17 碧の塔と紅の塔
コタロウ達に見送られて、ユキ達は城門へと歩き出す。塔の方にも人影は見えないが、見られている可能性もある。城門へ近づくにつれて、心臓の動きが高まって行くのを感じる。
「大丈夫、ぱっと行って、さっと戻ろうぜ」
ケイタは緊張感なく、そうあっけらかんと言う。
あきらさまに危険な状況だったら分かりやすいんだろうけど、とユキはうなだれる。そして、その予感は門に近づくにつれて的中していった。
門に着いても門番も人影もない。そこから塔に向かって続く長い街道にも人影やその気配すらない。ひゅう、と風の音だけが聞こえる。
「建物に何かが潜んでいるのかもしれないですからね。ケイタ先輩、離れないで行きましょう」
そう言ってから、石畳みの街道を歩き始める。道の両脇には商店が連なっており、店は開いたままだが、中には誰も居なそうだ。
「魔物が出てきたら、俺が足止めするから、ユキちんは真っ先にコタロウ達の所へ戻ってね」
「そういえばケイタ先輩って、紳士っていう設定でしたね」
「そうそう。コタロウじゃなくて悪いけど、立派に王子様役を務めさせてもらいますから」
「王子様って、別にコタロウ先輩の事はそんなつもりで意識してる訳じゃないですから」
ユキは途端に顔が赤くなるのを感じた。
「またまた。誰が見ても丸わかりじゃない?」
分かっていないのは、本人だけだろうなとケイタは思う。
良い奴なんだけど、ナナネといいユキといい、一体コタロウの何処に惹かれるのかは同性として分からないが。
「あいつもあいつで、きっと満更でもないと思うぜ」
「コタロウ先輩は、誰にでも優しいから。私を助けてくれた時だって、私じゃなくても、先輩は助けてくれたと思います」
しかし、この前の戦いは、ナナネさんの為だから、あそこ迄先輩は戦えたのだと思う。だったって本人は言ってましたけど、私の為だったら先輩は、あの時、魔族に立ち向かえなかったのだとも思う。
「そんな聖人様じゃねーだろ。あいつだって守りたいものがあったから戦えるんだろうからさ」
守りたいもの、それに自分は含まれているのだろうかとユキは不安になる。会って話をするようになれたのも、この異性界に来てから1ヶ月半の間だけだ。
「確かに、コタロウは優しいっていうか甘過ぎる気もするけどな。ショウのナナネちゃんに対してやった行為ってのは俺も後から聞いた話だったんだが、俺なら絶対許さないし、ましてや一緒に歩み寄っていこうなんて考えられないな」
それは、運動部に対して強気に出れない彼の性格もあるのかもしれないが。
そんな与太話をしながらも、周囲への警戒は怠ってはいなかった。そもそも道のど真ん中を真っ直ぐ歩いている時点で声を殺して歩く必要もない。誰か居るのなら出て来て欲しい位の静けさだった。
塔の真下まで辿り着く。
「どうする?何も分かっていないけど、一旦戻ろうか?」
「そうですね。誰も居ないって事は全員避難したのでしょうか?」
ここまでの街道や店の風景を見る限り、戦闘や襲撃のあった痕跡はなさそうだ。まるで、神隠しにでもあったかのように、生活感を残したまま、ただ人だけが消えている。
「そうだと良いんだけどな。何にしろ、気味が悪い。早く行こう」
そう言ってケイタが、歩いてきた道を振り返る。
すると、誰も居なかった道の真ん中に黒いマントを被った人の姿があった。顔も全て黒ずくめで覆い被っていたが、わすがに覗いて見える中の顔には見覚えがあった。そのマントの人間は、ケイタが身構えるよりも早く服の中から鈴を取り出していた。
鈴を鳴らすと、あっという間にユキとケイタの意識不明は遠ざかっていった。
「遅いな」
カズタカがぼそっと呟く。
ケイタ達が向かってから、既に1時間半近く経っている。
「何かあったんですかね?」
街の方に視線を投げるが、ここからでは何も変わった様子は確認出来ない。
「分からない以上、こちらから出向くしかないね。ハルカさんと、カズタカ君はここで待っていて欲しい」
コタロウは刀の鞘を手にとる。戦闘になった場合を考えたら、空手部のカズタカにも来てもらいたかったが、ハルカを1人だけにする訳にはいかない。
「もし、2時間経っても俺たちが誰も戻らなかったら、船に乗ってヴェールの街まで一度帰って欲しい。騎士団のイワンに応援の要請を頼む」
ここから碧の塔までは30分もかからないだろう。コタロウは、サツキと目配せをしてから、立ち上がった。
