16 ヴァールの街
夜明け。まだ夜の帳が残り、足下に白いもやがかかりはじめた頃に、コタロウ達はヴァールの街へ向かって出発をした。
飛ばすぞ、と言われていた通り、半角馬達は、昨日とうって変わって疾風のごとく草原を駆け抜ける。
サツキも、何とか馬の首にしがみつく形で、置いていかれる事なく付いて行けた。
途中で何体か魔物の姿を見かけたが、その速さにこちらに襲いかかる事も出来ない。
何度かの小休憩をはさみながら、ヴァールの街を見下ろせる高さの丘まで着いたのは、それでも夜の9時をまわっていた。
「ここがヴァールの街だ。エヴォルヴで最も漁業が盛んな街だな」
島でも最大級といわれる湖に面して、港が見えた。この時間なので家の明かりはぽつぽつと点いている程度だが、港の方は少し明るい。はっきりとは見えないが、何隻か漁船らしいものも浮かんでいる。湖の反対側、街を挟んだ少し先には海岸が確認出来た。
「俺の案内はここ迄だ。無事に帰ってこれるのを願ってるよ」
そう言って、すぐに街から少し離れた家屋に向かって走っていった。軍の施設はそっちなのだろうか。
「俺たちも、早いとこ休もうぜ」
流石に疲れたのか、ケイタもそう切り出した。
街に降りると、すぐに馬留があった。半角馬をそこに繋ぎ、周囲を見渡す。この時間帯だけあって、人の気配はない。道は分からないが、イワンから教えてもらった宿屋を目指す。
港に近づくにつれて、少しだけ明るい場所に出る。待ち合わせにしていされた宿屋はそこにあった。石造りの3階建ての比較的新しい建物だ。
中に入ると、カウンターの奥から主人が出てきた。
「いらっしゃいませ。こんな夜更けにお疲れ様です。冒険者の方でしょうか?」
「えっと、待ち合わせなんだけどさ、ハルカちゃんって子が宿とってないかな?」
「ハルカ様ですね。ええ、こちらでお部屋をお取りしております。今日はまだ造船所からお戻りにはなっておりませんが」
ケイタと顔を見合す。そういう事ならと、コタロウ達も部屋に荷物だけ置かせてもらい、造船所に向かう事にする。
教えてもらった造船所の場所を目指して、5人は港の中を通り抜ける。夜も更けてきたが、夜釣りの漁船もあるのか、ランプをつけて作業している人や、忙しそうに木箱を運んでいる人と賑わっていた。
港を抜けると、木造の大きな建物が見えた。中に明かりが灯っており、中からガンガンと、何かを叩く音が聞こえてくる。あそこが造船所だろうか。
ゆっくりと扉を開けた途端、
「だから、そこはこっちの金物を使うって話したじゃないですか!それだと正面からの荷重に耐えられないですから」
女子の叫び声が響き渡った。
中では5人の中年男性がタオルを頭に巻いて、ボートを囲んでいる。映画でよく見るクルーザーと同じくらいの大きさだろう。木製だが、鉄パイプの様なものがいくつか取り付けられているのが確認できる。
作業している中年男性達を仁王立ちで指示していた女子が、その姿勢のままで振り返る。
「あら、お客さん。……あー、あなたがコタロウ先輩ですか」
「うん。早く着いたからみんなで様子を見に来たんだけど、邪魔だったみたいかな?」
振り向いた女子を正面から見る。
身長はサツキと変わらない位で高くも低くもない。小麦色の健康そうな肌と、艶やかで瑞々しい黒髪。大きな目の中でよく動く瞳も漆黒に輝き、形の整っている薄桃色の唇と、少し生えた八重歯がアクセントを添えている。
「そんな事はないですよ。はじめまして、ヨット部のハルカと言います」
そう言って頭を下げる。
「皆さん、発注オーナーの<サクラノ組合>のコタロウさんが来られました!後少しですので、頑張りましょう!」
そう紹介され、職人達の視線が集まり、萎縮してしまう。
ここも軍の依頼ではなく、クランの名前で船を発注していたのか。
「全く、ユウト会長も無茶ばかり言いますよね!ヨットが専門の私に向かって、蒸気船を作れだなんて。私は、設計図を持ってここの職人さんに指示をするだけなんですけど、あまりにも技術的な質問とかされても分からないんですよね」
ハルカはかなりご立腹の様子だ。それはそうだろう。ヨット部よりも木工作部の専門だ。
「蒸気船?」
「石炭はメロ山のある地帯でしか採掘されないらしく、貴重らしいんですけどね。数は多くないのですが、私たちのいた世界の石炭より燃焼能力は段違いに優れています。その石炭を使った蒸気機関により、海流を突破します。まあ、もう少しで完成ですから、待ってて下さい」
そう言われるが、こうも職人が作業している環境下では立ち位置が無い。ハルカは専門ではないと言いながらも、図面を睨みながら、職人に指示を続けていた。彼女の特許技術が、船舶全般に影響しているのか、元々好きで詳しかったのかはコタロウには分からないが専門的に話を進めている。
もう少しで完成と言われたが、ハルカによる度重なる是正勧告により手直しが続き、なかなか完成する兆しがない。ケイタ達も待ちくたびれたらしく、途中で宿屋に帰っていき、コタロウだけが残る形となった。
明け方になって、コタロウが椅子に腰掛けウトウトとしているところを、ハルカが起こす。
「お待たせしました!完成です」
目を開いて、船を見る。鮮やかな白色に塗装されており、船頭には桜の花びらのイラストが描かれていた。よく見ると、それは桜乃丘高校の校章であった。
周りの職人達は既に力尽きて、眠りこけていた。
「最後の仕上げに3時間ほどかかってしまいましたが、後は船名だけです」
