わった場の空気と、空気突拍子もない話に、私は思わず声を上げてしまいました。
「驚くのも無理はないね。だって、初めて知る事実だろうし」
「どういうことですか? 婚約するくらい仲が良いのに? それに私に依頼が来る程、オリバーさんはとても心配されていましたよ? 恨みって……」
困惑する私とは裏腹に、レイバーは鼻で嘲るように続けました。
「心配? よく言うよ。君もあいつの演技に騙されたようだね。正確には、婚約するくらい演技が上手かったんだ。今、本当のことを言おう」
「騙すって……」
「過去、聡明なミラージュ様はオリバーが考えた奇策に対して、異論を唱えたことがあった。その内容自体はよくある討論だが、問題は内容よりもそれが行われた環境だった。そうそうたる顔ぶれが集まっていたらしく、自尊心の強いオリバーは酷く傷ついたらしい。そこで、オリバーは反撃することを強く誓ったようなんだ」
「そんなもの、逆恨みではないですか」
「そうなんだ。そこで、悪意を持って近づいても警戒されるだけと知ったオリバーは善人を装ってミラージュ様に接近することにした。当のミラージュ様は逆恨みされているなんて露程も知らないので、容易に受け入れてしまってね。気づいたころには婚約者にまでなっていた」
「なんてこと……」
「そして、それからオリバーの暴走が始まったのさ。容易に近づける環境を利用し、巧妙な嫌がらせをミラージュ様にするようになった。毒を盛られ、何度寝込んだことだろう?」
レイバーが問うと、ミラージュは悲しそうに「はい」と言った。
「酷い……」
「勿論、婚約を破棄するといった手段も取ろうとしたが、貴族は相当な理由でなければ承認は得られない。それに名前に傷がつくからね。それを分かっていて、あいつは卑怯にもミラージュ様に近づいたんだろう。しかもやり方が巧妙で捉えもできない」
「では、ほぼ八方塞がりですね」
「で……だ、その状況を知った僕はある提案をしたんだ」
レイバーは乗り出すようにして話を続ける。
「僕は貴族御用達の商人ということは教えたね? 僕はお得意様であるミラージュ様の所に偶然納品をしていて、オリバーの話を小耳に挟んだんだ。そこで僕は考えた。もしや、僕が助けられるかもと。で、僕はどう言ったと思う? 」
「どう……?」
「僕の所で働きませんか? ってね」
「!?」
「びっくりするよね? でもその時はいい考えだと思ったんだ。行方不明ってことにして、オリバーから姿を消せばいいんだって思って。 さすがに貴族街に隠れるのはばれるだろうけど、平民街、ましてやほかの領地にいるとなると探せないだろうからね。それだったら、僕が傍にいる環境で働けば嫌でも貴族街から離れられるんじゃないかって思ったんだ」
「驚きました……」
そんな策があるとは、思いませんでした。
「それに、これは互いにとって悪いことではない。ミラージュ様はオリバーから逃げることが出来る上に、世界で活躍したい夢が予てからあるなら、僕と一緒に旅商人として世界を学び歩けばいい。僕にとっても、貴族の価値観や作法、流行を知れるし、他の領地では貴族の存在は強い後ろ盾になるからね。互いの利害が一致したので、今に至るんだ」
「そうだったのですね」
「そこに予想外で現れたのが君だ」
「……もしや、私はミラージュ様を知らず知らずのうちに危険に再び合わせる恐れがあったのですね」
「話が早くて助かるよ。オリバーから逃れているのに、そいつに隠れ場所が見つかっては元も子もないだろう? オリバーのおつかいの者、つまり君が何も知らずミラージュ様を引き合わせるのが一番危険だったんだ。背景を知れば、少しは躊躇してくれる余地もあるしね。だから、このタイミングで出会えたことに感謝したんだ」
「そうだったのですね」
「特に、雇われているのが君だと分かった時はひやりとしたよ。すべてを把握している訳ではないが、ただでさえ調査能力の高いと名高い君だ。すぐにミラージュを見つけてしまうと思ったよ。だから、僕は先に手の内を明かして君を味方に引っ張り込むことにしたんだ。だから、オリバーから君を引き剥がすために、申し訳ないけど貴族街での君をつけさけてもらった。どうだい、辻褄が合ってきただろう?」
「はい。何故あの場お屋敷にレイバーさんがいて、私を助け、そしてミラージュ様の居場所を明かしたのか分かってきました」
「それなら嬉しいね」
「私は不覚にも、何も知らぬ状態で、ミラージュ様とオリバーさんを引き合わせるところでした。貴重な情報をありがとうございます」
「こちらこと聞いてくれてありがとう……と、いう訳で僕達の置かれている状況は知ってもらえたと思う」
「はい」
「で、だ。……この話を聞いて君はどうする?」
「……」
「僕たちを拘束し、ミラージュをオリバーに引き渡す? そして、依頼料をたんまりともらうかい? それともお金は入らないけど見逃して人助けをするかい?」
「……」
お金をいただいた方が今後のためにはなるでしょう。しかし、それはいけないという気がしてなりません。選択を誤ると、危険が及ぶ可能性もあるのですから。それに、私には選択肢は一つしか残されていないようにも感じます。
ちらりとレイバーを見ると、分かっていたかのようにニヤリとレイバーは笑いました。
「気づいたようだね。申し訳ないことに少し選択肢を与えたけど、君の選択はほぼ決まっている。何故なら僕は君の命の恩人だからね。僕たちを裏切れないはずなんだ」
そうなのです。この状況ではどうあがいてもレイバー側にならざるを得ないでしょう。
「本音を申しますと……ミラージュ様も助けたい。それにお金もいただきたいです。だから、少し考えさせてください。勿論、今日のことは一切他言いたしません」
「いいとも、良い返事を待っているよ」
そう言うと、レイバーは私を快く見送ってくださいました。
その顔には少し余裕が現れていたのを私ははっきりと感じました。お師匠様とよく似た顔が憎らしいくらいに。