街道を慎重に歩き続けるが、何の気配も感じられない。とりあえず、碧の塔を目指して黙々と歩く。日の明るい時間に、誰も歩いていないという風景は実に奇妙なものだ。どの店も看板は出ているが、中には誰も居ない。
ケイタ達が襲われたとした場合、この道で挟み撃ちに合ったのだろうか。後方も警戒しながら歩く。
碧の塔まで着いても、何の痕跡も分からないままだった。この中に居るのだろうか、と塔を見上げる。古い石積みの塔で周りには青緑色の苔が生えている。高さは目検討で20メートルくらいありそうだ。
塔の木扉には鍵が掛かっていないようだ。ギィィときしみながら重みのある扉を開くと、目に映った中の光景に絶句してしまう。
人、人、人。
視線に入るだけで何百人という人間が覆いかぶさるように倒れていた。その服装からみても、この街の住人であろう。中央の螺旋階段から上の方まで、全て人で埋め尽くされている。すぐ近くの男性を抱き起こすが、その目は閉じていて意識がないようにみえる。
「死んでいるのかしら?」
サツキの呼び掛けに、コタロウは首を振る。
「分からない。呼吸はないけど、体温はしっかりありそうだ」
そして何より、抱きかかえたその体は軽かった。まるで、生気を失ったかのようにぐったりとしているが、死体とは決めつけられない。
「はやく戻って、軍に来てもらいましょう」
「うん。だけどケイタ君とユキを探したい」
螺旋階段の上を見上げる。内部は吹き抜けになっており、最上階と思われるフロアに階段がつながっている。
ケイタ達は、上の階に行ったのか、それとも、この人の山の中に居るのだろうか。
山をかき分けるかのように、進んでいく。階段にもたれかかって倒れている人の顔を見るが、皆同じ様子だ。
螺旋階段を登り切り、一番上のフロアに着く。倒れている人々はその手前で途絶えていた。
正面には、大きな窓の開口が開いている。その傍に一体の銀色の甲冑が飾ってある。盾は持っていないが、両手で剣を握っている。
『生体反応アリ。侵入者ヲカクニン』
銀色の甲冑が、ゆっくりと動き出した。突然の事に驚くが、すぐにコタロウも鞘に手をかける。
「サツキ、フォローを頼む」
間合いが取れる位置まで前に出る。甲冑兵は、そのまま下から剣を振り上げてくる。二度、三度続く斬撃をかわし、上段から刀を叩きつけるが、甲冑に包まれた右手によって受け止められる。ゴブリンや、リザードマンを一太刀で斬り伏せた刀の刃が、その装甲の前では通用しない。
「離れて!」
サツキが術式を発動させると、一陣の風が吹き荒れた。風邪は瞬く間に、薄い刃状に圧縮され、甲冑兵に真っ直ぐ向かって行く。かわしきれず、その刃は、甲冑兵の肩を胴体から斬り裂いた。血が噴き出る事もなく、カランカランと、腕のパーツが床に落ちる。
「俺の立場ないな」
「あら、前衛がいるから、後衛が戦えるんじゃない?」
まだ軽口を叩く余裕はあるが、甲冑兵はすぐにこちらに剣を向けてくる。落ちた腕の部分はぴくりとも動いていない。
「今度は外さないから、宜しくお願いね」
頷いて、甲冑兵に再び突っ込んで行く。魔術式は再度、一から解き直さなければならない為、時間を稼ぐ必要がある。しかし、片手だけになった甲冑兵も剣の動きは単純となり、読みやすい。何度か斬り返してから少し距離を取る。
「今度こそ!」
サツキが叫ぶと、再び風の刃が現れ、胴防具と脚防具の間を貫く。刃がためらいもなく斬り裂くと、胴体が腰から真っ二つになり、鎧の上半身が床に転げ落ちた。
下半身だけでも襲ってこないかと身構えたが、そのまま膝をついて倒れた。その姿を確認してから、コタロウは刀を鞘にしまうと拍手が聞こえた。
周りを見渡すが、姿は全く見えない。やがて、声だけが周囲の壁からエコーのように響いてきた。
「さすがは異界から来た戦士ですね」
「誰だ!?何処にいる?」
「窓の方まで近づいて下さい」
声の主の促すままに、窓際へと歩く。外を見渡すが、当然のように誰もいない。
「こっちですよ。紅の塔に私はおります」
言われて、紅の塔を見上げる。紅の塔は、ここ碧の塔より1キロくらい離れているが、こちらと同じように大きく開いた窓辺に、青年男性の姿が見えた。
向こうの方が、塔の全長としても高く、丘の上にある為に、こちらからは紅の塔を見上げる形になる。その姿は遠くてはっきりとは分からないが、声の持ち主なのだろう。こちらに向けて視線を投げかける。
「はじめまして、異界の戦士達。私はこのヴァデンの特等貴族、ヘンケルと言います」
「特等貴族……」