と、ペンキだらけの手で筆を振りまわす。
「船名?」
侵入で使う船に派手な塗装や船名はない方が良いと思うのだが、徹夜してまでここ迄張り切っている彼女の前では何も言えない。
「和名より、洋風な方がこの舟の外観に合うと思うんですけどね。小さな舟ですから、可愛らしくチェリーボーイ号とかどうですか?」
「船の処女航海とかけていて上手いと思うけど、それはまずいだろ」
「カードキャプター号」
「今どきの高校生なので、古いネタは分からないです」
「さくら水産」
「それも分かる人、都民か大阪、名古屋在住の人に限られると思う」
それに和名になっている。
「サクラバクシンオー」
「競馬ネタ!?」
「文句ばっかり言ってないで、先輩が考えてくださいよ」
「普通でいいだろうよ。校名から付けるなら、チェリー号とか、さくら丸とかで」
「いや、流石にそれはちょっと……」
「引かれた!」
(確かにサクラノ組合もあまりにも平凡過ぎたかと思ったけどさ)
「分かりました。先輩の言う通り、ゴーイングチェリー号、略してチェリー号にします」
「何だかお台場にありそうな海賊船みたいだけどな。もう、それでいいよ」
眠くなり、投げやりに返事をすると、ハルカは船頭の横に筆記体で、チェリー号とサインした。
「それでは出発は8時間後の正午にここでお願いします」
そう言うと、ふらふらと造船所を出て行く。コタロウも後を追って外に出ると、ハルカが倒れこんでいた。
はあっと溜息をついてから、彼女をおぶって宿屋に戻る事にした。
宿屋に着いても目を覚まさない彼女を、宿屋の店主に話をしてから、部屋に連れて行く。
ベッドに寝かせても、一切無防備だ。あやうく色々な感情がこみ上げてきたが、外を見ると既に朝日が差し込んでいる。コタロウは再び溜息をついて、部屋に戻り、仮眠をとることにした。
そして待ち合わせの時間になった。みんな同じ宿屋なので、一緒に造船所に向かう。
清算の時に、宿屋の店主がテンプレ通り「昨晩はお楽しみでしたね」と言ったが、コタロウ以外はその意味が分からなかったようだ。
造船所に着くと、昨晩の職人達がチェリー号を運び出しているところだった。力を合わせて、船を海岸まで運ぶ。蒸気機関やプロペラを搭載した船は見た目以上に重かったが、ちゃんと水面に浮かんだ。
「それでは、南部地方都市に向かって、ゴーイングチェリー号発艦します!」
全員が床に腰を落ち着けるのを確認してから、ハルカは蒸気機関の石炭に火を投じた。
やがてゆっくりと動き出した。ぎしぎしと船がきしみ、ちゃぷちゃぷと波が音をたてる。
職人達に手を振りながら、海原へと向かって行った。
チェリー号は、蒸気機関による動力進行により、そのうねり乱れる海流の流れを無視して、海原を突っ切っていく。
「しっかり掴まってて下さいよ。落ちても助けたれないですからね」
ハルカの警告通り、掴まっていないと振り落とされそうだ。水面を見下ろすと、所々で渦を巻いており、恐怖を覚える。
「すごい速いね、これならあっという間に着きそうだ」
ハルカに話しかけると、嬉しそうに答えてくる。
「ヨットの感覚とは少し違うけど、海風を切って走るっていうのは気持ちいいでしょ」
これなら船乗りの気持ちが分かる。
他のメンバーも見ると、ケイタがひとりタイタニックのポーズに挑戦しようとしていた。しかし、揺れる船体に足元を崩しそうになって、断念している。
やがて、陸の先に街が見えてきた。赤レンガのような物で造られている細長い塔が小高い丘の上に、海岸よりにはそれよりは全長は低くどっしりと構えた塔の2本の塔が見える。それを囲むように街が形成されているようだ。ここから見る限り、コタロウ達のいたナルダグの街よりもずっと歴史のありそうな建物が連なっている。
「あれが、ローカス地方の地方都市ヴァデンか」
「ヴァデンには、紅の塔と蒼の塔があると聞いています。おそらく、あの塔がそうなのでしょう」
次第にその姿が大きくなる。ハルカがハンドルを操作をして、そのまま近くの湾岸部に接舷する。まだ街の城壁まで、ここから歩いて10分位の距離がある。一同はチェリー号から下りてから、そびえ立つ2本の塔を見上げる。
「ここから見る限りだと、何も分からないね」
コタロウは目を凝らすが、城門は開いている要するだ。鞄から地図を取り出した。以前、ヴァデンに務めていた騎士団員に簡易的な街の地図を描いてもらったものだ。それを全員の真ん中に広げる。
「ヴァデンという都市は、この紅の塔と、碧の塔それぞれを中心としてが形成されている。紅の塔の周りは、貴族と学問の街と称され、碧の塔の周りを囲んでいるのが庶民と商業の街と呼ばれているらしい」
そう言ってから、海岸側の碧の塔を指す。
「作戦の確認なんだけど、先ずは、偵察組がここから近い碧の塔の街エリアを探索。状況を確認次第、すぐに一度ここに戻ってくる」
一同が頷く。元々コタロウが救出チームのリーダーという事で、ケイタ達も了承している。
「偵察組としては、機動力からケイタ君とユキに頼みたいんだけど、いいかな?」
「了解です」
「おう、任せてくれ」
何かあっても、この2人なら逃げ戻れる確率が高い。
「決して無理はしないで。何かあったらすぐに戻ってきてね」
再び、碧の塔と紅の塔を擁するヴァデンを見つめる。今はただ、船から降りてからずっと続いている嫌な予感が思い過ごしである事を祈るしかない。




