大好きなお師匠さま
異世界SFファンタジーが書きたいのです!
「あの、お師匠さま。私……ドキドキしているはずなのに、ドキドキしているような気がしているのに……ドキドキしていません」
目の前にはやっと再開した師匠。
でも私は……再会よりも自分の異変を受け入れるのに、精一杯でした。
◇◇◇◇◇◇
私はフィリー。パンタシア領の小さな街で、情報屋Dr.クラートの弟子をしています。
クラートが営む店『アトリア』で手伝いをしつつ、立派な情報屋になるための修行をしているのです。
そんな私ですが、実は幼い頃の記憶がありません。驚いたことに、お師匠さまと出会った記憶すら無いのです。これは一般的に言う記憶喪失というものでしょう。でも、不思議と不安は感じていません。お師匠さまのお陰で日々刺激が多く、それなりに満足した生活を送れているからだと思われます。
「フィリー」
店先から、お師匠さまの呼ぶ声が聞こえました。奥の部屋で本の整理をしていた私は、手を止めてお師匠さまの所に向かいます。店先ではお師匠さまがいつものように椅子に深々と腰かけて、コップを片手に本を読んでいました。後ろ手にまとめた銀色の長い髪。まだ若さが残るのに、既に笑い皴が入った顔。その顔を彩るようについた金色の瞳が、こちらに向きます。
お師匠さまのDr.クラートは生きた百科事典とも言われる存在で、豊富な知識と技術の使い手です。情報通でもあり、その情報収集能力は右に出る者がいません。知識や能力を活かして様々な難事件を解決してきたため、今では街の人々に先生と慕われています。
お師匠さまは微笑みながら私に声を掛けました。
「フィリー、昨日頼んでおいたものは済ませてあるかい?」
「はい。只今お持ちします」
私は、お師匠さまに頼まれていたものを取りに、再び店の奥に戻りました。そして、複数のレバーが並ぶ壁の前に立つと、緑のレバーを倒しました。壁にたくさんの歯車が見え、大きく動き出します。壁はしばらくパズルのように動くと、あっという間に棚を出現させました。
このレバーは秘密のスイッチで、機械仕掛けの壁をその都度必要な形に変形してくれる優れ物です。
私は現れた棚の中から一つ望遠鏡を持って、お師匠さまの所に向かいました。
「こちらが望遠鏡です」
「ありがとう。上手く調整出来ているね」
お師匠さまは穏やかに笑い、私の頭を撫でました。こうやって褒めてもらうと、とても暖かい感じがします。きっと私はこのやり取りを心地よいと感じているのだと思います。
それと同時に、少しドキドキとした感覚がします。
以前、このドキドキを何かの症状だと思って相談したところ、お師匠さまから”好き”の感情だと教えていただきました。心臓の早い鼓動。浮遊感がして、少し熱い感じ。
これらは「恋」をしたときに現れるそうです。
後に、私はお師匠さまのことが好きだったのだと発覚しました。お師匠さまはこのことが分かった際、少し驚いてらっしゃいましたが、すぐに嬉しそうにしてくださいました。あれから、お師匠さまはもっと私を可愛がってくださるようになったのです。
さて、本日はお師匠さまと久しぶりに仕事をするようです。
お師匠さまは私が渡した望遠鏡を袋に入れると、鞄を用意し始めました。
「今日はこの望遠鏡を持って『情報屋』の仕事をしようか。君は覚えが良いから、もう一人で動いても問題はないんだが……今回は少し厄介な依頼が来ていてね。私も共に向かうよ」
お師匠さまはそう言うと、身支度を始めました。
私は思わず気を引き締めます。依頼の達成は情報屋にとって大事な収入源となる仕事だからです。
最近は私単独で行動する機会が多かったのですが、珍しくお師匠様と行動する依頼のようです。ということは、2人で行動する必要のある難しい依頼がきているようですね。私は少し、体に力が入りました。緊張しているのでしょう。
でも、拒否はしません。だってお師匠さまの様子を間近で学ぶチャンスですから。
それに、それに……大好きなお師匠さまと一緒にいられるなんて、光栄ではありませんか。
「私、お師匠さまからまだまだ学ぶことが沢山あります。ぜひご一緒させてください!」
……ここから全てが始まるなんて、この時は何も思っていませんでした。