「ええ、私たち特等貴族は、かつての王族の直属の末裔になる貴族階級として、この街の自治体の政治をまとめております」
ヴァデンは、エヴォルヴで最も歴史の古い都市で、それゆえに今だに貴族の権限が強く残っているという事は聞いていた。
「異界の戦士というのが釈然としないですがね。コタロウと言います」
相手に合わせてつい敬語風に返してしまうが、向こうは言葉ほど礼儀正しくはないだろう。ヘンケルは下にいるコタロウ達に対して見下す様に立っているのが、ここからでも何となく分かる。
「この街の人間をここに集めたのはあなたですか?」
コタロウは尋ねる。どういう仕組みか分からないが、こちらの言葉も届いているようで、すぐに相手から返事が返ってくる。
「そうです、と言いたいところですがね。私は彼女のお手伝いをしただけです。あなた達が倒した鎧も、今こうやって会話が出来るのも、全て失われた技術であり、私には扱えるものではありません」
「魔法…」
「そうです。魔法国家であったこのローカス王国には数多くの魔法書、魔法具がありますが、それを使える者は、今は誰もいません」
「しかし、その彼女は魔法を使えたのですね」
「いえ、彼女自身も魔法は使えません。魔法を使える人間は別にいます。分かりませんか、あなた達も先ほど魔法を実際に使って戦ったではありませんか」
(ばれていたのか)
監査カメラのような装置でもあるのだろうか。今さら隠しようがないので、それは認めるしかない。
「試す様な真似をしたのも、彼女の指示だったのですが。あなた方、異界の者には魔法を操る才能があるのですかね」
(サツキだけが、特別な筈だ。他に魔法が使える生徒なんて…)
そこまで考えて、今回救出に来た生徒達のリストを思い出した。
「まさか……奇術同好会の……」
「ご名答、コタロウ君」
気が付くと、窓の前に1人の男子生徒が浮いていた。コタロウも、その顔位は知っている。
奇術同好会・マサト。通称、<手品部>、同好会ながらも部員は三年生の彼1人である。
奇術同行会と称しているが、彼の部活動は手品のオンパレードであり、黒魔術とか非科学的なオカルト要素は全くない。父親がプロのマジシャンである事を耳にした事があるのと、彼の手品をレクリエーションで一度見たことある事くらいしかコタロウには接点がない。それと、かなりの変わった性格で、周りからも、少し気持ち悪がられているのは知っている。
「奇術同好会、だからと言って魔法が使えるわけではないのだろう。君が使っているのは、」
「そう、タネも仕掛けもある手品だよ。と言っても、本物の魔法使いのタネと仕掛けだけどね」
そう言って、空中でけたけたと笑う。
魔法書や魔法具が一部にはまだ残っているらしいのだが、普通の人間には使いこなせないらしい。しかし、彼はそういった道具を使うエキスパートだ。特許技術に目覚めれば、魔法を使える環境を活かせても、不思議ではない。
「マサト君、君はその魔法を使って何をしたんだ?」
「何って言われてもね。ケケケ。僕も彼女の言う通りに動いているだけだから。やった事と言ったら、見ての通り街の人を全員この碧の塔に催眠術で呼び寄せて、眠ってもらってるんだけど」
「眠ってるだけには見えなかったけど?」
サツキがマサトに睨む様に話す。
「ケケケ。厳密には仮死状態って言えば良いのかな?彼らには生気エネルギーを頂いているからね。もちろん、死んでるわけじゃない」
「生気エネルギー?活気のようなものか?」
「それに近いね。この塔から集めているエネルギーで魔法結界を発生させているのさ。僕には魔力なんて、ほとんどないしね。この街を囲む結界を作る魔力には彼らに依代になってもらうのが一番だったのさ。ほら、孫悟空が、元気玉をつくるのと同じような感じさ」
さらりと悪びれもなく、そう言ってのける。
「依代って、何を考えているの!?」
「待って、サツキ。マサト君、ヘンケルも彼女に頼まれたって言っている。誰に頼まれたんだ?」
黒幕の1人が桜乃丘高校の生徒だった。コタロウの中では嫌な予感がずっとしていた。
「誰って、私に決まってるじゃない?」
壁から声がする。
「久しぶり、コタロウ。少し見ない間に前みたいに体が逞しくなったんじゃない?」
その声色に、恐る恐る、ヘンケルのいる紅の塔にむかってゆっくりと顔を上げる。
「ハロー!私さ、この世界で魔王デビューする事にしたから」
その最悪の口から、最悪の言葉がエコーされて、碧の塔の内部に響き渡る。
ミカ。帰宅部所属、3年生。
コタロウの元彼女の姿がそこにあった。




